「蟹ブックス」店主・花田菜々子さんに聞く、今本屋を始めた理由と気になる本屋さん。

東京都

2023.03.08

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「蟹ブックス」店主・花田菜々子さんに聞く、今本屋を始めた理由と気になる本屋さん。

近年「八重洲ブックセンター」や「MARUZEN&ジュンク堂書店」など、都内の大型書店の閉店や休業が相次いでいます。そんななか昨年、高円寺に「蟹ブックス」をオープンさせた店主・花田菜々子さん。数々の本屋で店長などを歴任し、6万部超えのベストセラーとなった著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)で知られる花田さんに、小さな書店の可能性と、お気に入りの本屋についてお話を伺いました。

Text:アントレース(中嶋茉幸)

目次

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たまたま手に取った一冊が「人生を変えるぐらいの出合い」になることもある

お気に入りの本屋は、本屋の一番新しい形だと思える「Title」

「蟹ブックス」でこだわった、本のセレクトと「つながり」のある並べ方

同じ空間で同じ時間を共有しながらも、ほど良い距離感が心地よい

おわりに

たまたま手に取った一冊が「人生を変えるぐらいの出合い」になることもある

――まずは、花田さんの考える本屋へ足を運ぶ魅力についてお聞かせください。

1980~90年代は、本屋が賑わっていた時代ですが、今の本屋の需要とは違っていました。当時はアルバイトを探すにも情報を得るために本屋に行ったり、レシピを探すために本が必要だったり、「本」の存在は、インターネットに近い存在だったんですよね。現在は、その役割をインターネットが担うようになった。でも、インターネットだと自分の知っている人や同じジャンルだけを巡回してしまって、情報が偏ってしまうという一面があると思っています。そうすると、「今世界で何が起きているのか」「自分と考えの違う人が何に興味を持って生きているのか」といったことが見えづらくなってしまうんですよね。対して、本屋はもっと有機的な存在です。
目的の本を探しに本屋へ足を運ぶと、通りがかった他ジャンルの棚で目に留まった本を手に取ったりして、例えばそれが心理学の本だったり、コミュニケーションの取り方の本であったりすると、「小説を買うために本屋に来たけど、私は人間関係のことで悩んでいたんだ」と知らなかった自分の興味に気付くことがあります。そんな風に気付いていなかった“自分”を見つけたり、新しい世界に興味を惹かれたりしていくうちに、偶然手にした本が人生変えるぐらいの出合いになることもあるのが、本屋の魅力だと思います。

お気に入りの本屋は、本屋の一番新しい形だと思える「Title」

――休日などは本屋によく行かれますか?

本屋に行くことはとても好きで、お気に入りの本屋にルーティン的に行くこともありますし、小さい本屋は見つけたら立ち寄っています。最近は自分でお店を開いたことで違った視点での楽しみ方も出てきました。
「蟹ブックス」のオープン前には、蟹ブックスのメンバーで本屋を巡ることを目的にした「関西の小さい本屋巡りツアー」に2泊3日で行ってきました。本屋に辿り着く過程でそれぞれの町並みを眺めながら歩いたりして。小さい本屋は、それぞれ個性が全く異なりますから、新たな発見もたくさんありました。

――とても楽しそうですね! お気に入りの本屋が決まっているとのことですが、花田さんおすすめの本屋をひとつ教えてください。

たくさんおすすめがあるので絞るのは難しいのですが(笑)、東京・荻窪駅から徒歩10分ほどのところにある「Title」さんは、本好きや本屋好きの人たちにもとりわけ人気で、誰もが憧れる理想の本屋さんだと思っています。古民家を改装していて、1階は本屋とカフェ、急な階段を上ると2階はギャラリーになっています。駅前から離れた住宅街にポツンとあるのですが、みんな「Title」さんめがけて足を運ぶくらい素敵な本屋さんです。時代によって本屋の最適解は絶えず変化すると思いますが、「今」のひとつの理想のかたちだと思います。
ギャラリーも今これを見るべきだなと感じる作品をいつも取り上げていて、現代人が失いがちな、ひとつの作品とじっくり向き合う時間の豊かさを思い出させてくれるようなお店です。私自身、店主の辻山さんの店づくりに感銘を受け、お店のオープン時にはいろいろ相談させていただきました。


東京・荻窪「Title」

古い民家を改装して作ったお店で、雑誌や文庫本を幅広く取りそろえるほか、「生活」に関する本に力を入れている。衣・食・住はもちろん、文学や哲学、芸術、社会、絵本など「人が〈よりよく〉生きていくこと」に寄り添ったあらゆるジャンルの本が並ぶ。

古い民家を改装して作ったお店で、雑誌や文庫本を幅広く取りそろえるほか、「生活」に関する本に力を入れている。衣・食・住はもちろん、文学や哲学、芸術、社会、絵本など「人が〈よりよく〉生きていくこと」に寄り添ったあらゆるジャンルの本が並ぶ。

◆Title
住所:東京都杉並区桃井1-5-2
TEL:03-6884-2894
営業時間:12:00~19:30(日曜は19:00まで)、カフェLO18:00
定休日:水曜日、第1・3火曜日

◆『聴こえる、と風はいう - I Hear, Says the Wind』エレナ・トゥタッチコワ|刊行記念展
場所:Title2階ギャラリー・1階店舗
会期:3/2~3/16
開催時間:12:00~19:30(日曜は19:00まで)※最終日は17:00まで

「蟹ブックス」でこだわった、本のセレクトと「つながり」のある並べ方

――20年ほど本屋の店員として働かれていた花田さんが、自分のお店を開くという決断に至った経緯や理由を教えてください。

私は、23歳のときからずっと本に携わってきましたが、2022年に店長を務めていた東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」が閉店することになりどうしようかな、と。以前から原稿執筆もしていたので、自宅以外にも仕事場として使える場所が欲しいとは思っていました。同時に本を売る仕事も続けたいと考えていたので、せっかくだからやってみようと決めました。

――「蟹ブックス」ではどのようなコンセプトで本をセレクトしているのでしょうか。

「眺めているだけでワクワクした気持ちになれる本」「自分や他者のことをもっと深く知るための本」「今生きているこの社会がどうしたらもっといいものになるのかゆっくり考えるための本」をコンセプトに、並べる本を選んでいます。全体の90%以上は私のセレクトですが、一緒にお店を運営している柏崎さんや當山さんと「最近こんな本読んで面白かった」と教えてもらったり、彼女たちが仕入れたりすることもあります。お客さんの反応を見ながら本の配置を変えたり、会話のなかからヒントを得たりして、日々棚の中が変化していくのも面白みがありますね。

――お店作りや本の配置についてこだわりがあれば教えてください。

本の配置については、大型本屋だとよく五十音順や出版社別に区切っていますよね。蟹ブックスでは、そういった置き方はせず、内容ごとに分類する本の並べ方をしています。具体的には、蟹ブックスでは「フェミニズム」の本がよく売れるんですが、「フェミニズムについて考えること」=「女性差別について考えること」と思われがちです。しかし、「らしさ」という表層の背景にはいろんな歴史的・社会的な問題がありますね。異なるテーマのように思われる、政治、メディア、出産と育児、家族感、男らしさにまつわる問題がフェミニズムとどこかでつながっていたりするんです。そういった「つながり」を大切にした本の並べ方をしています。
ほかにも、クスっと笑えるような本やコミック、お笑い、アート、カルチャーの本も多く置いています。これらもきっちりジャンルで分けるのではなく、ストーリー性を持たせた配置に気を配っています。

同じ空間で同じ時間を共有しながらも、ほど良い距離感が心地よい

――小さな本屋だからできることは何でしょう?

やはり直接、お客さんと店員が気軽に会話できるというのは小さな本屋ならではの良さだと思います。でも、それは必ず話さなければいけないような関係性でもありません。「蟹ブックス」なら、私を含めた3人は事務所としても使っていて作業をしている、お客さんはゆっくりと本を探している、それぞれ同じ空間でもほどほどの距離を保ちながら過ごす時間も良いものだなと感じています。

また「蟹ブックス」でもいろんなイベントを開催しているのですが、最近は、閉店後のお店にお客さん6人くらいが集まって、2時間、ただただ本を読むというイベントをやりました。

――それは共通のテーマを設けたり、読書後に感想を言い合ったり、といった内容なんでしょうか?

いえいえ、本当にもう読むだけなんです。普段、本は読みたいけれど忙しくて時間が作れない人、家にいるとつい他のことをしてしまって読書の時間を確保できない人というのは、けっこう多くいらっしゃいます。そこで、こちらからゆっくりと読書に没入してもらえる「時間」と「空間」を提供しようと思いました。
ひとりで家で読んでいたら、難しい内容で集中力が切れてしまって読むのをやめてしまうこともあると思うんですが、まわりでみんなが読書していたら「自分ももう少し頑張るか」と思えるのではないか、と。

――同じように本を読んでいる人が同じ空間にいるだけで、本との向き合い方が変わることありますね。

そうなんですよね。大型の書店だとどうしても、だれかの講演会のようなイベントになりがちですが、ユニークな試みや人とのつながりを大事にしたイベントができるのはやはり個人店、小さな本屋の強みだと思います。


◆蟹ブックス
住所:東京都杉並区高円寺南2-48-11 2階
TEL:03-5913-8947
営業時間:12:00~20:00
定休日:なし

おわりに

新たな本との出合いを求めて、今すぐ外へ出たくなりました。個人本屋や小さな本屋さんにはそれぞれの個性が詰まっていて品ぞろえや開催イベントもさまざま。ぜひ、みなさんも自分のお気に入りの本屋を見つけてみてください。

◆花田菜々子
1979年東京都生まれ。書籍と雑貨の店「ヴィレッジヴァンガード」に入社した後、「二子玉川 蔦屋家電」のブックコンシェルジュや「パン屋の本屋」、「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長などを務め、約20年間さまざまな本屋を渡り歩く。2022年9月には、東京・高円寺駅近くに「蟹ブックス」をオープン。
自らの実体験を綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社刊)は、6万部超えのベストセラーとなった。

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#本屋 #書店 #高円寺 #花田奈々子 #荻窪

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