【倉方俊輔の建築旅】「2023年に行くべき52カ所」に選出された盛岡市を巡る

岩手県

2023.04.27

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【倉方俊輔の建築旅】「2023年に行くべき52カ所」に選出された盛岡市を巡る

アメリカのニューヨーク・タイムズ電子版は毎年、世界中の記者などの情報をもとに、その年に行くべき旅行先を紹介しています。今年1月、「2023年に行くべき52カ所」として第2位になったのが、岩手県盛岡市。イギリスのロンドンに次いで、おすすめの場所とされた理由は何でしょうか。ひも解いていきます。

目次

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かつてのライバル銀行であり今も残る2つの建物

盛岡旅の拠点になる「盛岡バスセンター」

おわりに

かつてのライバル銀行であり今も残る2つの建物

岩手県盛岡市の中心部には、築110年を超えた元銀行の建物が2つもあるのです。「岩手銀行赤レンガ館」は「近代建築の父」と称される建築家・辰野金吾と、彼に学んだ葛西萬司の設計で、1911年に盛岡銀行本店として開業しました。その前年に完成したのが「もりおか啄木・賢治青春館」です。第九十国立銀行の名で明治初期に設立された銀行の本店として造られ、司法省で刑務所や裁判所などを手がけた横濱勉が設計を行いました。2棟とも国の重要文化財に指定されています。

と、概要を書くと少し固いですよね。国家と関係して近代日本の礎を築いた明治人の偉業、と言った感じで。でも、現実には生き生きとした建築です。

明治時代の終わりに、2棟はライバル関係にある地元資本の銀行本店として、競い合うように建設されました。一方は葛西萬司、もう一方は横濱勉と、共に盛岡出身の建築家を起用。その結果、「東京駅」を5年後に完成させる明治時代で最大の民間事務所の代表作と、大正時代につながる生命力あふれるデザインが実現しました。

1つでも貴重な建築が2つも残されています。ですから、盛岡を訪ねると、明治から大正に移り変わる時代の雰囲気をありありと立体視できます。明治時代らしい国家や中央といった背景から、大正時代に伸びゆく個人的で地域的で世界とつながる文化が育まれている。そんな様子を伺えるのです。まずは身体で、その姿を受け止めてみましょう。

劇場を思わせる華やかな内装が特徴「岩手銀行赤レンガ館」/辰野金吾・葛西萬司

「岩手銀行赤レンガ館」は、その名の通り、赤いです。そんな壁に白い横線が走り、窓まわりの装飾も賑やか。屋根の緑色も印象的なのは、隅に高いドームを設けて、カーブする屋根面を見せているからでしょう。その姿は四つ角にせり出し、街に呼びかけているかのようです。

岩手銀行赤レンガ館

多目的ホール 大

岩手銀行赤レンガ館
岩手銀行赤レンガ館

中に入ると、緑色と白色の大理石を組み合わせた営業カウンターが伸びています。木には透かし彫りが施され、部屋ごとに漆喰彫刻も暖炉の形も異なります。それぞれの素材が、細やかな形を伴いながら主張しています。窓から入る光が質感をより引き立てて、劇場を思わせる華やかさなのです。

新たなデザインの探求や最先端の試みが見られる「もりおか啄木・賢治青春館」/横濱勉

「もりおか啄木・賢治青春館」

「もりおか啄木・賢治青春館」も負けてはいません。建物の隅や窓の上で、ごつごつとした石が存在感を放っています。それが悪く言えば、洗練されていない。よく言えば、一生懸命に工夫し、実現させようとする初々しさを感じさせます。

「もりおか啄木・賢治青春館」
「もりおか啄木・賢治青春館」
「もりおか啄木・賢治青春館」

これは中世の「ロマネスク様式」と呼ばれる建築の特徴。その活力を新たなデザインの探求と結びつけています。内部にあるアーチ天井の階段室や葉っぱのような手すり、2階暖炉の構成的な意匠などにも、当時のヨーロッパで起こっていた自由な建築運動に通じる最先端の試みが見られます。

周辺に立ち並ぶ建物にも歴史が息づく

盛岡信用金庫本店

「岩手銀行赤レンガ館」からすぐの場所に、葛西萬司が昭和初めに設計した「盛岡信用金庫本店」があります。

茣蓙九
佐藤写真館
ライト写真館

他にも、葛西萬司設計ではありませんがぜひ見ておきたい建築がいくつかあります。江戸から明治時代に建てられた商家の佇まいを伝える「茣蓙九(ござく)」も残されています。少し行くと「佐藤写真館」や「ライト写真館」も。昭和初めのモダンなデザインです。

盛岡旅の拠点になる「盛岡バスセンター」

盛岡バスセンター

歩いて楽しい盛岡建築旅の拠点としては、2022年10月に開業したばかりの「盛岡バスセンター」がおすすめです。レトロ感のある響きは、この場所で盛岡市民に親しまれ、2016年に営業を終えた旧盛岡バスセンターの名称を引き継いだもの。バス路線で地域を繋いできた歴史や結びつきを活かし、人だけでなく地域の魅力をつなぐ結節点としての「ローカルハブ」として、新たにオープンしました。

盛岡バスセンター

バスターミナルがあり、地酒やワインと共に盛岡の食を楽しめるフードコートがあり、マルシェがあり、穐吉敏子JAZZミュージアムがあり、本格的なフィンランド式サウナを備えた宿泊施設もあります。

盛岡バスセンター

宿泊施設は、その名も「HOTEL MAZARIUM(マザリウム)」。北海道・岩見沢駅の設計で日本建築学会賞(作品)を受賞した西村浩氏の率いるワークヴィジョンズが、企画から設計まで携わっています。デザインされているのは、日常と非日常、旅行者と生活者、過去と未来……さまざまなものの混ざり合いです。

福祉実験ユニット「ヘラルボニー」がアートプロデュースを手掛ける初の常設ホテルでもあります。全34客室のうち8部屋を岩手県在住の8名のアーティストがそれぞれに彩るなど、知的障害のあるアーティストによる作品が、盛岡に新しい風を吹かせています。

おわりに

盛岡市が今行くべき観光地として2位に選ばれた理由は、東京から新幹線を使って短時間で訪問できること、人混みを避けて歩き回るのにふさわしい街であること、それに加え、洋と和の美学が息づいた建築が残されていることなどが挙げられています。今こそ、盛岡市を訪れてみてください。

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#岩手県 #建築旅 #盛岡市

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「朝日カルチャーセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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