滋賀県・旧竹林院に見る石×コケの美【コケ愛好家・藤井久子の“コケ目線”で歩く寺社仏閣めぐり第二回】

滋賀県

2022.04.30

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滋賀県・旧竹林院に見る石×コケの美【コケ愛好家・藤井久子の“コケ目線”で歩く寺社仏閣めぐり第二回】

日本のどこにでもある神社やお寺。身近な場所でありながら、そこには日常の雑事から離れ、不思議と心が安らぐ別世界が広がっています。境内に広がるつつましやかなコケこそ、じつはこの“別世界”の空間を作り出している重要なエッセンスの一つ……と考える筆者が、これまでコケ目線で全国各地の寺社仏閣をめぐってきた中から、とりわけコケが魅力的な場所を連載で紹介します。第二回は関西エリアから、隠れたコケ名所・滋賀県大津市にある旧竹林院とその周辺です。

文・写真:藤井久子

目次

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コケ名所の穴場、滋賀県

水辺のコケはフォトジェニック!

石とコケのコントラストの美

石垣は野良苔パラダイス

散策あとのお楽しみ

コケ名所の穴場、滋賀県

▲滋賀県大津市坂本地区の山手からの眺め。鳥居の向こうに琵琶湖も臨める

▲滋賀県大津市坂本地区の山手からの眺め。鳥居の向こうに琵琶湖も臨める

日頃から、さまざまなコケの情報にアンテナを張っている筆者ですが、最も頼りにしている情報源の一つが、今年で設立30年を迎えるコケの愛好会「岡山コケの会」が発行している会報誌『オカモスニュース』です。その誌面はまさに、全国各地の愛好者から寄せられたコケ情報の宝庫。もう十数年、筆者の愛読誌となっています。少し前にその誌面で紹介されていたのが、滋賀県大津市にある旧竹林院です。投稿者は、コケの研究者である木村全邦さん(奈良県吉野郡川上村「森と水の源流館」職員)。関西の苔庭といえば京都の名園があまりにも有名ですが、じつはその隣の滋賀県大津市にも負けず劣らず魅力的な苔庭があり、旧竹林院の庭も素晴らしいとのこと。

滋賀県の社寺の多さ、自然度の高さについては以前から評判には聞いていたものの、どこから訪ねるのがよいものか……と悩んでいた筆者。早速、大津市坂本地区へ出かけてみることにしました。

▲旧竹林院の入口。JR比叡山坂本駅から徒歩20分ほどで到着

▲旧竹林院の入口。JR比叡山坂本駅から徒歩20分ほどで到着

滋賀県大津市坂本地区は、京都府に隣接し、JR京都駅からは電車で約15分です。町は比叡山延暦寺(世界文化遺産に登録)と日吉大社(全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮)の門前町として古くから栄え、界隈には比叡山の修行から退いた老僧たちのための隠居所「里坊(さとぼう)」が点在します。旧竹林院も里坊の一つで、元禄13年(1700年)に創建。明治には民間の手に渡り、現在は大津市の所有で一般公開されています。

▲中に入るとまずは母屋に通され、そこから庭を鑑賞できる

▲母屋から見た庭。左手にモコモコと茂るのはウマスギゴケ。3月だったのでまだ木々に葉がなかったが、これからの季節は新緑が美しい

水辺のコケはフォトジェニック!

▲順路を進み、庭の斜面を少し上ったところ。地面をコケのマットが覆う。向こうに四阿(あずまや)が見える。

▲順路を進み、庭の斜面を少し上ったところ。地面をコケのマットが覆う。向こうに四阿(あずまや)が見える。

▲手前を流れる小川は比叡山を源流とする大宮川。水は下流域にある琵琶湖へと注ぐ。奥には築山

▲手前を流れる小川は比叡山を源流とする大宮川。水は下流域にある琵琶湖へと注ぐ。奥には築山

母屋を出ると、約1000坪の庭を実際に歩くことができます。庭は、滝組(たきぐみ)や築山(つきやま)を配し、さらに日吉大社の奥宮がある八王子山を借景にした、回遊式庭園です。

▲春に最もかわいらしい姿を見せるタマゴケも

▲その名の通り、球状の蒴をつけます

ところで、苔庭を鑑賞しに来た際、思いのほかコケが乾燥していて、ちょっとがっかり……ということがしばしばあります。もし庭園内に川や池があるならば、まずはその水辺をチェックしてみましょう。水辺は湿度が高く、潤ったコケが撮りやすいおすすめのフォトスポットです。

▲川縁にカメラを置いて撮影。上から見下ろしているだけだと気づかなかったが、多種のコケが重なり合うようにして厚いマットを作っていた

▲川縁にカメラを置いて撮影。上から見下ろしているだけだと気づかなかったが、多種のコケが重なり合うようにして厚いマットを作っていた

石とコケのコントラストの美

▲石を多用した庭造り。奥には石垣が見える

▲石を多用した庭造り。奥には石垣が見える

さらにこちらの庭はコケも豊富ながら、石がたくさん配されているのも特筆すべき点です。詳しくは後述しますが、じつはこの坂本地区は、“石積みの町”としても知られています。この庭にも石組、石灯籠がいくつもあり、敷地全体も石垣で囲まれていました。そして、“石の美”を大切にしてきたこの土地ならではの気風から、石に生えたコケは掃除してしまうのだそうです。

石を好むコケたちが自由に生えることができないのは、コケ好きから見るとちょっとかわいそうにも思われますが、そのぶん白みを帯びた石とコケの緑のコントラストが美しく感じられます。土地柄が苔庭にも反映されているのも、おもしろい特徴だと思いました。

石垣は野良苔パラダイス

▲さまざまな大きさ・形の石が積まれる「野面積み」の石垣。地震や豪雨への耐久性にも優れているという

▲さまざまな大きさ・形の石が積まれる「野面積み」の石垣。地震や豪雨への耐久性にも優れているという

さて、旧竹林院を出て周辺も散策してみました。よく見ると旧竹林院のみならず、他の里坊、神社、古い民家などの壁はどこも石垣で覆われています。これらは、古くから坂本地区の穴太(あのう)というエリアに暮らしていた石工(いしく)職人集団“穴太衆(あのうしゅう)”に手によって造られたもの。穴太衆は自然にある石を加工せずにそのままの形を生かして積み上げ、石垣をつくる「野面積(のづらづみ)」の技法を得意としていました。彼らの作った石垣の堅牢さは、戦国時代にとくに評判となり、織田信長の安土城をはじめ、全国の城造りに大きな影響を与えたといわれています。

▲庭に居場所をもらえなかったコケたちがあちこちの石垣を覆う

そして石垣に近づいてみると、石を好むコケたちがそこここに! 里坊の庭園では掃除されてしまうようなコケたちが、人間の管理下から抜け出して、まるで野良猫ならぬ“野良苔”とでもいった様子で、思いのままに繁茂していました。

▲ヒジキゴケ

▲ハイゴケ

▲スナゴケ

▲ヒジキゴケやスナゴケを見つけたら、水を噴きかけるのがコケ観察のお約束。瞬く間に水を吸収して、面白いほど群落の様子が変化する

散策あとのお楽しみ

JR比叡山坂本駅から出発して、早3時間半が経過。「夢中でコケを見ていたら、昼ごはんの時間をとっくに過ぎていた」というのは、コケ愛好家たちの間では“あるある”です。慌てて食事処を探すことに。

▲本家鶴㐂そば。創業は享保元年(1716年)という老舗蕎麦屋さん

▲店の窓から眺められる苔庭。たまたま入ったにもかかわらず、この日は勘が冴えていました

旧竹林院から300mほど坂を下ったところにある蕎麦屋さん「本家鶴㐂そば」の立派な店構えに惹かれて、入ってみました。するとそこには、またもや苔庭が!コケを眺めながら食事ができるという、コケ好きにはたまらないランチタイムとなりました。

▲天ぷら蕎麦をいただきました

▲天ぷら蕎麦をいただきました

なお、今回巡った場所以外にも、滋賀院門跡(総里坊)、日吉大社、西教寺(明智光秀の菩提寺)など、坂本地区は歴史的名所がたくさんあります。ぜひ時間に余裕を取って、コケむす石積みの町を散策してみてくださいね。
※参考文献:木村全邦「旧竹林院(滋賀県大津市坂本)の苔庭」(『オカモスニュース№51』2021年3月号)

◆旧竹林院
住所:滋賀県大津市坂本5丁目2番13号
アクセス:JR湖西線「比叡山坂本」から山手へ徒歩20分
     京阪石坂線「坂本比叡山口」から山手へ徒歩10分
拝観時間:9時~17時(受付は16時30分まで)※茶室使用料は別途
定休日:月曜日(祝休日は開園)、祝日の翌日、12月26日~12月31日
拝観料:大人330円、小学生160円
駐車場:乗用車12台。無料

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#旅 #旅行 #コケトリップ #滋賀県

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コケ愛好家 藤井久子

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藤井久子

ライター、エディター。著書に『コケはともだち』(リトルモア)、『知りたい 会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑』、『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(家の光協会)。岡山コケの会、日本蘚苔類学会会員。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。

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