街に溶けだし人をつなぐホテル~OMO7大阪 by 星野リゾート滞在記②~
旅のテンションを上げることを標榜している星野リゾート「OMO」。このブランドを象徴するのが、ホテルから徒歩圏内の街の名所をガイドする「ご近所ガイドOMOレンジャー」の存在だ。名前こそカジュアルだが、土地の歴史などの知識、地元民行きつけの店やオモシロイ人を調べるリサーチ力は凡百の記者が舌を巻く。分散型ホテルの可能性を探るために取材した「OMO7大阪」のレポート第二弾は、本気度が桁違いなご近所ガイドにフィーチャーする。
目次
2022年4月に大阪・新今宮にオープンした「OMO7大阪」。僕はテレビ東京の「ガイアの夜明け」を観てOMOレンジャーの八十田(やそだ)さんが開業にあたって周辺をガシガシ開拓していく姿に感銘を受けていたので、この難しい土地柄でホテルと街をどうつなぐのか、ガイド体験を楽しみにしていた。
“踊り屋のともこ”登場!!
16時にロビーラウンジ「OMOベース」入口の巨大な「ご近所マップ」の前に行くと、ガイドツアー「ほないこか、ツウな新世界さんぽ」の参加者が集まっている。定員10名は連日満員だそう。約1kmを1時間かけて歩く行程のなかで、立ち寄りたいお店があったら途中離脱してもOKというルールが気楽に参加できておもしろい。ちなみに幅約6m、高さ約4mの巨大なご近所マップには、レンジャーが足で見つけてきた穴場スポットがマッピングされていて、散歩の参考になる。
僕はレンジャーの星野さんにガイドをしてもらえることに。星野さんは大阪出身というだけでなく、かつてはホテルから徒歩すぐの今宮高校のダンス部で踊り狂っていたとのこと。
「“踊り屋のトモコ”って呼ばれてました!」
......そうですか。
踊りはさておき、高校時代を過ごした土地をガイドするとはよほど地元愛があるんだな、と道中いろいろ質問したくなる。
外に出て芝生が敷き詰められたガーデン「みやぐりん」が見えるエントランスプラザの前で立ち止まった星野さんから唐突にクイズ。
星野「問題です! みやぐりんの面積は7600平米です。ずばりタコヤキ何個分でしょう!」
僕「......全然わかりません」
星野「正解は620万個分でしたー!」
僕「ちょっと、すごさが伝わらないですね......」
こんなゆるい会話をしながら街を歩けるのも、この街の温気のようなものが許してくれるからかもしれないなぁと思ってたら「ホテルの土地はもともと小麦粉を使った『クラブ洗粉』で有名な中山太陽堂、いまのクラブコスメチック社の跡地なんですよ」としっかり使える情報を差し込んでくるあたり、抜かりがない踊り屋。
新今宮駅を通り過ぎ、環状線沿いを東の方へそぞろ歩く。動物園前駅に食い込むように建っている「MEGAドン・キホーテ」を見ていると、星野さんがすかさず「ここは元フェスティバルゲート跡地なんですよ」。ビルの中をジェットコースターが走る奇抜な遊園地、通称フェスゲ。2007年の閉園前に取材で訪れたことを思い出し隔世の感があった。同じ年にできた24時間営業の温泉施設のスパワールドは健在だと聞いて一安心。
誘惑注意! のジャンジャン横町
いよいよ濃いエリアに。道幅2.5mの狭い通路を進む。このジャンジャン横町は、ジャンジャン町とも呼ばれ、正式名称は「南陽通商店街」というらしい。その昔遊郭が存在したころ、三味線の音が鳴り響いてたことに端を発するという星野さんの説明を聞き、当時に思いを馳せる。この幅の狭さが往来の活気をより醸成してたんだろうなと実際に歩くことで想像が膨らむ。
ミックスジュース発祥と言われる「千成屋珈琲」、“せんべろ”にぴったりな天ぷらの「かめや」などを通り過ぎていくうちに、これはガイドツアーを離脱して立ち寄りたくなるよなぁと誘惑の数々にウズウズしてくる。
楽しそうなおっちゃんの声が響くお店の前で星野さんが「モーニングって知ってます?」と聞くので、看板を見てみると「9~12時は酒1杯と味付き卵で380円」の文字が。「夜働いてた方が朝帰宅前に一杯飲まはるんですよ」とのこと。街の人に合わせてフレキシブルにメニューを開発する、これぞ西成流マーケティング。
幸福の神様が増殖する街「新世界」
「ビリケンさんは実は3代目なんですよ。通天閣は火事で倒壊してから建て直して、いまの姿は2代目で......」と星野さんに聞きつつ歩を進めるといよいよクライマックスである通天閣が見えてくる。それにしてもビリケンさん、多すぎる。アメリカの絵師、フローレンス・プレッツの意匠が元となっているそうだが、もはやアジアの奇界遺産。良い方に解釈すれば幸福の神様があふれかえる街。
通天閣に到着。東京タワーも設計した建築家・内藤多仲による展望塔、通天閣。有形文化財になっているこの108mの塔に、ことし5月、「TOWER SLIDER」というスライダーアトラクションがオープンしたとのこと。通天閣3階から、全長60mを約10秒で滑り降りるという。脚の部分からちらりと見えた。なかなか無茶をする。
新世界市場名物「ヒョウ柄ねえさん」
通天閣のにぎわいを抜けて新世界市場へ。失礼ながらシャッター商店街にしか見えないここに一体何の店が......? 「名物おばちゃんがいてはるんです」とほくそ笑む踊り屋。
進んでいくと、先行のレンジャー隊がおばちゃんにつかまっている。あ、テレビでよく見るおばちゃんだ! とヒョウ柄ばかりの服を集めたブティック「なにわ小町」に吸い寄せられていく。よくこれだけヒョウ柄集めましたね、と取材しようとすると「わたし、最近誕生日で71歳になってん」って急角度の切り替えし。強敵である。
最後に前述のスパワールドの階段の上から通天閣を眺めてツアーは終了。レンジャーの星野さんは、頼まれれば宿泊客と一緒に串カツの食べ歩きもするという。正直、そこまでするとは思ってなかった。
ホテル評論家の瀧澤信秋さんにインタビューをした際「ホテルの公共性が、街に出る安心を担保する」という印象的な発言があった。ホテルの公共性をまとったガイドが街に溶けだして、外部の人間を受け入れやすくしている様を目撃した。
大阪木津卸売市場の太田さんの夜間出張講座
星野さんのガイドを受けた夜、OMOベースで「“なにわ”ってなんやねん講座」を見た。大阪で働き、住んでいるおっちゃんおばちゃんに文化について語ってもらう催し。この日は大阪木津卸市場の太田さんが、でっち車を引いて登場。名物レンジャーの八十田さんとのかけ合いで木津市場の話を展開。
お堅い歴史話だけじゃなく、日本でも珍しいスーパー銭湯付きの市場であること、「食材センターODA」のソース91種は必見で、お土産は旭ポン酢、ヘルメスソース、おぼろ昆布がおすすめなワケなど、穏やかな語り口から使える情報の数々が流れ出す。
「兵庫の明石に引けを取らない味の泉州タコは長田商店にあって......」
「丹井商店のおやっさんは伝統野菜を広めようとしている。ちなみにネギは昔“なんば”と呼ばれていて、元々大阪のネギが京都で九条ネギになったんや......」
話の端々に大阪マウンティングが挟まるのがおもしろい。
街に、人に、どっぷり浸かるレンジャー八十田さん
太田さんの講義の余韻が冷めやらぬまま、翌朝8時スタート(通常は7時半)の「ええだし出てますわツアー」に参加。OMOレンジャーの八十田さんが昨夜に続き再び登場。実はこの日の朝のツアーは満員御礼だったので、本日2回目の特別ツアーを行ってくださいました。
元々星野リゾートの沖縄にある施設に10年以上勤務していて「永住してもいい」と考えていたという八十田さん、OMO7大阪開業にあたって「ここは大阪出身の私しかおらんやろ」と自ら手を挙げたとのこと。その街への浸かりっぷりはツアー開始早々に感じられた。
ホテルを出てすぐ、作業服で出勤途中と思しきおじさんとすれ違う。
「いつもご苦労さんやな!」と八十田さんに挨拶したおじさん、僕に向かって
「有名な人やからしっかり教えてもらうんやで!」
一瞬のやり取りだけで、八十田さんがいかに街を歩き回って関係値を築いてきたかが容易に想像できた。ツアー参加者はこれを見て街への警戒感を緩められる。
道中、「右手がえべっさん(今宮戎神社)です。十日戎の3日間だけで100万人来場する神社も普段は大人しいでしょ」とガイドをしつつ「ちなみにキレイどころが多いことで有名な福娘の倍率は77倍やて。そら、うちの子は受からんわ」としっかりオチを入れてくる。
朝のお散歩をしながら約15分、「大阪木津卸売市場」に到着。大阪では黒門市場の名が知られているが、この木津市場も一般向けに開放されていて、プロが仕入れにくるほんまもんの店が集っている。そのすごさは昨夜の太田さんの講義で充分頭に入ってたはずなのだが、1件目のおっちゃんで肩透かしを食った。
「僕、堀江謙一と同族かもわからんねん。名前が堀江やから。彼はすごいなー。ヨットで太平洋をビャーっとな、、、」
と語り出したのが、福助屋鰹節店の堀江さん。僕が怪訝な顔をしてることを察知した八十田さん、
「堀江さん、その話ちゃうで! 60年お店やってるんやろ?」と絶妙の突っ込み。
宗田鰹がイチオシで、中でも寒目近が絶品。服と同じで料理に合わせて鰹節は選ぶこと、京都は朝廷で公家だからあっさり、大阪は商人で動き回るから塩味を好んだなど、飄々としながらもしっかりと知識に裏付けされた含蓄ある言葉は大変興味深かった。堀江謙一の話もおもしろそうだったが......。
めちゃくちゃ博識ですね、と言うと「僕、マイスターやから」とまたとぼけた返事。ボケかと思ったら八十田さんが「知識はホンマにすごい。それにおっちゃんの息子さん、東大やもんな」と掛け合い。これも冗談かと思ったら本当に東大大学院を出たお医者さんとのこと。一見さんには知り得ない人となりを八十田さんがザクザク掘り下げていく。
「和島精肉店」ではホルモンをかりかりに揚げている油かす、馬肉を燻製にしたさいぼしなど珍しい食材を眺めていると「新世界の名店『グリル梵』のマスターもここに買い付けにくる」と八十田さんのガイド。市場を歩いているとそこかしこから挨拶されているのが印象的だった。
「丹井商店」の丹井さんは「なにわの伝統野菜高山牛蒡を作ってるのは3人しかおらん。三島独活は1人しかおらん」とその窮状を嘆いていた。昨夜の講座を聞いていたから他人事じゃなく考えさせられた。丹井さんの「いまはトマトは1年中食べられるけど、旬を大切にした方がええねん。それが体に効くねん」という言葉が印象に残った。
ソースから人情が溢れ出す
太田さんの講座でも必見と言われていた「スーパーODA」に立ち寄ってみる。棚に櫛比するソース瓶、うどん・めんつゆ、ポン酢などを眺めていると、関西の食文化の豊かさを感じてなぜか出身者として誇らしくなった。「ソースに興味があるなら、幻のソースは見ておいた方がいい」と八十田さんに促され着いた先が、なぜか豆の専門店「八分屋商店」。
豆の話、秤の話、木桶に何十年ももたれてるうちに丸くすり減ってきた話などを聞いた後「ところでヘルメスソースある?」と八十田さん。何の違和感もなく三代目の奥さんが持ってきてくれた赤と黄色の瓶。
大阪でほとんど流通していない貴重なソースがなぜ専門店ではなく、この店で手に入るのかを聞いてみた。
「昔、こんなソースを置いてくれたら買うわっていう常連さんがいて、ヘルメスソースを仕入れ始めたんです。そのつながりで、いまも取り扱いをさせてもらってます。大阪は商品を売るのも仕入れも人情やねん。あの人やから卸す、あの店の人が売ってるから買うっていう文化。いまは1人1本しか売られへんけどな。ごめんな」
1本購入できた「ヘルメスウスターソース」を東京に持って帰って揚げ物にかけて食べてみた。さらりとしていて、香辛料のピリッとした後味と一緒に人情の味がした。
人の顔が思い浮かぶ旅
アルベルゴ・ディフーゾ協会のダッラーラ会長はかつて講演で言っていた。
「アルベルゴ・ディフーゾは人間の質が大切になるのです」(トラベルジャーナルより)
そして、関西を庶民目線で書き散らした作家・中島らもの「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」のなかにこんな一節がある。
「僕は土地柄がどうだから楽園だなんて話は信じない。そこに好きな人がいるところ、守るべき人がいてくれるところ、戦う相手のいるところ。それが楽園なのだと思う。」
僕に踏まれた町と僕が踏まれた町。関わるひとの視点の数だけ町は顔を持つものだ。分散型ホテルといったテーマを追いかけてきて、旅に出て人と関わらないのはもったいないっていう当たり前のことに思い至った。もちろん誰にも会わずお籠りしたい日もあることは否定しない。ただ、今回の旅で出会ったあの人たちが暮らす街にまた行きたい。少なくとも僕は新今宮に泊まってそういう感想を持った。
新幹線で新世界の名店「グリル梵」のビーフヘレカツサンドを食べて東京に帰りました。
お後がよろしいようで。
OMO7大阪 by 星野リゾート
住所/大阪府大阪市浪速区恵美須西3丁目16-30
アクセス/JR新今宮駅東出口、南海電鉄新今宮駅北出口より各徒歩1分