旅色プラス
自粛生活も終わりが見え始めましたが、まだまだ油断できない日々が続きますね。そこで、遠出はまだできなくても、近所を散歩しながら旅気分を味わえるコケトリップをおすすめします。コケ愛好家・藤井久子さんに、身近に出合えるコケの種類や、コケ観察の楽しみ方を教えてもらいました。
Text&Photo:藤井久子
コケは植物の中でもとりわけ地味な存在ながら、人家周りから極地まで地球のありとあらゆる環境に生えています。生えられない場所は海中と砂漠くらいでしょうか。一見、緑がほとんど生えていない都会の中心部でさえも、よく目を凝らせば道端の片隅にコケの群落が必ず見つかるはずです。
コケ観察の大きな魅力の一つは“ギャップ”。他愛ないと思っていた小さな緑の塊が、近づいて見てみると想像以上の美しさやユニークな造形で驚かされます。普段なにげなく通り過ぎていた場所にこんな思わぬ宝物が潜んでいたとは! コケ観察にはそんな驚きと喜びが詰まっているのです。
また、持ち歩く道具が少ないのもコケ観察の良いところ。最低限必要なのはルーペだけ。倍率10倍くらいのものがあれば理想ですが、最初は倍率2~3倍の虫眼鏡でもかまいません。さらに霧吹きもあれば面白い実験ができます。
▲倍率10倍のルーペの使い方:眼鏡をかける時のように、まつ毛に当たるくらいの距離までルーペを目に近づける。そのまま目とルーペの距離は変えずに、頭ごと見たいコケに近づいていく
▲まず「コケと出合いたい」という気持ちを高め、意識を地面に集中してうつむいて歩いてみましょう。すると道端の隅にきっとコケがいるはず。見つけたらしゃがんで観察します
▲ルーペで拡大してハマキゴケを見たところ。群落はまるで森を俯瞰で眺めているよう
晴天の日が続くと、コケは全身の水分が抜けて、まるで乾燥ワカメのようにカラカラになります。「もしかして枯れている?」と思った時は、真実を確かめるために水の入った霧吹きで実験してみましょう。ちなみに、霧吹きは100円ショップ等で購入できる小型の化粧水入れが携帯しやすくて便利です。
▲乾燥したエゾスナゴケの群落
▲ここに霧吹きで水をかけると……
▲数秒のうちに葉が開いて、緑色が戻りました!
じつは枯れているように見えているコケのほとんどは、呼吸や光合成などの生命活動をいったん止めて休眠している状態。雨が降り始めるとみるみるうちに水分を吸収して葉を広げ、活動を再開します。コケにはこのような特性が備わっているおかげで、空気が乾燥しやすい都市部でも生きていけるのです。もしコケが枯れたような様子をしていたら霧吹きで水を与え、コケの変化を楽しんでみてくださいね。
では、実際に都市部の人家周辺ではどんなコケに出合えるのでしょうか。コケを探すときのコツは、「街中のどこに水が多いのか」を想像して探してみることです。たとえば、歩道の隅、民家の石垣やブロック塀、グレーチングなどは、雨が降ると水が溜まりやすく、湿度が他の場所よりも高くなります。こういった所に、都市部を好んで生える“アーバンモス”は潜んでいます。
▲グレーチングの隙間を埋めるギンゴケ
代表格は、ギンゴケ、ホソウリゴケ、ハリガネゴケ、ハマキゴケ(九州地方ではカタハマキゴケのほうがメジャー)など。石畳やマンホールの隙間、排水口付近、ガードレールの下なども隠れたコケスポットです。また、日陰がちで地面が常に湿っているような地面には、ゼニゴケやフタバネゼニゴケ等が群落を広げています。
▲コケとしては珍しい色合いで白銀色に輝くギンゴケ
▲細い長い壺のような胞子体をつけるハリガネゴケ。アスファルト上や石垣の隙間をとくに好む
▲胞子体をつけたゼニゴケ。地面にべたっと張り付くように生える
公園や、お寺、神社、民家の庭のようにほどよく人の手が入った場所、大きな木々があって適度な日陰が常にある場所もじつはコケが豊富です。日当たりが良い、もしくは半日陰の土上や植え込みには、ナミガタタチゴケ、コツボゴケ、コバノチョウチンゴケ、ヒツジゴケの仲間、ハイゴケ、ジンガサゴケ、ツノゴケの仲間などが、いわゆる雑草と呼ばれる小さな種子植物や芝生と混在しながらも懸命に生きている姿がよく見られます。
▲春先~初夏まで精力的に生長するコツボゴケ。
▲コツボゴケのアップ。葉がガラスのように薄くルーペで見るとその美しさに感激する
▲ナガサキツノゴケ。ツノゴケ類はコケの中でも圧倒的に種数が少なく、出合えたら超ラッキー
一方、他の植物が生えにくい樹木の幹や岩の上はコケたちの楽園です。都市部では、サヤゴケ、ヒナノハイゴケ、コモチイトゴケ、ヒロハツヤゴケ、フルノコゴケ、カラヤスデゴケなどが比較的よく見られます。樹幹のコケは立ったままのラクな姿勢で観察できるのも利点。「いきなり地面にしゃがみこんでコケ観察するのはちょっと恥ずかしい……」という初心者は樹幹のコケ観察が最初の一歩としておすすめです。
▲サヤゴケ。都市部の樹幹で最もよく見られるコケの一つ
▲ルーペで見たサヤゴケ。たくさん胞子体をつけてかわいらしい
▲樹幹や岩上でよく見られるフルノコゴケの群落。手前の群落に霧吹きで水をかけると……
▲水を吸収して葉が開き、ルーペで見るとこんな状態に。ユニークな造形に時間も忘れて見とれてしまう
屋内でガラス容器の中でコケを育てる「苔テラリウム」が最近人気です。主にインテリアとして楽しまれていますが、ガラス越しにコケ観察すれば、もはや外に出ずしてコケトリップができるかも。自分の手元でお気に入りのコケの生長を長く見られるというメリットもあります。
なお、容器に入れるコケは野外で採ったものを使用するのはおすすめしません。都市部に生える種類はテラリウムに向かないこと、またコケと一緒に小さな虫やその卵、菌類がついている場合も多く、容器内に虫やカビが発生する原因になります。苔テラリウム専用に販売されているきれいなコケを使う方が安心です。
家を出ればすぐに出合えるコケは、私たちにとって最も身近な自然の一つです。ルーペで彼らを眺めれば、いつでも自然の豊かさや多様性を感じることができ、心癒されます。 【関連記事】コケ愛好家・藤井久子さんに聞く! コケトリップの魅力 最近、「コケガール」「コケトリップ」という言葉が注目を集めています。コケを楽しむ旅の魅... 【関連記事】コケ愛好家・藤井久子さんに聞く!石川県小松市にある「苔の里」ってどんなところ? 最近注目を集めている苔を楽しむ旅。じつは石川県小松市には、「苔の里」という、まさに“コケ...
ただし、観察時は無断で他人の敷地に入ったり、通行人の邪魔にならないようにご注意を。また、みだりにコケや他の植物を踏んだり、根こそぎ採取するようなことも厳禁です。
これからの梅雨時季はますますコケの緑が輝いて美しい姿を見せてくれます。マナーを守りながら、ぜひご近所コケトリップを楽しんでください。
◆藤井久子
ライター/エディター。著書に『コケはともだち』(リトルモア)、『知りたい 会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑』(家の光協会)。岡山コケの会、日本蘚苔類学会会員。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。
旬な旅行・グルメ・旅ファッション情報や連載コラムを毎日配信する、女性向けニュースメディア。
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