写真、文/佐藤 潮.(effect)
1951年、東京生まれ。高校を卒業してすぐに富士山の麓にある和菓子処『藤太郎』で修業を開始。23歳から実家である『大角玉屋』を受け継ぎ、経営が大きく傾いていたお店を立て直しました。1985年2月にはショートケーキから着想を得た元祖いちご大福となる「いちご豆大福」を発売。やがて「業界全体の売上が3割も伸びた」として日本菓子協会から表彰を受けるまでに。


「うちの大福は、大正時代から3時のおやつの定番でした」と、優しい笑顔で話す大角和平さん。創業1912年、今年110年目を迎える老舗『大角玉屋』の三代目で、御年70歳とは思えないほどお元気です。「初代である祖父は、お店を繁盛させようと働きすぎで……若くして亡くなりました。だから、その背中を見て育った父は全然働かなくて(笑)」。修業を終えた大角さんが東京に戻った1974年ごろ、お店の売上は1日わずか数千円だったとか。

「当時、入り口の扉が朽ちているなど、お店はまるでお化け屋敷状態。トンカチ片手に本当の意味で建て直すことからはじめました(笑)。そんな父の代ですが、和菓子の味だけは絶対に落とさなかったです。朝早くから餅米を蒸して、あんこも手づくり。食べてもらえさえすれば、お客さんは増えると思っていました」


お店がある商店街はフジテレビ旧本社ビルのお膝元で「フジテレビ下通り」と呼ばれていました。丁度、大角さんがお店を再興していた頃から、フジテレビも『ドリフ大爆笑』や『オレたちひょうきん族』などヒット番組を次々と生み出します。1980年に曙橋駅が開業すると、商店街は昼も夜もないほどの賑わいに。そんななか大角さんは伝統を大切にしながら、バラエティ豊かな和菓子も開発。大角玉屋は大物タレントが通うほどの人気店に成長します。
「1985年のお正月、生のいちごを使った和菓子を作ろうと思い立ち、色々と試して最も相性が良かった豆大福を採用しました。さっそく新商品として売り出したら30個が完売。60個、120個と作る数が増え続けて。まさか、これほど売れ続けるとは。最初に紹介してくれたのは、意外にもTBSの番組でした」


もっちり弾力豊かな生地、上品な甘さの粒あん、甘酸っぱく、みずみずしい丸ごといちご。余計なものは一切使用せず、宮城県産「みやこがね」特選米、北海道産特選小豆「雅」など、素材は国産の最高級品だけ。ミネラル豊富な「秩父山水」と、水にまでこだわり抜きながら「やっぱり3時のおやつに楽しんでいただきたい」とお値段は良心的。70歳を迎えても工房に立ち続けるほど「和菓子が好きでたまらない」という、大角さんの真心が伝わる大福です。

「工夫を凝らしたいちご大福が全国各地に登場するのも、微笑ましく感じていましたが……ある日、テレビを観ていたら『発祥は三重県です』と紹介されていてビックリ。おかしいと思いネットで調べたら、全国に元祖いちご大福のお店がいっぱい(笑)。怪しげな認定シールなども売り出されていて、さすがに放置できなくなって。うちが売り出した当時の新聞記事など証拠は山ほどあり、無事に商標登録できました。もちろん、何か制限をかけるようなことはしません。季節の定番商品として、いちご大福が愛され続けるのが一番ですから」



現在も新しいアイデアが湧き出し続けている大角さん。「やはりヒット商品を生み出すのは難しいですね。この前はタルトに羊羹を流したものを作りましたが、まったく売れず(笑)。SNS映えも狙わないとですよね」と、時代の流れにも敏感です。「近頃は温暖化の影響か、餅米や小豆の味も変化し続けていますから、仕入れにも手が抜けません」。収穫時期には全国のものを食べ比べて食味を確認しているほど。大角さんの情熱が、和菓子界に再び一大旋風を巻き起こす日は近いかも!?

●DATA
大角玉屋 本店
住所/〒162-0065 東京都新宿区住吉町8-25
電話/03-3351-7735
営業/9:00〜19:30、日曜日・祝日9:00〜18:30無休
アクセス/都営地下鉄新宿線 曙橋駅A2口から徒歩約3分
駐車場/なし

桜餅は、日本の春に欠かすことのできない和菓子。その歴史を紐解けば、関東と関西で異なるヒストリーが存在していました。誕生に関わるのは江戸幕府8代将軍である徳川吉宗、そして学問の神としてい祀られる菅原道真。名君の活躍や無実の罪による失脚から、東西の桜餅ものがたりはスタートします。
1716年、徳川吉宗が征夷大将軍に就任すると、農業や治水に関する改革をはじめました。なかでも桜餅誕生のきっかけとなったのはふたつ。ひとつは砂糖の国産化を推し進め、甘いあんこが庶民の手にも届くようにしたこと。もうひとつは治水工事のため、隅田川の土手に100本の桜を植えたことです。

桜餅だけを売り続けて300年以上の「長命寺桜もち 山本や」。桜餅の発案者と言われる山本新六さんは、もともと隅田川沿いにある長命寺の門番でした。1717年、何かに使えないものかと桜の葉を塩で漬けてみると、芳醇な香りが引き立ったので、餅を包むことにしたと言われています。お寺の門前で販売を開始したところ、これが花見客に大盛況。以来、創業当時の製法を守り続けているそうです。





●DATA
長命寺桜もち 山本や
住所/〒131-0033 東京都墨田区向島5-1-14
電話/03-3622-3266(花見シーズンは混み合うため事前連絡が必要)
営業/8:30~18:00
定休/月曜日
アクセス/東武スカイツリーライン曳舟駅西口から徒歩約12分
駐車場/なし
901年、菅原道真は無実の罪により、大宰府へ左遷されることになりました。それを嘆いたのが「道明寺」に住んでいた叔母の覚寿尼(かくじゅに)。日々、遠く離れて暮らす道真を想って餅米をお供えしていました。その餅米を乾燥させて団子にしたところ、病気平癒の効があると評判に。寺の参拝者がこぞって求めるようになったそうです。

道明寺を持ちいた関西風の桜餅は京都で誕生したと言われていますが、その時代は定かではありません。桜の名所である嵐山で最古とされる桜餅専門店は『京都嵐山 御菓子司 鶴屋寿』。1948年の創業当初は高級料亭向けだったという「白い桜餅」が評判で、70年以上も変わらぬ美味しさを守り続けています。

●DATA
京都嵐山 御菓子司 鶴屋寿
(おかしつかさ つるやことぶき)
住所/〒616-8373 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺車道町30-30-6
電話/075-862-0860
営業/9:00~17:00
無休
アクセス/JR山陰本線嵯峨嵐山駅南口から徒歩約5分
駐車場/なし