小林エリカの旅と創造 雪国へ

小林エリカの旅と創造

#34 サイクリング
SCROLL

景色がぐんぐん後ろに流れてゆく。
夕暮れの街並みは高層ビルに灯る明かりで光輝いている。
風を切るようにして進む。
坂道になるとぐっとスピードが早くなる。
東京を自転車で走りぬける。
ただそれだけでこんなにも真新しい世界が見えてくるなんて。

電動自転車を買った。
といっても、いわゆる後ろに子どもを乗せられるママチャリである。
それにしても昨今の電動自転車というのは本当に良くできていて、グラグラしないし、ギアも変えられるし、坂道はらくらく登れるし、私はひたすら感心してしまう。

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東京の街を移動するとき、主に電車かバス、あるいは徒歩で、せいぜいタクシーに乗ったとしてもごく近場だけだった。
告白すると、私は完全なペーパードライバーで、車を運転できない。だから、東京の駅の名前や乗り継ぎ方法は知っていても、道の名前はよく知らないし、どことどこの道が繋がっているかもわからない。けれど、自転車に乗るようになってから、それが大きく変わった。電車で行くと乗り換えが多くて結構面倒、という場所でも自転車を飛ばせば案外近いことがあると知った。

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とくに天王洲アイル方面。
あのあたりにはギャラリーが幾つもあって、ちょっと出かけたいと思いながらもなかなか足が遠のいていた。だが、自転車を飛ばしてみたら、品川駅付近からもそう遠くない。川沿いの道を走れば気持ちもいい。
いまどきは乗り捨てできるレンタルバイクもあちこちにあるから、それを使ってみるのも良さそうだ。

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思えば、科学者マリ・キュリーとその夫ピエールの新婚旅行は、自転車旅行であった。ふたりは、それぞれの自転車に跨り、フランスの田園地方を巡るのだ。咲き乱れる花々と自転車を前にするふたりの写真を見るたびに、なんて素敵でロマンチックな新婚旅行だろうと、私はうっとりしてしまう。
それから100年あまりの年月が経ったいま、自転車は電動で動くようになっていて、私は馬車のかわりに往来する車の脇を駆け抜ける。

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自転車で走る。
ただそれだけで、いつもの街の風景も、いつもの道も、ぐっと新鮮になる。
いつか旅へ出かけた先のどこか遠くの街でも、自転車に乗ってみる、というのが私の小さな夢である。

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小林エリカ
Photo by Mie Morimoto
文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)で第8回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。そのほかシャーロキアンの父を書いた『最後の挨拶His Last Bow』(講談社)、自身初となる絵本作品『わたしは しなない おんなのこ』など。