よくあんこうホテルの夢を見る。

 それは小さなホテルで、ぼく以外に宿泊客がいない。入り口の看板には「あんこうホテル」と書かれている。ぼくは受付で自分の名前を記帳する。

「それでいい」とだれかが言った。

 目が覚めると、ぼくはあんこうが食べたいと思っていた。

 すぐにインターネットであんこうが食べられる場所を探すと、ほどなくして見つかった。

 八丁堀にある「篠げん」という店だ。都内で唯一、茨城産の天然あんこうを食べられるところだという。店に入ると左手の奥にあるカウンター席に案内された。壁には骨だけになったあんこうの標本が飾ってある。聞けば店主が趣味で作ったものだそうだ。

 席につくと、店員に「鮟鱇(あんこう)フルコース」を頼む。あん肝、とも酢、さしみ、唐揚げ、どぶ汁と楽しめて、最後は雑炊でしめてデザートまで出るコースだ。

 カウンターのなかにはウインチのついた吊るし台があった。そこにあんこうを吊るして、客の目の前でさばいてくれるのだ。さっそく店主があんこうを吊るし、器用に包丁をあやつりながら、表面の皮を剥いでいった。店主が手を動かすたびに、あんこうの白い身があらわになっていく。そしてお腹の部分に刃をいれて、きもや心臓を取り出していく。あんこうは体重が六十キロほどになるものもあるが、食べるのはだいたい五キロ~十キロほどのものだそうだ。そして、あんこうは「七つ道具」と呼ばれるほど、食べられる部位が多い。ひれや皮、えらだって食べる。なので、さばき終わると骨だけになってしまうのだ。

 あんこうのどぶ汁はとてもボリュームがあり、身が溶け出してとろとろになっている。おたまですくって食べてみると、大味だが不思議とくさみはない。どぶ汁はあんこうのいろんな部位が入って溶けているので、どの部分を食べているのかわからなくなってくる。

 その日の夜も、あんこうホテルの夢を見た。

「それでいい」とだれかが言った。昨日と同じ声だ。

 夜中に目を覚ますと、台所でウイスキーを一杯飲んだ。ぼくの目からは涙が流れていた。

菊池 良 Kikuchi Ryoライター。学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり書籍化、WEBドラマ化される。その後、WEBメディアの制作会社や運営会社勤務を経てフリーに。主な著書『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)などがある。最新刊『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)が発売中。

産直居酒屋
あんこう篠げん 八丁堀

  • 東京都中央区八丁堀3-9-2
  • 050-3477-3086
  • 11:30~22:00(LO21:30、ドリンクLO 21:45)
  • 日曜日・祝日

Text:Ryo Kikuchi
Illustration:Yutaka Nakane

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