【倉方俊輔の建築旅】目的地になる駅「新山口駅」と周辺建築

建築史家の倉方俊輔さんが案内する、建築をきっかけにその街を新しい視点で見つめる「建築旅」連載。今回は新幹線からすぐに出会える新山口駅のアート「垂直の庭」を出発点に、周辺の建築を巡ります。
文・写真/倉方俊輔
※掲載内容は2022年4月時点のものです。最新の情報は公式ホームページなどでご確認ください。
目次
地域を再発見するデザイン「新山口駅」
駅を目的に新幹線に乗ってもいいと思わせる場所があります。山陽新幹線と在来線の乗り入れる新山口駅です。

改札口を抜けると「垂直の庭」が現れます。約100メートルの壁面が、およそ140種類の植物によって彩られています。美しさにはっとさせられます。明るいコバルトグリーン、深いモスグリーン、萌葱色から若竹色まで、緑の無数のトーンが目に飛び込んでくるのです。

実はこれらはみな、山口県内に自生している種類です。森林で採集され、地元で2年間かけて培養された緑が、特別に工夫された垂直のフェルト生地に植え込まれ、2015年に現在のような姿で完成しました。1日に数回、上に取り付いているパイプから、雨水と井戸水が養分とともに流れてきます。ここは外部空間なので、自然の光や風も注ぎ込みます。
どこか遠くから持ってきたものでないのに、私たちの心は新しさに華やぎます。そのわけは優れたデザインにあるのでしょう。

「垂直の庭」を監修したのは、1980年代から垂直庭園の可能性を切り開いてきた植物学者でアーティストのパトリック・ブラン氏です。野生の植物が波打つように配置されて、常に変化し続ける自然の調和が実感できます。
それはふとヤマブキの黄色い花が咲いたり、ナンテンが赤朱色の実をつけたりする、おとなしいようでいながら、ダイナミックなプロセスです。駅という人工的で、時刻通りに事を進ませる空間が、それとは異なる時の流れに気づかせます。その取り合わせが絶妙です。

優れたデザインは、地域を再発見させるものかもしれません。新山口駅の全体も同じです。「垂直の庭」は、それがある新山口駅南北自由通路と「0番線」と愛称のついた新山口駅北口駅前広場をあわせたプロジェクトの、ほんの一部です。
これらの全般を建築家の宮崎浩氏が監修し、設計しました。2018年に完成した他にはない駅前空間なのです。主な見どころをご紹介しましょう。

南北自由通路は駅の両側をつなぐ24時間通れる通路で、通常だと筒のような空間をひたすらに歩くことになるのですが、ここは常に新鮮な空気が流れて、開放的。トップライトからの光によって日中は人工照明がいりません。おおらかな山々が視界に入ります。
鉄道を眺める絶好のスポットでもあります。通路にはスタイリッシュなベンチがデザインされ、植えられた植物の向こうに線路が伸びています。訪れた際には、足元のデザインにも注目ください。下を走る電車の線路とホームが舗装パターンで表現され、ホーム番号が記されています。

遊び心と格好よさの両立は、新山口駅北口駅前広場にも。最も北にある1番線の隣りに位置しているので、愛称は「0番線」です。ここには、駅前広場、車寄せ、バスロータリー、観光案内所、交番、トイレといった通常ばらばらに存在している機能が一体的に組み合わされています。白を基調としながら、ベンチなどには地元の木材を使うなど、植栽の緑が映えるデザインに溶け合っています。
手すりや案内表示まで精緻で、統一感があります。建築に詳しい方は、よくこんな大規模なものを高い精度で実現させたものだ、と驚かれるかもしれません。整理されたデザインなので、余計な気づかいをせず、一人ひとりが自由に振る舞うことができます。
居心地のいいカフェもあります。けれど、店舗で埋め尽くされたような駅施設でないから、子どもを遊ばせていたり、大切な人とベンチに座っていたり、地域の方が思い思いに過ごす場所になっています。そんな第一印象が、旅行者をやさしく出迎えることになります。
地元出身の俳人である種田山頭火の句やシルエットが見つかったり、当駅に停まるSLのシンボルが施されていたりと、さまざまな仕掛けもあるのですが、ここではバスの待合所に注目しましょう。バスのシルエットの中に帽子をかぶった乗客がいます。そう、中原中也です。
宮崎浩氏のデビュー作「中原中也記念館」

続いて訪ねるのは「中原中也記念館」(1994年)です。山口市中心部の中也の生家跡地に建つ小さな文学館。計画当初は誰が訪れるのかという声もあったそうですが、現在まで来館者は増え続け、地域の魅力の核となっています。
こうした成功の裏には、最新の研究成果を反映し、毎回工夫された展示内容があります。館内を巡ると、建築家の役割も大きいことが感じられるでしょう。適度な大きさを生かして、来館者が中原中也に思いを馳せられる空間になっています。のちに新山口駅のプロジェクトを手がけた宮崎浩氏が、約20年前に設計したデビュー作です。
◆中原中也記念館
住所:山口県山口市湯田温泉1丁目11-21
開館時間:<11月~4月>9:00~17:00(入館は~16:30)、<5月~10月>9:00~18:00(入館は~17:30)
入館料:一般330円、大学生・高等専門学校学生220円、18歳以下無料
休館日:月曜日(祝祭日の場合は翌日)、毎月最終火曜日、年末年始(12月29日~1月3日)※その他展示替えなどでの臨時休館あり
・企画展Ⅰ『中也の住んだ町――幼少期』
会期:2022年4月20日(水)~2022年7月24日(日)
鬼頭梓氏による「山口県立山口図書館」

さらに山口県の文学世界に触れるなら「山口県立山口図書館」(1974年)へ。ぬくもりのある煉瓦タイルとコンクリートが、迫力のある内部空間を抱え込んでいます。建築家・前川國男氏の弟子であり、独立後、特に図書館建築を中心に名作を世に送り出した鬼頭梓(きとうあずさ)氏の作品です。

中原中也記念館をつくるにあたっては、幅広く設計案を募る公開コンペが実施されました。全国から寄せられた479案の中から選出されたのが、宮崎浩氏のものです。その審査委員長が鬼頭梓氏でした。
宮崎浩氏と鬼頭梓氏とは世代が違い、作風も異なります。しかし、共通点もあります。プロ好みの建築家であることです。派手さに頼らず、細部にまで気を配った、誠実で巧みな設計で定評があるのです。
そうして完成した時代に色褪せない空間が、プロ以外の人々にも愛されている様子を見ることができます。受け手とつくり手の幸せな関係が、山口にあります。
◆山口県立山口図書館
住所:山口市後河原150-1
開館時間:火曜日~金曜日9:00~19:00、土日祝9:00~17:00
休館日:月曜日、月末整理日、年末年始