建築史家・倉方さんに聞きました。解体前に見ておきたい! 原宿駅舎と周辺建築

東京都

2020.03.02

LINEでシェア
はてなでシェア
建築史家・倉方さんに聞きました。解体前に見ておきたい! 原宿駅舎と周辺建築

100年近い歴史を刻むJR原宿駅の駅舎。1924(大正13)年に完成し、戦火も潜り抜けてきました。しかし、それももう見納め。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの終了後に取り壊されることが発表されました。今回は、そんな今こそ見ておきたい原宿駅舎を中心に、周辺を建築さんぽしてみましょう。

Text&Photo倉方俊輔(建築史家)

目次

閉じる

素朴さと品格。長く愛されてきた駅舎の見どころ

大正の空気を伝える生き証人

駅から少し足をのばして。周辺建築紹介

おわりに

素朴さと品格。長く愛されてきた駅舎の見どころ

素朴さと品格。長く愛されてきた駅舎の見どころ

人で溢れる表参道口を抜けて、横断歩道を渡り、振り返って眺めてみましょう。かわいらしい姿だと思いませんか。竹下通りへの入り口としても風格があります。しかし、竹下通りが今のように賑わうようになったのは1970年代から。原宿駅の方がずっと先輩です。リゾート地のペンションを思わせる外観は、郊外に建つ洋館をモチーフにしているから。壁の外側に木が表れているのは「ハーフティンバースタイル」と言われ、ヨーロッパの住宅の様式の一つです。特にイギリスで好まれました。素朴さをアピールしながら、装飾的に木を見せるのが特徴です。白い壁と縦横に走る木材の色が軽快な印象を与えます。

木の味わいを生かした装飾であることは、時計のある正面に立った時により感じられます。時計の上部に、繰り抜かれた木の板が3枚並んでいます。菱形のような、楕円のような、微妙なカーブが組み合わさっているのがわかります。この玄関部は細工が特に凝っていて、左右の壁は煉瓦タイルによる仕上げ。左右対称の美しさのなかに、素朴な趣を加えています。

△写真右は裏からステンドグラスを見たところ

中央には「原宿駅」と書かれた木のプレート。開業当初は今とは逆に右から左に文字が並んでいました。現在のプレートも、似た筆遣いで駅名を刻み、当時の雰囲気を伝えています。プレートの左右には細やかなステンドグラスも残っています。かつての国鉄からJR東日本の方々まで、この建物の特徴を大事にしてきたことがわかります。

少し離れて、屋根の上の塔も眺めてみましょう。

八角形の塔が空に突き出しています。てっぺんの曲線が人懐っこい印象。銅板で葺かれ、空気抜きも設けられて、細かなところまで丁寧に作られています。時を重ねた素材に味わいがありますね。原宿駅の駅舎は本格的な洋風建築ですが、こうして見ると、いかめしさはあまり感じられないと思います。それぞれの素材を率直に表現し、左右対称を崩した駅舎の形が、気取らない品格を生んでいるのでしょう。

大正の空気を伝える生き証人

原宿駅舎は「大正ロマン」などと呼ばれる時代に造られました。原宿エリアが東京特別区に入るのは、駅舎が完成して8年後です。その頃ここは郊外で、「東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町大字原宿」という当時の地名からも、のどかさが伝わります。“都心を離れ、良好な空気の中で家族が健やかに暮らす”という理想を求め、田園調布をはじめとした郊外住宅地が開発されたのが、ちょうど同じ頃です。瀟洒な洋館のような原宿駅の姿には、明治神宮も1920(大正9)年に創建されたばかりという当時の郊外的な雰囲気が刻まれ、西洋的な田園の趣からは、大正という時代の文化的な雰囲気が感じられます。原宿駅は、そんな当時の空気を伝える生き証人なのです。

駅から少し足をのばして。周辺建築紹介

原宿、表参道エリアは、実は建築散策のメッカ。せっかく訪れたなら、周辺を少しさんぽしてみましょう。

△コーポ・オリンピア

駅から表参道の向こうに見えるのが「コーポ・オリンピア」。鉄筋コンクリート造8階建の中に164戸を収めた集合住宅です。ギザギザの外見が目を引きますが、これが良好な眺めと多彩な間取りを可能にしています。バルコニーは無く、フロントはホテルのようなつくり。ロビーや来客室が用意されています。

完成した頃はまだ民間の集合住宅は珍しく「マンション」という名称も定着する前です。サービスにも間取りも、さまざまな試みが行われていたことがわかります。「オリンピア」の名は1964年の東京オリンピックに由来していて、翌1965年の完成から数々の有名人が入居したことでも知られます。まさにレガシーとしての集合住宅といえるでしょう。

△ディオール表参道

今や有名ブランドが軒を連ねる表参道は、有名建築家たちの作品の鑑賞スポットとしても最適。 そのなかのひとつが、駅から徒歩約10分、表参道の交差点を越えた先の右手に現れる「ディオール表参道」です。一見するとシンプルな箱型。

しかし、よく見るとガラスの内側にアクリルでできたカーテンのようなものがあります。階高がまちまちなのも変わっていますね。通常のビルのように窓や‟ここまでが一階分“といった目安がないので、建物全体の大きさの感覚がわからなくなってきます。

夜は一層美しく、カーテンによって中と外の境界が曖昧になり、建築全体が柔らかい光を放ちます。こちらを設計したのは、妹島和世氏と西沢立衛氏が代表を務める建築設計事務所「SANAA(サナー)」。2003年に完成しました。ディオールというブランドのイメージを、表面的なロゴのようなデザインで終えるのではなく、そのエレガントさと革新性を建築のあり方で表現しています。建築界のノーベル賞と称される「プリツカー賞」を受けた世界的建築家ならではの発想です。

おわりに

いかがでしたか。原宿駅の新駅舎は3月21日から現在の駅舎と併用開始予定です。今のデザインを再現すると伝えられていますが、解体理由の一つに木造、つまり燃えてしまうことが挙げられていますので、別物になってしまう可能性が高いでしょう。表参道にはほかにも少し歩くだけで興味深い建築物が多数あります。ぜひ今までなんとなく駅を利用してきた人も、初めて訪れる人も、今しか見れない原宿駅を見納めに、建築さんぽをしてみてください。

◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。日本最大の建築公開イベントである「イケフェス大阪」実行委員、品川区で建築公開を実施する「東京建築アクセスポイント」理事などを務める。

Related Tag

#旅 #旅行 #建築 #原宿 #東京 #オリンピック #渋谷 #表参道 #東京建築 #建築旅

Author

建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「朝日カルチャーセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

Articles

建築史家 倉方俊輔

【倉方俊輔の建築旅】大阪で受け継がれる建物を「食」を通して巡る旅

建築史家 倉方俊輔

【倉方俊輔の建築旅】「2023年に行くべき52カ所」に選出された盛岡市を巡る

建築史家 倉方俊輔

【倉方俊輔の建築旅】繊細さとダイナミックな造りに触れる福井県勝山市の旅

New articles

- 新着記事 -

初夏は自転車で富士五湖完全制覇! トラベルライター土庄がサイクリングコースを解説します
  • NEW

静岡県

2023.06.05

初夏は自転車で富士五湖完全制覇! トラベルライター土庄がサイクリングコースを解説します

自転車旅 土庄雄平

土庄雄平

自転車旅

【6/5~6/11】祐天寺蓮花の週刊タビマエ占い
  • NEW

全国

2023.06.05

【6/5~6/11】祐天寺蓮花の週刊タビマエ占い

占い師 祐天寺蓮花

祐天寺蓮花

占い師

6年目のドローン旅作家・とまこがドローンの免許を取ったよ! これから見逃せない新“国家資格”ゲットの道のり
  • NEW

全国

2023.06.05

6年目のドローン旅作家・とまこがドローンの免許を取ったよ! これから見逃せない新“国家資格”ゲットの道のり

ドローン旅作家 とまこ

とまこ

ドローン旅作家

「2025大阪万博は起爆剤のひとつ。目指すは地方からの日本復権」 大阪観光局理事長・溝畑宏さんインタビュー
  • NEW

大阪府

2023.06.05

「2025大阪万博は起爆剤のひとつ。目指すは地方からの日本復権」 大阪観光局理事長・溝畑宏さんインタビュー

TABIIRO 旅色編集部

旅色編集部

TABIIRO

川越の夜を盛り上げたい。 カフェ×酒屋オーナーが考えるこれからの川越の酒文化
  • NEW

埼玉県

2023.06.02

川越の夜を盛り上げたい。 カフェ×酒屋オーナーが考えるこれからの川越の酒文化

編集部 ヨシカワ

ヨシカワ

編集部

絶景に感動! 四万十川のほとりで地元の味を堪能するホテルステイ
  • NEW

高知県

2023.06.02

絶景に感動! 四万十川のほとりで地元の味を堪能するホテルステイ

旅色LIKES メンバー

メンバー

旅色LIKES

More

Authors

自分だけの旅のテーマや、専門的な知識をもとに、新しい旅スタイルを提案します。

自転車旅 土庄雄平

自転車旅自転車旅

土庄雄平

占い師 祐天寺蓮花

占い師

祐天寺蓮花

ドローン旅作家 とまこ

ドローン旅作家

とまこ

TABIIRO 旅色編集部

TABIIRO

旅色編集部

編集部 ヨシカワ

編集部

ヨシカワ

旅色LIKES メンバー

旅色LIKES旅色LIKES

メンバー

歴史旅 長月あき

歴史旅歴史旅

長月あき

映え旅 kana

映え旅映え旅

kana