［タベサキ Vol.11］
もし村上春樹が食べ歩きをしたらぶらり、村上さんぽ

ナポリタン

全国

2020.04.28

タベサキ

文体模写の鬼才、菊池良氏が、村上春樹風の食べ歩き記事を書く連載、第11回。喫茶店のナポリタンに誘われて「さぼうる2」へ。

イラスト：中根ゆたか

ナポリタン　700円

「あなたって物の見方が狭いのよ」と彼女が言った。

「物の見方が狭い？」と僕は言った。
「よくわからないな」

　そもそもの発端は、スパゲティーについて口論になったのだった。僕は家で作るスパゲティーこそが至高だと考えていた。しかし、彼女はいろんな喫茶店をめぐっては、微妙に味つけの違うナポリタンを楽しむのが趣味だった。それで僕は彼女に連れられて、喫茶店にきたのだった。

　「お待たせしました」と言って、店員が僕たちのテーブルに料理を運んできた。白い皿になみなみと盛られた真っ赤なナポリタンだった。
「これがさぼうる２のナポリタンよ」と彼女は言った。
「これがさぼうる２のナポリタン」と僕は言った。
　神保町にある「さぼうる2」は1955年から営業している老舗の喫茶店である。入り口から植物にあふれ、店の中には木製の椅子とテーブルが並んでいる。天井から電気スタンドがぶらさがり、店内を照らしていた。周辺に出版社が多いこともあり、小説家の打ち合わせにも使われるそうだ。たしかに密談には最適かもしれない。

「早く食べなさいよ」と彼女は言って、ピンク色のいちごジュースに口をつけた。ここはいちごジュースでも有名だ。

　僕は山の端っこにフォークを差し込み、ケチャップの絡まった麺をくるくると巻き込んで、慎重に口元に運んだ。どこか懐かしい安心できる味つけだ。

「悪くない」と僕は言った。「あるいは病みつきになるかもしれない」

　少しずつ山を崩しながら、僕は昔ながらのナポリタンを味わった。口のまわりにケチャップがついて、それを拭くことさえ楽しみながら。

　それが去年の冬の始めのことだった。

　ふとカレンダーを見直した。四月七日から十二日が経っていた。次に「さぼうる」に行くのはいつになるだろうと考えた。僕は窓のそばの椅子に座っていた。子どもが外で遊ぶ声が聞こえないかと耳を傾けていたけれど、何も聞こえなかった。

「すぐに行くさ」と僕は口にだした。

DATA

さぼうる2

住所
東京都千代田区神田神保町1-11
TEL
03-3291-8405
営業時間
11:00～14:00（ランチ）、14:00～22:00
休日
日曜日

Profile

菊池良（きくちりょう）

ライター。学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり書籍化、WEBドラマ化される。その後、WEBメディアの制作会社や運営会社勤務を経てフリーに。主な著書『世界一即戦力な男』（フォレスト出版）、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』（宝島社）などがある。最新刊『芥川賞ぜんぶ読む』（宝島社）が発売中。