農業から、地域と旅を考える。川瀬良子さんと行く農業旅イベントin福島県いわき市
11月19日(土)、秋の晴天のもと、旅色アンバサダーの川瀬良子さんと行く農業旅イベントが実施されました。訪れたのは、全国第3位の面積を誇る福島県いわき市。とれたての野菜をその土地でいただく特別感はもちろん、「食」を生み出し守る農家の方たちとの交流に、すくすくと育った作物の生命力に負けないエネルギーを感じる旅になりました。
目次
東北でありながら雪がほとんど降らない福島県。なかでもトップクラスの日照時間を誇るいわき市は、トマトの生育にぴったり。いわき市四倉町にあるワンダーファームは、そんなトマトの収穫体験が1年中楽しめるテーマパークです。ハウスに一歩足を踏み入れると、天井まで吊り上げられた緑のカーテンから、太陽の光をたっぷり浴びたツヤツヤのトマトが顔をのぞかせ、参加者からは歓声があがります。
温度管理を徹底し、土を使わずスポンジに栄養を差し入れて育てている、と聞くと最先端の設備に思えますが、ハウス内には受粉のために育てられたハチの姿も。「人がやると受粉にばらつきが出てしまい形の悪いトマトができてしまうことがあるので、そこはハチにお任せしています」。美しいトマトがつくられるために最適の環境が整っているわけです。
「袋にのっかっているか、口の中に入っていればセーフです」という元木さんの言葉に素直に、参加者は各々トマトを食べ比べしながら、袋に口にと頬張ります。美しいだけでなく味も格別とあれば、欲張る気持ちは抑えられません。
トマトは、ヘタをつけておくと追熟するので、すぐに食べるなら真っ赤に色づいたものを。翌日以降に食べるなら少しオレンジがかったものを選ぶのがコツだそう。川瀬さんは緑のものもあえて選び「色の変化を見てみようと思います」と研究熱心な様子でした。
トマト王子、こと元木寛さんは実は元サラリーマン。農家だった奥さんの実家がトマト栽培はじめたことをきっかけに、地元福島に戻ってきました。海外に研修に行くなどしてゼロから農業を学び、ようやく黒字になった頃に起きたのが、東日本大震災。ハウスは無事でしたが、物流が止まり、放射能の汚染が不安がられる中トマトを大量に廃棄したこともあったそう。その後廃棄予定だったトマトを避難所に配ったり、地元農家と一緒に直売所で販売したりと徐々に復興の兆しをつかみ、今や生産・出荷だけでなく、観光農園として加工品の販売、レストランの運営まで手がけるトマトの聖地と呼ばれるようになりました。
◆ワンダーファーム
住所: 福島県いわき市四倉町中島広町1
いわき市唯一の葉ネギ農家「草野グリーンファーム」
続いて訪れたのは、いわき市で唯一の葉ネギ農家「草野グリーンファーム」です。いわき市の中央市場に卸され、ほぼ100%いわき市で消費されている葉ネギ。平均60日程度で生育するため、1年中収穫できるのも特徴で、いわき市の日照時間や温度が作物を育てるのに適した気候なのもその要因だといいます。水耕栽培のため、収穫はとっても簡単、すぽっと抜くだけ! 強い力も必要ありません。ただ、繊細で暑さにも弱いことから、都内などには出回らないのだそう。
ハウス内はネギのいい香りが漂い、川瀬さんは思わずその場でパクリ。「おいしくてずっと食べちゃいます」とすっかり虜になったようです。おすすめの食べ方は、ごはんに刻んだ葉ネギと鰹節、醤油をかけて豪快に! さっそく自宅に帰って試してみましたが、シャキシャキの食感と、鼻に抜ける香りがたまらない、贅沢な一品でした。
昭和54年に、草野城太郎さんのお父様が始めた葉ねぎ栽培。現在は日本全国で栽培されているものの当時はまだ珍しく、ニラと間違われたことも。初代から変わらない方法でつくりつづけ、今では“草野さんの葉ねぎ”として地元に愛されています。そんな現在のハウスは、実は2020年3月に建て直したもの。ファームがある小川地区は、2019年10月に発生した台風19号による夏井川の氾濫で水害に見舞われました。「本来150ミリでも危ないと言われているエリアに、500ミリの雨が降ったんです。ハウスの天井のカーテン部分まで浸水しました」と当時の状況を教えてくれました。「城太郎君はとにかくメンタルが強いんだよ」という元木さんの言葉に「もう、全然へっちゃらですよ!」と笑って答える草野さん。水害、そして震災を乗り越えてきた農家さんたちの逞しさには胸を打たれるものがあります。
最近では「半農半X」といって、農業のほかにも仕事を両立させるライフスタイルをとる人も増えているなか「私にはこれしかないです。他をやろうとは思えないんです」と草野さん。「水害にあったとき、他のこともできるのではと言われたこともあります。ただ、いわきの消費者がネギを待っていたので。逆に言えば、ネギしかやっていないので、下手なことはできません。ちゃんと栽培して、みなさんにおいしく食べてもらいたい」。今回特別に「何本抜いてもいいですよ」と快く収穫体験させてもらいましたが、そんな思いを聞いたあとだからか、みなさん大事そうに持ち帰っていました。
◆草野グリーンファーム
住所:福島県いわき市小川町下小川字広畑96
スパルタゆえにおいしいサトイモ「ファーム白石」
最後にお邪魔したのは、ファーム白石。真っ赤な作業着で映画のワンシーンのように颯爽と現れたのは、白石長利さん。参加者からはそのカッコよさに思わず拍手が。白石さんが栽培するのは「長兵衛」という品種のサトイモで、おいしさに惚れこんだ料理人がこぞって使いたがるほどのブランドイモです。
そんな貴重なサトイモの栽培方法は、意外にもスパルタ。畑で育てる前の種イモを、専用の種場で雨だけで自然栽培し、キツい環境をたたきこませます。その後畑でたっぷり水分を与えると、喜んでぐんぐんと大きくなるのだそう。さらにその収穫方法も特徴的! 茎や葉を切り取ったサトイモの株をスコップで掘り起こし、頭の高さから固い地面にたたきつけます。するとかたまりだった株からコロコロとサトイモが外れる、通称「サトイモ爆弾」です。参加者も続々とトライ! ところが、スコップを差し込むのも、持ちあげるのもひと苦労というシーンも。体力のいる作業です。機械は使わないんですか? という質問には「通常は、合理的に機械で一斉に収穫、保管し受注があったら出荷するサトイモ農家がほとんです。ところが、それでは収穫後にどんどん乾燥が進み、味も落ちてしまうんです。うちでは常に鮮度のいい最高の状態で届けることにこだわり、注文が入ったら掘り起こしています」。
そんな味にこだわり、手を抜かない農家さんの思いがつまったサトイモ。一般的に下ごしらえに手間がかかる印象ですが、とれたては手でこするだけでつるんと皮がむけ、皮ごと食べることもできるそう! 私も翌日皮を残したままフライにしてみましたが、これがパリパリとしていてなんともおいしい。とれたてを農家さんおすすめの方法で味わう楽しみを体感しました。
人のつながりと思い出をつくるハウスにしたい、という思いで2年前に新しくできたこちらのハウス。観光農園とは異なり、いい意味で“現場感”があり、つくり手の姿や思いがダイレクトに伝わってきます。今回のイベントの昼食会場としても利用させてもらったのですが、ハウス内には畳と座卓が置かれ、もうそれだけでほっこり、実家に帰ってきたかのような空気に包まれます。カラオケが趣味だという白石さん。「ここでカラオケ大会したり、宴会することもありますよ」。農家の絆を深める場として普段から活躍しているようです。
白石さんのハウスも、草野さん同様台風の被害を受けました。畑は2メートル近い水に沈み、丸2日間水が引かなかったといいます。多くの作物が枯れてしまったなか、この「長兵衛」は腐ることなくその後収穫できたというから驚きです。
◆ファーム白石
住所:福島県いわき市小川町下小川味噌野16-2
ちゃんと旅を考える「農業を旅の目的にするには?」
収穫して、食べて……だけでは終わらないのが「旅色」です。最後は白菜畑にイスを並べた特設会場へ。「農業を旅の目的にするには?」をテーマに、4つのグループに分かれて地元農家さんとのディスカッションを行いました。
農業旅の魅力は?
・収穫して食べることで、疑似的に育てたような体験ができた
・生産者の話を聞けるのはおもしろいと感じた
・生産者のみなさんのウェルカムな雰囲気に驚いた
・生産者が感じている不安や課題を聴くことで、農業の問題について考えるきっかけになった
こうしたら旅の目的になる
・農業旅に関する情報が少ないので、もっとイベントやプランがあるといい
・SNS投稿するなら「映え」の要素がほしい。里山の風景が美しいので、こうした景色も合わせて魅力として発信できると思う
・緑や土に触れて癒されたので、森林セラピーならぬ農業セラピーがあってもいいと思った
・収穫だけでなく植える→育てる→収穫する、まで連続してイベントにしてもおもしろい
話し合いの中で出た意見の一部をまとめてみました。なかでも多かったのが、1日農家さんを巡ってみて、生産者の方のあたたかさに驚いたという声。今回始めていわき市を訪れた川瀬さんも、すっかり打ち解けて、終始穏やかな空気が流れていました。実際に目で見て、話をすることでわかる農業のおもしろさも、課題も、生産者の方の人柄含めて、新鮮な体験になったようです。「情報が少ない」という課題に対しては、農家さんによっては直接問い合わせれば収穫体験や、農作業の手伝いを気軽に承諾してくれるところもあるといいます。参加者の中には、昼食で食べたお米のおいしさに感動して、さっそくお取り寄せすることにした方も。こうした出会いが、一過性の体験ではなく、継続してつながっていくと理想的です。とはいえまだまだ個人で連絡をするのはハードルが高いのも事実。農業をテーマにしたツアーやイベントを今後も企画していきたいと強く感じました。
お互いに下の名前で呼び合ったり、ビニールハウスでカラオケ大会をしたり。こうした農家さんどうしの強固なつながりができたのは震災がきっかけだと言います。「本来はライバル通し。ですが、いいものをつくりたいという思いは一緒です。震災を機に協力しようと、ガラッと関係値が変わりましたね」と元木さん。最近では、20・30代の若手の就農希望者も増えてきているといいます。人手不足などまだまだ課題がある中、同じ思いを持った人たちが増えていくこと、そして、農業旅を通して地域に興味を持ち、継続的に訪れる人たちが増えることに期待したいです。
おまけ
帰り際「そこのニンジンもとっていいよ」という白石さんからの大サービス。 タイムセールばりに飛びつく参加者たちのシュールさといったら。スーパーではなかなか見ない、大振りなニンジンしかり、たくさんのお土産と、あたたかい旅の思い出を抱えて帰路につきました。
ご協力いただいた元木寛さん、草野城太郎さん、白石長利さん、根本一仁さん、橘あすかさん、そして参加者と一緒に楽しみながら、農業の楽しさを共有してくださった川瀬良子さん、ありがとうございました!
旅のハイライトは動画でも!
旅色LIKESでは今後も旅の発信に役立つ講座やイベントを開催予定です。今後の活動にもご注目ください。
※本イベントは感染症対策を講じて実施されています。撮影時のみマスクを外しています。