枯死の危機を乗り越えた“コケ界のレジェンド”に会いに、池上本門寺へ【コケ愛好家・藤井久子の“コケ目線”で歩く寺社仏閣めぐり第三回】

東京都

2022.06.21

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枯死の危機を乗り越えた“コケ界のレジェンド”に会いに、池上本門寺へ【コケ愛好家・藤井久子の“コケ目線”で歩く寺社仏閣めぐり第三回】

日本のどこにでもある神社やお寺。身近な場所でありながら、そこには日常の雑事から離れ、不思議と心が安らぐ別世界が広がっています。境内に広がるつつましやかなコケこそ、じつはこの“別世界”の空間を作り出している重要なエッセンスの一つ……と考える筆者が、これまでコケ目線で全国各地の寺社仏閣をめぐってきた中から、とりわけコケが魅力的な場所を連載で紹介します。第3回は東京23区内のお寺、「ホンモンジゴケ」の和名の由来となった池上本門寺です。

また、7月2日(土)に今回登場する池上本門寺と本妙院にて、苔観察会を行います。ぜひ詳細をチェックしてください!

文・写真:藤井久子

目次

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「ホンモンジゴケ」の日本で最初の発見地

銅を蓄積する“変わり者”

二度の難局を乗り越えて……

周辺も緑を楽しめるスポットがいっぱい

2022年7月2日(土)、苔観察会を行います!

▷コケ観察会の詳細はこちら

「ホンモンジゴケ」の日本で最初の発見地

日蓮宗の大本山である池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、東京都大田区にあります。最寄り駅は、五反田と蒲田を結ぶ東急池上線の池上駅です。2020年にはこれまで木造だった駅舎が新しくなり、駅前の風景は大きくイメージチェンジ。しかし、商店街には本地発祥といわれるくず餅屋さんをはじめ、昔ながらの老舗がいまも軒を連ね、門前町の風情を感じさせます。時代に合わせて新しいものも受け入れながら、新古がバランスよく入り混じっている、なんだか風通しのいい雰囲気を感じさせる街です。

そんな街の雰囲気を楽しみながら10分ほど歩くと、池上本門寺の総門が見えてきました。

駅前から始まる商店街の通り(本門寺通り)を抜け、呑川を渡ると、総門が見えてくる

総門と本堂を繋ぐ此経難持坂(しきょうなんじざか)。『法華経』の一節の文字数と同じ96段あるそう

大堂。空襲で焼けたため、昭和39年に鉄筋コンクリート造に再建

大堂。空襲で焼けたため、昭和39年に鉄筋コンクリート造に再建

これまで連載第1回、第2回では苔庭を紹介してきましたが、じつはこちらの池上本門寺に苔庭はありません。しかし、コケ愛好者のあいだでは、「生きているうちに一度は行きたい!」と話題になるほど、全コケ愛好者憧れの名所です。

というのも、ここは日本で初めて「ホンモンジゴケ」が見つかった場所。1910年4月、医師でありコケ研究者であった桜井久一博士が境内の五重塔周辺で発見、和名を「ホンモンジゴケ」と命名されました。それから100年以上たったいまなお、発見地で健在のホンモンジゴケを見ることができる貴重な場所なのです。

ホンモンジゴケ。濃い目の緑色で、密なマットをつくる

ホンモンジゴケ。濃い目の緑色で、密なマットをつくる

コケは、山や街、田畑など、どこにでも生えているので普段はあまり気になりませんが、環境の変化にとても敏感な植物です。日当たりや風通しなどが少し変わっただけで、枯れてしまうことがよくあります。とくに人間によって環境を変えられやすい東京の都市部で、発見された時から変わらず同じコケ群落が見られるというのは、非常に珍しいこと。池上本門寺のホンモンジゴケは、いわば“コケ界のレジェンド”といっても過言ではないかもしれません。

銅を蓄積する“変わり者”

さらに、ホンモンジゴケはコケの中でもちょっと“変わり者”です。このコケは神社やお寺の銅葺き屋根の雨滴が落ちる場所、青銅製の燈篭や仏像の周囲、銅山など、とにかく銅イオンの豊富な場所ばかりに生えます。普通、金属は植物にとって有害なもの。しかし、ホンモンジゴケには体内に銅を蓄積できる特別な性質があり、銅イオンをまるで好むかのようにそういった場所に群落を広げていきます。

銅葺き屋根の下で、濃い緑色の群落を広げるホンモンジゴケ(写真は石川県)。

銅葺き屋根の下で、濃い緑色の群落を広げるホンモンジゴケ(写真は石川県)。

ホンモンジゴケが世界で最初に見つかったのは17世紀のコロンビアの滝の岸壁。自然界では主に銅を含む鉱床に生える(写真は大阪府)。

ホンモンジゴケが世界で最初に見つかったのは17世紀のコロンビアの滝の岸壁。自然界では主に銅を含む鉱床に生える(写真は大阪府)。

二度の難局を乗り越えて……

さて、大堂でお参りを済ませたら、いよいよホンモンジゴケのある五重塔へ。池上本門寺は鎌倉時代に創建され、敷地面積はなんと4万坪。広大な境内には、当然ながら歴史的建造物が多く、さらに墓地には力道山や幸田露伴、紀伊徳川家の墓所など著名人や歴史的人物のお墓が点在するなど、見どころいっぱいです。しかし、筆者は脇目もふらず、ホンモンジゴケのもとへ向かいます。

徳川秀忠(第2代将軍)が1608年に建立。現在、関東最古の五重塔。上から3番目までの屋根と相輪が銅葺き

近づいてみると、石垣に緑の群落があった!

「コケは環境の変化に敏感」と先ほど書きましたが、じつはこちらのホンモンジゴケも、これまで枯死の危機が二度ほどありました。

最大の危機は、1935年4月の第二次世界大戦末期の大空襲の時。蒲田区(現在の大田区南部)から川崎にかけての工場地帯と住宅地が空襲に遭い、蒲田区はほぼ全域が焼かれたといいます。池上本門寺も建造物はほとんど全焼。しかし、境内の中心部から少し離れていた五重塔は奇跡的に無傷だったのです。

さらに二度目の危機は、1997年から2001年にかけて、五年計画での五重塔の修復・再建工事の時。五重塔を全解体するという大掛かりな工事で、塔足元の石垣は工事用の足場やシートに覆われ、しばらくのあいだコケたちに雨水も日差しもほとんど当たらなくなってしまいました。案の定、群落は一時ほとんど見えなくなってしまいましたが、工事が終わり、しばらくすると再びコケが復活。また少しずつ生え広がり、現在に至ります。

季節や天気によって表情は変わるが、この日は色もふかふか具合もグッドコンディション

季節や天気によって表情は変わるが、この日は色もふかふか具合もグッドコンディション

周辺も緑を楽しめるスポットがいっぱい

お目当てのホンモンジゴケをじっくり観察したあとは、境内やお寺の周辺もぜひ散策してみましょう。境内には緑が多く、周辺にある池上本門寺の20以上の末寺の多くは常に門が開かれていて、庭ではコケはもちろん四季折々の草花を愛でることができます。また、近隣の池上梅園はウメの見頃以外にも、ツツジ、アジサイ、ハナショウブなど、ツバキなど約50種の植物が鑑賞できるなど、植物好きにはたまらないスポットです。

池上本門寺の末寺の一つ「本妙院」。

門は常に解放されていて、参拝はもちろん、季節の植物を愛でにふらりと立ち寄ることができる

界隈のお庭で見かけたトサノゼニゴケ

界隈のお庭で見かけたトサノゼニゴケ

東京23区内にありながら、池上はゆったりと自然と親しむにはとてもいい街です。食に興味のある方は、帰り道に池上名物・くず餅のお店に立ち寄るのもお忘れなく。

小麦粉を発酵・熟成させて作られるくず餅。江戸時代から続く「くず餅屋御三家」が有名

小麦粉を発酵・熟成させて作られるくず餅。江戸時代から続く「くず餅屋御三家」が有名

◆日蓮宗大本山 長栄山 池上本門寺
住所:東京都大田区池上1-1-1
アクセス:東急池上線「池上駅」下車徒歩10分、都営浅草線「西馬込駅」南口下車徒歩12分、JR京浜東北線「大森駅」より池上駅行きバス(20分)「本門寺前」下車徒歩5分
定休日:なし
拝観時間:境内自由(大堂での祈願・供養等の受付は10:00~15:00まで。16:00閉堂)
拝観料:無料
駐車場:あり。100台/9:30~16:00

2022年7月2日(土)、苔観察会を行います!

7月2日(土)、今回登場した池上本門寺と本妙院にて、苔観察会を行います! 藤井さんに解説してもらいながら、ホンモンジゴケをはじめとしたコケの姿をじっくりと観察、撮影して楽しみましょう。

そして観察会の最後は、本妙院に場所をお借りし、藤井さんや参加メンバーと一緒に昼食会を実施。本妙院の早水住職に、知られざる池上本門寺とホンモンジゴケの逸話についてもお話いただきます。一緒にコケづくしの時間を過ごしませんか?

●概要
日程:2022年7月2日(土)
集合場所: 池上本門寺 総門前(東京都大田区池上1-32)
集合/解散時間:集合10:00 / 解散13:15頃
*時間は変更になる場合がございます
参加費用:2,500円(昼食代込み)
*旅色LIKES会員の方は1,000円(昼食代)
*自宅から集合・解散場所間の交通費はご自身でご負担ください
参加可能人数:先着20名

公式サイト
▷コケ観察会の詳細、申込はこちら

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藤井久子

ライター、エディター。著書に『コケはともだち』(リトルモア)、『知りたい 会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑』、『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(家の光協会)。岡山コケの会、日本蘚苔類学会会員。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。

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