浅田政志の宿旅

旅の目的は、あの宿に泊まること―。至高の宿泊体験を切り取る写真連載。第18回は、一世紀以上も前に建てられたもともとは下宿屋だった旅館。街と、人の歴史を幾多も眺めてきた宿へ。
写真家 浅田政志の宿旅
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Vol.18「鳳明館」東京都文京区

いまは令和です。
明治30年代に下宿屋として建てられた建物を、戦後まもなく旅館と改めた「鳳明館本館」。
数年前に客室に鍵を付けた以外は、創業当時とほぼ変わらないそう。客室はそれぞれに設えが異なり、
えびす様の化粧桟や傘のような天井など館内の至るところに職人のワザと遊び心が満ちています。
天然木の床柱、名札の威厳
館内は単に歴史があるだけではなく、職人技術の粋を集めた意匠が施されています。たとえば床柱。自然そのままの銘木を使い、同じものはひとつとしてありません。そんな内装や部屋から見える景色に着想を得て付けられた部屋の名札の威厳といったら、泣く子も黙ります。
ひょうたんから風呂
部屋に水回りはなくお風呂は大浴場へ。
各館によって、浴槽の形はすべて異なりますが、どこももちろんタイル張り。
下宿屋のかほり
洗面所も共同、蛇口はお湯と水それぞれ別で、洗面器はアルミ。昭和生まれにとっては懐かしい風景ですが、気持ちのよい清潔さで古臭さは微塵もありません。
くもり硝子越しの緑園
台町別館の中庭には池や灯籠があり、緑豊か。都会の真ん中とは思えません。
ちなみにこの灯籠や石は、戦後焼けたお屋敷の庭石を買って運んできたのだそう。
ここで戦後生まれは人間だけです。
雨、やんだ?
客室だけでなく、廊下の天井や桟にも透かし彫りや木の細工が施されています。
趣ある館内には浴衣がぴったり。空を眺めるだけで絵になります。
宿泊者だけが見られる文化財
鳳明館本館は、2000年に登録有形文化財に指定されました。
博物館ではなく宿泊施設のため、泊まらないと見られないものもたくさん。
門内からの景色もそのひとつ。ロビーの売店で東京土産を買うのもお忘れなく。

鳳明館

戦前からの建物が趣深い鳳明館本館。通りを挟んで向かいには「台町別館」。少し離れたところに「森川別館」があります。創業者は建築に造詣が深く、大工さんを非常に大切にし、まずは材料を仕入れそこから一緒に建物を作り上げていったそう。今では重要文化財となり、そこに今も宿泊できるから驚きです。映画やドラマなどの撮影でも多く使われているので、「あのシーンで!」とわかる人も多いかもしれませんが、見学のみは受け付けていないのでご注意を。

住所 /東京都文京区本郷5-10-5(本館・台町別館)
電話 / 03-3811-1181(代表)
料金 / 1泊朝食付 1名1室1人8,900円~

浅田政志
Masashi Asada浅田政志
1979年三重県生まれ。2007年に写真家として独立。2008年、写真集『浅田家』(赤々舎刊)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。著書に『NEW LIFE』(赤々舎刊)、『家族新聞』(幻冬舎刊)、『家族写真は「」である』(亜紀書房)など。国内外で個展、グループ展を精力的に開催している。最新作『浅田撮影局 まんねん』(青幻舎)が刊行予定。
http://www.asadamasashi.com/