【倉方俊輔の建築旅】西洋の玄関口・函館で多文化に触れる旅

北海道

2024.01.25

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【倉方俊輔の建築旅】西洋の玄関口・函館で多文化に触れる旅

建築史家の倉方俊輔さんが案内する、建築をきっかけにその街を新しい視点で見つめる「建築旅」連載。今回はさまざまな文化が交わる西洋の玄関口・函館の個性を、建築から見ていきましょう。

目次

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漆喰塗りの伝統的な土蔵造が印象的「太刀川家住宅店舗」(1901年)/山本佐之吉

中国風の装飾が特徴的な「函館中華会館」(1910年)

アメリカ風の古典様式「旧函館区公会堂」(1910年)/小西朝次郎

正教会の正統を伝える「函館ハリストス正教会」(1916年)/河村伊蔵

おわりに

漆喰塗りの伝統的な土蔵造が印象的「太刀川家住宅店舗」(1901年)/山本佐之吉

太刀川家住宅店舗

「太刀川家住宅店舗」は、この街で米穀店や、旅客や貨物を運ぶ回船業を営んだ太刀川家の店舗兼住宅として、1901年に建てられました。漆喰で壁を塗り固めた、江戸時代からの「土蔵造」という形式です。

左右の端にある、手前に突き出した壁のような部分を「うだつ」と言います。火災の延焼を防ぐための工夫ですが費用がかかるため、立派さの象徴になり、今も「うだつが上がらない」という表現が残っています。こちらはその逆、繁栄して、うだつが上がった建物になります。

建主の父・善之助は、幕末に新潟県の長岡から移住し、事業に成功した人物でした。函館と長岡は日本海側の海路でつながっています。ですから内部には、長岡の近くで採れた質の良い木材が使われています。室内を彩る巧みな漆の技も、そこから来たものです。

そして、函館は西洋との玄関口です。1854年に日米和親条約が結ばれたことにより、幕府は箱館(現:函館)と下田の開港を決定、1859年には長崎、横浜とともに、函館が日本で最初の対外貿易港として開港しました。

この建物、実は煉瓦でできています。木ではなく、西洋から取り入れた燃えない素材でつくられ、伝統的な土蔵造を採用して、見た目にも安定感を与えています。

太刀川家住宅店舗

さらに、和洋折衷であることを見ていきましょう。1階にはカーブが3つあります。アーチが三連続した形は、西洋建築で正面玄関などに使われます。日本の洋館でも目にしたことがある方がいるかもしれません。人を招きながら、都市に対して立派な顔を見せる、西洋の伝統的な手法です。真ん中に位置するアーチを中心に、建物の全体が左右対称になっています。和風の要素を、洋風の感覚で再構成しているのです。

良港に恵まれた函館は、強い風が吹く場所でもあります。いったん火がつくと燃え広がりやすく、市内は何度も大火に見舞われました。「太刀川家住宅店舗」には火災で失われることなく、家の格式を長く保ちたいという願いが込められています。そのために和風と洋風の技術、デザインが融合されています。

国の重要文化財に指定されている、他地域では見ることのできないタイプの建築です。国内外多くの地域と結ばれて、新しいものを採り入れてきた函館らしさがうかがえます。

◆太刀川家住宅店舗
住所:函館市弁天町15-15
電話番号:0138-22-0340

坂道が多い街としても知られる函館を歩きながら、100年以上経った建築をさらに訪ねていきましょう。

中国風の装飾が特徴的な「函館中華会館」(1910年)

函館中華会館

「函館中華会館」は、1910年に建てられました。鑑賞できるのは外観のみですが、見ての通り、煉瓦造の建物が目を惹きます。さらに中国風の装飾が特徴的です。

函館中華会館

曲線を生かした文様や、日本の鬼瓦のように棟の上に乗っている飾りが独特です。煉瓦を使う文化が中国にはあります。赤煉瓦、色の濃い煉瓦、屋根瓦と、グラデーションになった焼き物の競演を楽しめる建物です。

◆函館中華会館
住所:函館市大町1-12
電話番号:0138-22-1211

アメリカ風の古典様式「旧函館区公会堂」(1910年)/小西朝次郎

旧函館区公会堂

「旧函館区公会堂」も国の重要文化財に指定されています。1907年の大火の後、市民の集会場、商業会議所の事務所として1910年に完成しました。翌年には皇太子(後の大正天皇)が北海道行啓の際の宿泊所となるなど、多くの貴顕や文化人を迎えた場所です。外観は華麗な古典様式。それを横に長い木材を丁寧に並べた下見板張りで表現しているところに、アメリカの建築の影響が強い北海道らしさがあらわれています。室内の調度品もよく保管されていて、明治の雰囲気に浸ることができます。

◆旧函館区公会堂
住所:北海道函館市元町11番13号
電話番号:0138-22-1001

正教会の正統を伝える「函館ハリストス正教会」(1916年)/河村伊蔵

函館ハリストス正教会

「函館ハリストス正教会」の名称の「ハリストス」とは、ギリシア正教でキリストのこと。1858年の日露修好通商条約の調印を受けて、ロシア領事が函館に着任し、1860年に領事館と併せて聖堂を建設しました。函館は日本のハリストス正教会発祥の地なのです。

河村伊蔵

最初の木造聖堂は1907年の大火で焼失。現在の聖堂は正教会の聖職者でもあった建築家の河村伊蔵の設計により、1916年に完成しました。内部も外部も、カトリックやプロテスタントの教会とは違った、正教会のスタイルにのっとっています。その特徴的な技法が、正面に1本だけ立つ八角形平面のとがった塔です。そして、真っ白な漆喰の壁と、緑青をふいた銅板屋根の鮮やかなコントラストが印象に刻まれるでしょう。

◆函館ハリストス正教会
住所:函館市元町3-13
電話番号:0138-23-7387

おわりに

1854年に日米和親条約が結ばれてから、函館にはさまざまな国の文化が入ってくるようになりました。その歴史は今もなお残されています。「建築を通じて多文化と触れ合える」、これは函館だからこその魅力ではないでしょうか。ぜひ建築の視点で、函館の街を歩いてみてください。

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#北海道 #函館 #建築旅

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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