[タベサキ Vol.3]
もし村上春樹が食べ歩きをしたらぶらり、村上さんぽ

回転寿司の香箱ガニ

東京都

2018.12.27

タベサキ

文体模写の鬼才、菊池良氏が、村上春樹風の食べ歩き記事を書く連載、第3回。上野界隈をぶらり。

イラスト：中根ゆたか

香箱ガニ 760円

　その寿司屋は朝の十一時の時点ですでに十五人ほど並んでおり、整理券を受け取って、しばらく待ってから入れる。

　　　☆

「回転寿司なんて、みんないっしょさ」

　ジェイはそういって肩をすくめた。まるで自分の才能の限界に気づいた音楽家のように。

「そうかもしれない」

　僕は目の前のグリーン・ティーを喉の奥に流し込んだ。ここは上野にある高級回転寿司「金沢まいもん寿司」だった。パルコヤの６Ｆに入っていて、窓からの景色は悪くない。むしろ良かった。レーンには一二〇円の皿から、一〇〇〇円以上するものまで、多種多様なネタが回っている。客層の年齢は高く、仲良さそうに並んで座っている老夫婦が何組もいた。僕はコンバースのシューズを履いていた。

　僕は皿に手を伸ばした。それは「香箱ガニ」というネタだった。厚みのあるカニの身に、金沢らしく金箔がかけてあり、傍らにはカニの甲羅が置かれている。そのまま次に取ったのは「かにがんこ盛り」と呼ばれるものだった。握られた酢飯のうえに、紅色が光るカニの身が何層にも折り重なっていて、頭頂部にはカニ味噌が乗せられていた。どちらもカニをふんだんに使ったネタだ。ジェイも同じものを手にとった。

　ジェイは僕と顔を見合わせると言った。

「この量は心が躍るね」

「この量は心が躍る」

　箸でシャリをつかまえて、カニが落ちないよう慎重に口へ運ぶ。カニの旨みが凝縮されていた。こんな量のカニを口のなかへ入れるのは初めてのことだった。まるで人間が一生のうちに食べる量のカニを一気に味わったかのようだった。

　そんなことって、ないですよね。

　　　☆

　寿司を食べきったあと、皿に文字が書かれていることに気がついた。そこにはこう書かれていた。

「人生
　夢があるから
　生きられる」

　確かにそうかもしれない。

　　　☆

　僕は家に帰ると、ターン・テーブルにシブがき隊の「スシ食いねェ！」を乗せて針を落とした。そして籐椅子に座り、目を閉じて回転寿司のことを考えた。僕の目からは、涙が流れていた。