Into the Wild

小林エリカの旅と創造

連載第19回

I n t o t h e W i l d

その小さな動物は、長くて太い尻尾を揺らしながら木の頂上まで駆け上る。
そこから宙へむかっていっきに飛ぶ。
広げた両手はグライダーのようになり、滑空する。
私はそれを見上げる。
木から木へと飛び移るムササビ。
ぬいぐるみではないムササビを、あの日、私は生まれてはじめて見た。

冬の軽井沢で「空飛ぶムササビウォッチング」というやつに参加したのだった。
頭上をムササビが飛び過ぎてゆくのをこの目にしかと見た。
ガイドさんは、ムササビとモモンガの違いからはじまり(ちなみにムササビは全長80cm程度、モモンガは30cmほどの大きさだそう)、ムササビの生体(草食動物らしい)など、丁寧に様々なことを教えてくれた。
ムササビというのは木々を飛び移りながら生活をし、決して地上を歩くことはないという。だから、森が切り拓かれ街になるにつれ、飛び移る木がなくなり絶滅するらしい。

以来、東京の街なかで、空を見上げるたびにムササビのことを思い出す。
その飛行距離は20メートルから100メートル以上のこともあるというが、確かに見まわしたところでムササビが飛び移れそうな木は見あたらない。

とはいえ、大都会の真ん中でもふと野生の動物を目にして驚くことがある。
東京でも電線の上を駆けるテンや暗闇で目を光らせる狸には出くわしたことがある。

10年ばかりも前になるのだが、ニューヨークのど真ん中で鷹だか鷲だかの姿を見た時には、さすがに自分の目を疑った。アパートの窓から外を覗いたら、外階段の柵の上にくろぐろとした巨大な物体が鎮座していたのだ。その猛禽類はこちらに背中を向けてとまっていたので、ちょうど小人みたいで、私は幻覚を見たものと思って戦慄した。
こんな場所で、そんな鳥と出くわすとは、私には思いも及ばなかったのだ。

それからほどなくして友人が「撮影した写真がニューヨーク・タイムズに掲載されたから見てみて」という連絡をくれた。
Web記事のリンクを開いてみたところ、なんとそれはマンハッタンのグラマシーパークに鷹がいる、という記事であった。友人の撮った写真もでかでかと載っていて、確かに鷹が公園の彫刻の頭の上に乗っかっている。
私は興奮した。
やっぱりこの街には居るのだ、鷹が。

ところで、その鷹には名前をつけるコンテストまで開催され、遂にその名もRugglesに決まったのだとか(ちなみにSamuel B. Rugglesとは1831年グラマシーパークをこの地に創設した人物らしい)。
Rugglesは街で何を食べて生きているのだろう。今なお元気にマンハッタンの上空を飛翔しているだろうか。

朝に、夕暮れ時に、真夜中に、私はひとり東京の空を見上げる。
ひょっとしたら信じられないような動物が、その空を横切りやしないかと、どこか期待しながら。

文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)発売中。