人生で初めておいしい柿に出会った豊岡市の旅

兵庫県

2024.03.12

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人生で初めておいしい柿に出会った豊岡市の旅

旅色LIKESライター・リリが綴るフォトエッセイ。今回は個性豊かな6つの地域からなる、兵庫県豊岡市を巡る旅。食、自然、温泉、アート、城下町、伝統産業といったさまざまな魅力を持つ場所なのだが、私にとっては「城崎温泉って豊岡市にあったんだ」くらいの認識しかなかった見知らぬ土地。予備知識ゼロ、誘われるがまま向かったこの場所で、王道グルメではない食べ物が印象に残るという予想外の出来事が起こった。

目次

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但馬(たじま)エリアは名産品がいっぱい

苦手な柿を克服した豊岡市の旅

運命の出会い? 柿皮を使用したお菓子「フードロスを考えるフロランタン柿皮」

「フードロスを考えるフロランタン柿皮」誕生のきっかけ

待ちに待った「フードロスを考えるフロランタン柿皮」を実食

但馬の食材がおいしい理由

柿ストーリーは突然に……

但馬(たじま)エリアは名産品がいっぱい

地元の人気店「紀ノ川」で豪華なカニ鍋(写真は4人前)を堪能

地元で人気の割烹「紀ノ川」で豪華なカニ鍋(写真は4人前)を堪能

コースにはカニづくしの小皿3品もつく(写真は1人前)

コースにはカニづくしの小皿3品もつく(写真は1人前)

城崎温泉の鮮魚店にて

城崎温泉の鮮魚店にて

豊岡市がある但馬エリアには、名物がたくさんある。但馬牛、城下町・出石(いずし)の皿そば、冬の味覚の王様である松葉ガニ……。どれも至福の味で、この旅では特にカニ料理をたらふく食べた。

にもかかわらず、私が今回書きたいのは「柿」だ。贅沢にも向こう3年分くらいのカニを1食で堪能したのに、である。

苦手な柿を克服した豊岡市の旅

城下町・出石のシンボル辰鼓楼は日本で2番目に古い時計台

城下町・出石のシンボル辰鼓楼は日本で2番目に古い時計台

城下町の黄色味ある土壁や漆喰と、黄色い花が並ぶ様がかわいらしい

城下町の黄色味ある土壁や漆喰と、黄色い花が並ぶ様がかわいらしい

私は柿が苦手だ。生まれてから一度もおいしいと思ったことがない。ヌルヌルとした食感、独特の甘さ、とにかく苦手なくだもののトップに君臨し続けていた。その柿が……おいしかったのだ。食べたのはごく普通の、ただ皮をむいただけの小ぶりな柿。宿泊した民宿の朝食で出されたもので、いつもなら口をつけることもない。ただ、なぜだかこの日は食べてみようと思ったのである。

知らぬ間に撮影していた町中の柿

知らぬ間に撮影していた町中の柿

思い返せば、豊岡市に到着して早々にフラグが立っていたことに気が付く。出石の城下町を歩いている時、八百屋の店先にあった袋詰めの柿の皮が目に留まった。「なんで柿の皮だけが売っているんだろう?」などと話しながら次の目的地へ向かうも、ずっと頭の片隅にこびり付いていたようだ。地元の人と話す度に柿の皮のことを聞いてしまう私。写真を見返すと全く覚えがないのにしっかり柿を撮っている私。宿泊した民宿の玄関ホールに「ご自由にお持ち帰りください」と書かれた柿の山が気になって仕方がない私(これはさすがに持って帰る勇気がなかった)。

そして迎えた朝食、おそるおそる一口食べてみた柿に静かに衝撃を受けた。あれ? 食べられるぞ、もう一口。あれ? まだ食べられる……なぜだろう? と思いながら配膳された2切れを完食した。ここからはどうして食べられたのか気になって、頭の中は柿でいっぱいに。

運命の出会い? 柿皮を使用したお菓子「フードロスを考えるフロランタン柿皮」

ゴージャス☆和代さん。キッチンがあるオーベルジュ豊岡1925の前で

「ゴージャス☆和代」の名称で活動される久保和代さん。キッチンがあるオーベルジュ豊岡1925の前で

1925のホールにある、“かばんの町”豊岡をイメージしたオブジェ。オブジェの最上部に配置された時計の針は、1925年の北但大震災が発生した11時11分を指し示しており、復興と現代への出発を象徴している

1925のホールにある、“かばんの町”豊岡をイメージしたオブジェ。オブジェの最上部に配置された時計の針は1925年の北但大震災が発生した11時11分を指し示しており、復興と現代への出発を象徴している

その日の午後、運命の出会いがやってきた。市の「地域おこし協力隊」として活動している、パティシエのゴージャス☆和代さんにお会いする機会があったのだ。彼女はアンリシャルパンティエやリッツカールトン等、名だたる有名店で腕を磨き、現在はフリーランスとして豊岡市のレンタルキッチンを拠点に、但馬地域の素材を用いたスイーツ作りに取り組んでいる。

「地域おこし協力隊」とは

地域おこし協力隊とは、都市部からの移住者が地域活性化に取り組む国の制度。豊岡市では農業や伝統技術など、町として“もっと磨いて光らせたい”分野で、隊員が地域と一緒に活動しているのだそう。

ゴージャス☆和代さんは私と同年代で旅好き。代名詞となったチョコレートケーキ「直感オペラ」の名前にもあるとおり、直感で生きる彼女のこれまでの人生、自分の腕一本で世界と勝負しようとする姿は羨望と共感の連続であった。
市内の中嶋神社に祀られているお菓子の神様・田道間守命(たじまもりのみこと)に導かれ、直感で移住を決めたそうだ。知れば知るほど魅力的だと語る地域食材を使って作るお菓子の中で、私が最も気になったのが「フードロスを考えるフロランタン柿皮」。朝食で柿が食べられた衝撃のまま、強烈に興味をひかれてしまった。けれど柿はこれからシーズンを迎えるため、残念ながら11月のこの時はまだ作っていないとのことだった。

「フードロスを考えるフロランタン柿皮」誕生のきっかけ

町中で見つけた吊るし柿

町中で見つけた吊るし柿

豊岡市神鍋(かんなべ)の特産品に「つるし柿」というものがある。渋柿を棚に吊るしてつくる干し柿で、古くから祝い事や祭り事でのお供え物、スキー場などでのお茶請けとして親しまれてきたそうだ。神鍋高原は標高が高く、日本海からの寒風を受けるため良質なつるし柿が仕上がる。完成までおよそ1カ月かかり、12月上旬から但馬地域のスーパーなどで販売されるのだが、「つるし柿」を作る過程ではどうしても大量の柿の皮が残ってしまうのだという。ゴージャスさんは乾燥した柿皮そのもののおいしさにびっくりし、柿皮を使うお菓子としてフロランタンを考案した。これを食べることでフードロスについて思いを巡らせてほしいと彼女は言う。

豊岡市の風景

皮には実よりも多くの栄養が含まれており、干すことで更に旨みや栄養成分が凝縮される。柿の皮は固くて食べられないイメージだったけど、食べられるのなら食べてみたい。食物繊維やミネラルも豊富な柿は美容と健康への効果も期待できる。自称健康マニアとしては気になる柿皮。点と点が繋がってしまったとでも言うべきか、ここまでくると、もう柿皮を食べずにはこの旅は完結しない。今までの出来事はこのフロランタンに会うための伏線だったのでは? とさえ思えてしまう。

どうしても食べてみたくなってしまった私。後日ゴージャスさんに連絡を取り、購入を申し出た。ところがフロランタン柿皮の生産は1月以降になってしまうとのこと。ひとまずこの時点で購入できる但馬マドレーヌとフロランタンの詰め合わせ「ゴージャスセット」から食べてみることに。

マドレーヌ5種とフロランタン3種

マドレーヌ5種とフロランタン3種が入っているゴージャスセット

個性豊かなマドレーヌ。私のお気に入りはイチゴと香住鶴(但馬の日本酒)の酒粕マドレーヌ

私のお気に入りはイチゴと香住鶴(但馬の日本酒)の酒粕マドレーヌ

どれも香ばしいフロランタン。竹野浜の塩のアクセントがいい感じ

どれも香ばしいフロランタン。竹野浜の塩のアクセントがいい感じ

ゴージャスセットにはそれぞれの食材を活かした個性豊かなお菓子が8種類。特に3種類あるフロランタンはどれもおいしくて、柿皮への期待値は上がる一方。こんなに柿のことを考えて年を越す日が来るとは思ってもみなかった。

竹野浜は美しく透明度の高い海。日本海がこんなにも綺麗だったとは

竹野浜は美しく透明度の高い海。日本海がこんなにも綺麗だったとは

ちなみにゴージャスセットの中で一番のお気に入りは「誕生の塩とカカオのフロランタン」。竹野浜の「誕生」という地の沖から汲んだ海水を煮詰めた塩を使用している。「誕生の塩」はほのかに甘みがあり、やさしい味が人気なのだそう。香ばしいサクサクとした食感、ほどよく効いた塩味とわずかな苦味がおいしいフロランタンだ。

待ちに待った「フードロスを考えるフロランタン柿皮」を実食

フードロスを考えるフロランタン柿皮

フードロスを考えるフロランタン柿皮

2月初め、ついに届いた「フードロスを考えるフロランタン柿皮」は、香ばしい逸品だった。アーモンドや但馬はちみつの風味と食感の中に、時折感じる柿の濃厚な甘さがいいアクセントになっている。初めて食べる柿皮はカロテンが豊富そうな味と言ったらよいのだろうか、雪下ニンジンや冷凍みかんにも似たような、甘みが濃縮された味がした。こんなにおいしいものを、なぜこれまで食べてこなかったのか不思議になる。私はこの旅でなんとも呆気なく甘柿と渋柿、両方を一気に克服してしまったらしい。心と知覚(味、匂い)は人生を通して絶えず変化しているそうだ。臆せず試せば新たな扉が開かれるのだと身をもって体感し、私の“柿嫌い”は終わりを迎えた。

4種類のフロランタンを食べ比べてみて驚いたのは、同じ人が考えて作った焼き菓子なのにどれも食感や味わいが全く異なること。食材のよさを活かせるように考え抜かれているからなのだろう。それぞれの個性が際立ったお菓子たちは、豊岡市の豊かな特色をも表しているかのようだった。

但馬の食材がおいしい理由

のどかな里山の風景

のどかな里山の風景

ゴージャスさんも魅力的だと語っていたこのエリアの豊かな食材。おいしさには訳がある。豊岡市では農薬や化学肥料に頼らない栽培が広がっている。これはコウノトリも住める環境づくりを目指してきた賜物。かつては日本の全国各地に生息していたコウノトリだが、1971年に日本の野外では絶滅。最後の生息地であった豊岡市ではコウノトリを保護し野生復帰に取り組んできた。「コウノトリを再び空へ帰す」という約束を果たすため、2003年より「コウノトリ育む農法」がスタート。おいしい農作物と共に多様な生きものを育み、コウノトリも住める豊かな文化・地域・環境づくりを目指している。

この自然に暮らすコウノトリを何羽も目にした

この自然に暮らすコウノトリを何羽も目にした

コウノトリ文化館で普段は放飼いで管理されているコウノトリだが、前日に隣県で発生した鳥インフルエンザ対策でゲージの中に

コウノトリ文化館で普段は放飼いで管理されているコウノトリだが、前日に隣県で発生した鳥インフルエンザ対策でゲージの中に

ゴージャスさんが作るお菓子「和フロランタン但馬の大地」や「焙煎赤米マドレーヌ」でも使用されている「コウノトリ育む農法」で育てたお米は、愛情たっぷり、人にも自然にもやさしい。この農法は一般的なお米づくりよりも更に労力がかかっている。安全なお米を育てるのはもちろんのこと、コウノトリの餌となる田んぼに住む生きものも同時に育むため、一般的に水張りをしない冬期も田んぼに水を貯めて管理しなければならない。生きものの産卵や成長の時期に合わせて水位を調整する。農薬を使用しない分、水位の管理や田んぼに生息する生きもののフンで雑草を抑制するなど、自然そのものの力を活かす稲作が実践されているのだ。

豊かな自然環境を守り、私たちへ安全安心でおいしいお米を届けてくれる農家さんの努力に本当に頭が下がる思いである。そのおかげで旅のあいだ、田んぼでは何羽ものコウノトリの姿を見ることができた(車窓から見るコウノトリに興奮して写真を撮り損ねしまったのが残念!)。豊岡市には豊かな自然と、人と自然が共存できる本来あるべき農業の姿があるのだ。

柿ストーリーは突然に……

宿泊した竹野では、潮風と砂から家屋を守るための焼杉板の町並みが広がる

宿泊した竹野では、潮風と砂から家屋を守るための焼杉板の町並みが広がる

あの日あの時あの場所でーー柿皮の袋詰めを見つけなかったら、私はいつまでも柿嫌いのまま、柿を食べることはなかっただろう。私にとって豊岡市は"城崎温泉がある場所"から"初めて柿が食べられるようになった場所"として記憶されることとなった。魅力あふれる沢山の場所へ行ったはずなのに、旅のハイライトはすべて柿が持っていってしまったけれど、予期せぬ食の体験が素敵な出会いを導いてくれた。お菓子を通して農業への取組みにも関心を持つことができたし、王道グルメのカニや牛肉以外の食の魅力を知ることができたのは想定外の大収穫。

柿と私の物語は始まったばかり。旅の道中、気になっていた柿皮は主に漬物にして食べるのだと知ったので、次回訪れる際はつるし柿や柿皮の漬物にも挑戦してみようと思う。柿を超える自分だけの素敵な体験を見つけに、もう一度出かけたい。

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#グルメ #兵庫県 #農業 #地域活性化 #地域貢献 #豊岡市 #野鳥

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東京都在住の会社員。カメラを片手に街歩きをしたりカフェ巡りをすることが趣味です。大好きな建築やアートなどを中心に、旅先で得た気づきや体験を感じたままに独自の感性で綴ります。

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