「あれ食べに行こう」からはじまる旅 タベサキ

進化し続ける75歳“現代の名工”が揚げる江戸前の粋

芸術品と評される“穴子”の天ぷら

職人という枠には収まらず、アーティスト、さらには和食の神様とまで称される早乙女哲哉さん。2021年11月には「天ぷら調理の技を発展させた」として厚生労働省によって「現代の名工」にも選出されたばかり。一般的に穴子は夏と冬と二回旬があり、冬の方が脂乗りが良いと評判。そんな“旬”を食べるなら、美食家たちがこぞって芸術品と絶賛するこちらの天ぷらがおすすめ。

写真、文/佐藤 潮.(effect)

芸術品と評される“穴子”の天ぷら
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お話を聞いた人

みかわ ざんきょ店主 / 早乙女哲哉さん

1946年、栃木県生まれ。15歳から天ぷら職人の道を歩み、今年で60年。いまなお欠かすことなく調理場に立ち続け、門前仲町「みかわ 是山居」に訪れたゲストすべてに江戸前の仕事で応じています。2017年には寿司職人の小野二郎さんと共にNHK特番「和食 ふたりの神様 最後の約束」で紹介され、天ぷらの神様として世に広く浸透しました。

みかわ 是山居(ぜざんきょ)   店主 / 早乙女哲哉さん

運命に導かれるように天ぷらの世界へ

みかわ 是山居(ぜざんきょ)

衣のなかで蒸すように揚げた穴子。しっかりと熱を通し、身はふっくら、表面は香ばしく。菜箸で両断すれば蒸気が抜け最高の仕上がりに。

「実は小学校の頃から寿司屋になろうと思ってた。それで中学を卒業して寿司屋へ面接に行く前に、天ぷら屋でごちそうになってね。『天ぷら屋で働くのはどう?』と言われ、無料でご飯を食べさせてもらった手前、断る訳にもいかないじゃない」。縁あって15歳から上野の名店「天庄」で修業をはじめたという早乙女哲哉さん。店の大旦那は東京随一と言われる天ぷら職人で、名人落語家や人気小説家、大学の教授といった昭和の文化人がこぞって訪れていたそうです。当時、一流店で揚げ台(調理場)に立てるのは、30歳を過ぎてからが当たり前でしたが、早乙女さんは17歳の頃から大物の常連客を相手にしていたと言います。

早乙女流の生き方

幸いなことに、私は気が小さかったから上手くいったんだよ。日本中どこを探したって、私より気が小さい奴はいないと思ってる。気が小さいってことは繊細なんだ。職人は繊細さがなかったら、だらしがなくなってしまう。いま思えば、一番の素質を持っていた。それに気づいてからは、まさに鬼に金棒だったね。

早乙女哲哉さん

47年かけて叶えた夢 集大成から再び伝説がはじまる

みかわ 是山居(ぜざんきょ)

食材の性格を理解して引き立てるのが江戸前の仕事。たとえばアスパラは上下で揚げ時間を変えて上半分は食感と香りを、下半分は糖度の高さを強調している

「若い頃から話し相手だったのが東京藝術大学の教授たち。私は次第に意識が変わって、次の時代は天ぷら職人も芸術家たちと同じ次元まで意識を高めなくちゃいけないと考えるようになった」と話す早乙女さん。17歳の頃には好きな作品に囲まれて、そこでアーティストとして天ぷらを揚げる夢を抱いたそうです。29歳で独立し、茅場町「みかわ」の店主として評判を得てからも江戸前の技と心を磨き続け、積年の夢を叶えたのは63歳。「新しい店を作ると言ったら、古くから付き合いのあるアーティストたちが集まってくれた。そこで掲げたテーマが新旧和洋を問わない『平成ロマン』。平成ならではの“遊び”として皆が協力してくれた」

早乙女流の生き方

「美味しい天ぷら」を期待して店に訪れるお客さんは裏切れない。だから私が全員の相手をする。独立してからずっとそう。その期待に応えて、願いを叶えるお手伝いをするのがアーティストってものでしょう。1日60人、年間にして1万8000人以上、ひとり残らず私が揚げる。いまはコロナ禍で満席じゃない日もあるけどね。

早乙女哲哉さん
みかわ 是山居(ぜざんきょ)
器や書などの展示スペースである3階のサロン。席を待つ間も鑑賞を楽しめる
みかわ 是山居(ぜざんきょ)
かき揚げは具材の小柱には火を通さない。その隙間の衣だけをカラリと揚げる
みかわ 是山居(ぜざんきょ)
車海老の胴は舌が最も甘みを感じる46度前後に。頭はしっかりと火を入れて香ばしく
みかわ 是山居(ぜざんきょ)

「誰にも見えないような所まで『小さく小さく、深く深く』と、最高の仕事を続けている。だけど私は、ただの一回だって努力したことがないんだよ。生き様は『甲にあらず、丙にあらず、乙なり』と表すことが多い。甲乙丙の真ん中、私はまあまあですよって意味。でも、ふと気づけば仰ぎ見ていた人たちが皆いなくなっちゃった。私はね、がんばっていないから続けられたんだ」と笑う早乙女さん。立ちふるまいや言葉ひとつ取っても垢抜けている、生き方が粋そのもの。「130歳までは現役でやる。それぐらいの気力はある。まだ真ん中をちょっと過ぎて、折り返したばっかりだよ」。75歳にして道半ば、伝説はまだまだ先まで続きそうです。

みかわ 是山居(ぜざんきょ)
お品書きは20,900円のおまかせコースのみ。かき揚げは〆の天丼や天茶で登場
みかわ 是山居(ぜざんきょ)
食器、柱、扉まで全てが作家の作品。換気扇は早乙女さん愛用の帽子がモチーフ

早乙女流の生き方

私は10年後にはもっと天ぷらを揚げるのが上手くなってる。「未来のことまで見据えている」なんて難しい話じゃない。単純に毎日、いまの仕事がベストか自分に問うてるだけ。毎日ひとつ、何にも難しいことじゃない。それを積み重ねれば絶対に上達する。現に昨日より今日の方が、天ぷらを揚げるのが上手くなっているからね。

早乙女哲哉さん
みかわ 是山居(ぜざんきょ)
[DATA]
みかわ 是山居
住所:〒135-0032 東京都江東区福住1-3-1
電話:03-3643-8383
営業:11:30~、13:00~、17:00~、19:30~(完全予約制)
定休:水曜日
アクセス:東京メトロ東西線、都営大江戸線
門前仲町駅3番出口から徒歩約5分
駐車場:なし
免許皆伝 技を受け継ぐ8人の名工

免許皆伝 技を受け継ぐ8人の名工

日本が世界に誇る天ぷら文化の体現者である早乙女さん。多くの職人がその背中に憧れ、技や心を磨き続けてきました。なかでも8人の愛弟子たちに対しては「私と同様の技量を持っている」と早乙女さんも太鼓判。「現代の名工」と等しい存在であることを認める、免許皆伝の証も用意していました。実際に愛弟子の方々が営むお店は、例外なく高い評価を集めています。ここでは、そんな江戸前の技を受け継ぐ8人の名工をご紹介。「早乙女さんはどのような存在か?」という気になる質問も投げかけてみました。
[ 早乙女さんはどのような存在? ]
  • 人生の師です。目標にして、がんばるのみです。
    中川崇さん

    [DATA]
    天麩羅 なかがわ
    住所:〒104-0045 東京都中央区築地2-14-2 築地NYビル 1F
    電話:03-3546-7335
    定休:月曜日
    営業:11:30~13:30、17:00~22:00
    アクセス:東京メトロ日比谷線築地駅2番出口から徒歩約2分
    駐車場:なし
  • 技術面だけでなく天ぷらを通しての生き様を魅せつけてくれました。
    谷口一樹さん

    [DATA]
    天ぷら やぐち
    住所:〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町2-9-7 大江戸アクセス2 1F
    電話:03-3527-3701
    定休:木曜日
    営業:11:30~13:00、18:00~22:00
    アクセス:東京メトロ日比谷線、都営地下鉄浅草線 人形町駅A1出口から徒歩約2分
    駐車場:なし
  • 雲の上の存在です。神様ですね。
    三浦直樹さん

    [DATA]
    てんぷら しおや
    住所:〒960-8032 福島県福島市上町2-14
    電話:024-521-0678
    定休:日曜日
    営業:11:30~13:00、17:30~21:00
    アクセス:JR各線 福島駅東口から徒歩約13分
    駐車場:なし
  • 一歩でも近づけるようにと思っています。
    高取正芳さん

    [DATA]
    てんぷら 千の種
    住所:〒700-0815 岡山県岡山市北区野田屋町1-10-20
    電話:086-230-0896
    定休:月曜日
    営業:11:30~LO13:00、17:30~LO21:30
    アクセス:JR各線 岡山駅東口から徒歩約10分
    駐車場:なし
  • 未だ見ること叶わぬ山の頂き
    中島昭彦さん 中島昭彦さん
    [DATA]
    江戸前天ぷら ふく庵
    住所:〒135-0047 東京都江東区富岡1-22-26 杉田ビル2F
    電話:03-5646-6365
    定休:日曜日、祝日の月曜日
    営業:12:00~14:00、18:30~22:00(ランチは売り切れ次第終了)、月曜日18:30~22:00
    アクセス:東京メトロ東西線、都営地下鉄大江戸線 門前仲町駅1番出口から徒歩約2分
    駐車場:なし
    江戸前天ぷら ふく庵
  • 私にとって人生の恩師。料理人を育て、その上で「人」も育てていると思います。
    張雪崴さん 張雪崴さん
    [DATA]
    雪崴
    住所:中国北京朝陽区工体東路2号中国紅街3号楼109
    電話:0086-15321285714
    定休:月曜日
    営業:12:00~14:00(LO13:00)
    アクセス:各線 北京駅からタクシーで約15分
    駐車場:なし
    雪崴
  • 圧倒的な憧れの存在。
    北嶋大地さん 北嶋大地さん
    [DATA]
    秋田 てんぷら みかわ
    住所:〒010-0921 秋田県秋田市大町4-4-4
    電話:018-807-4627
    定休:日曜日
    営業:12:00〜14:00、18:00〜22:00、月曜日・木曜日18:00〜22:00(ランチのみ前日まで要予約、ディナーは当日予約可、最終入店は20:00)
    アクセス:各線 秋田駅から徒歩約15分
    駐車場:なし
    秋田 てんぷら みかわ
  • 店のスタッフ一同に進むべき方向を指し示してくれる存在。
    早乙女具視さん 早乙女具視さん
    [DATA]
    てんぷら みかわ 六本木ヒルズ店
    住所:〒106-0032 東京都港区六本木6-12-2 ヒルズレジデンスB棟
    電話:03-3423-8100
    定休:水曜日
    営業:11:30~14:00、17:30~21:30
    アクセス: 東京メトロ日比谷線、都営地下鉄大江戸線六本木駅1C出口から徒歩約6分
    駐車場:2762台
    てんぷら みかわ 六本木ヒルズ店

早乙女流の生き方

皆が独立するときには「自分ができることはすべてやれ」とだけ伝えている。それがお客さんに対してできていれば絶対に上手くいく。それ以上の教えはないんだよ。余分なものはいらない。持っているものをすべて吐き出せばいいだけだ。

早乙女哲哉さん