俳優 浅田政志
“今では津市にいることが
何より幸せだなと思います”
本誌の連載「宿旅」でおなじみの
浅田政志さんの写真集を原案にした
映画『浅田家!』が10月2日から公開。
主演・二宮和也さんとのエピソードや
映画と家族、故郷の話を伺いました。
取材・文/小林未亜(エンターバンク)
撮影/島本絵梨佳

映画『浅田家!』は、浅田さんのご家族が消防士やヒーローなどに扮した写真集「浅田家」と、東日本大震災の津波で泥だらけになった写真を洗って返却する“写真洗浄”ボランティアの方々を撮影した「アルバムのチカラ」が原案となっています。まずは、映画化の話を聞いた時のお気持ちを教えてください。

10年前くらいにお話をいただいたんです。写真集が原案の映画なんて聞いたことないですし、夢みたいな話だなと思いながらも「まあ、(映画には)ならないだろうな」と当初は思っていました。それがこんな大きな映画になってびっくりしています。

写真集を映画化するにあたって、映画スタッフの方たちから取材を受けましたか?

最初は、監督とプロデューサーと脚本家が、僕にインタビューというか、ごはんを食べながらお話をさせていただくところからスタートしました。映画になることをイメージした時、映画として面白く見せるために、事実とかけ離れていても僕はいいと思っていたし、そうなるだろうと勝手に思っていたんです。だから写真集が原案ではありますけど、煮るなり焼くなり好きにしていただいて、いい映画を作っていただければうれしいと思いました。

ですが、家族にもインタビューしてくださったり、僕が撮影したご家族にも取材をしていただいたり。また、僕は岩手県の野田村の写真洗浄に携わっていたのですが、そのボランティアメンバーにも直接会って話をしてくださったり。いろんな取材を重ねて作られていったので、当初思っていたのとちょっと違って、事実というか、僕が出会った方たちのことが映画にも描かれています。

浅田さんの物語が映画にしっかり落とし込まれているんですね。

妻と出会った時期やラストで描かれるご家族の話など、フィクションの部分もありますけどね。でも、父が赤いエプロンをして料理を作っていたり、家の周りが骨董であふれていたり、随所にそういったディテールが再現されているんです。フィクションとノンフィクションがすごく絶妙なバランスで入り混じっているので、僕から見ると、ある光景が思い出されたりする場面は多いですね。

浅田さんの役を二宮和也さんが演じられると聞いた時はどんなお気持ちでしたか?

信じられなかったです(笑)。誰もが知っている二宮さんのお名前が出てくるなんて想像もしていませんでした。でも、家族の雰囲気を見るために二宮さんが僕の実家に来てくれて、“二宮さんが実家にいる”という不思議な体験をしたことで、初めて実感が湧きましたね。

役作りのために、二宮さんからはどのようなアプローチがあったんですか?

「あの時はどういう気持ちだったんですか?」とか「写真のどこがいいですか?」とか、そういった(直接的な)アプローチはありませんでした。だから、あまりしゃべってないけど大丈夫かな、伝わっているかな、もっと僕が説明した方がいいのかなとか、その時はちょっと分からなくて。でも最近、二宮さんのインタビュー記事をいくつか読んで「なるほど」と思いました。家族の会話の仕方や家族との距離感、家族の中で僕がどういう風に立ち振る舞っているのかとか、そういったところから政志という人物像を捉えていたと書いてあって。僕が家族とやり取りしているところをつぶさに見ていただいたんだなとわかりました。

完成した作品はご家族でご覧になったんですよね。

三重から全員来てくれて、家族9人で横一列になって見させていただきました。みんな気の利いたコメントはできていなかったけど(笑)、すごくいろんなことを感じたと思います。やっぱり一生に一回しかない特別な体験ですから。家族で並んで映画を見ている時は、言葉では言い表せないような、不思議で、とても幸せな時間でしたね。

お子さんは、自分たち家族の映画だと分かっていましたか?

6歳なので分かってはいるんですけど、このありえなさは分かっていないと思います。ドラえもん映画を見に行く感じのノリでした(笑)。でも、今6歳の子が、成人になった時にどういう見え方になっているのかは楽しみです。映画も写真も、時間が経っても残っていくものだと思いますし、年代によって見え方が変わると思うんですよね。僕が父親の年になった時にも、また違う見え方になると思いますし。そういった長い付き合いができたらいいなと思います。浅田家にとってはこれからもずっと続く映画なので、一年に一回は必ず上映会をすると思います(笑)。

撮影現場にもいらっしゃったと思いますが、現場で見ていて感情がこみ上げるような場面はありましたか?

僕だけじゃなくて、家族みんなが口をそろえて言うのは、消防署のシーンですね。うちの父親を演じる平田(満)さんを初めて見たのがそのシーンで。消防士の服を着て歩いてきた時の平田さんがうちの父親にかなり似ていて。みんなで遠目に見ていたんですけど、全員、平田さんがうちの父親に見えていたみたいです。今、父親は車椅子の生活をしていてあまり家から出ないので、元気に歩いている姿を久しぶりに見たような感じで、兄ちゃんの奥さんは涙ぐんでいたり。映画の現場で感極まったシーンでしたね。

ほかに、映画を見て印象的だったシーンはありましたか?

ある家族のラストシーンが一番よかったです。自分のこれからの目標になるような、自分にとってこうありたいと思う姿が描かれていたので、監督に背中を押してもらったようで、一番記憶に残っています。

どんなシーンなのか、映画を見てご確認いただきたいですね。ちなみに、映画は浅田さんの出身地である三重県津市でも撮影されています。ご自身が思う三重県の魅力とは?

三重県内でいうと魅力はたくさんあると思うんですが、津市だけに絞ると、住宅街なのでいわゆる観光地じゃないんですよね。もちろんおいしい食べ物はいっぱいありますけど、一番は生まれ育ったふるさととして代えがたい場所だということ。名古屋から近鉄電車に乗って、景色がどんどん津に近づいてくると、どこに行っても味わえないようなホッとする気持ちになれます。素晴らしい景色は他の街にもいっぱいありますけど、津市でしか味わえない何かがあって。若い時は早く出ていきたくてしょうがなかったタイプですけど、今では津市にいることが何より幸せだなって思うようになりました。

では最後に、浅田さんにとって「旅に行きたくなる作品」を教えてください。

入江泰吉さんという写真家の写真集ですね。奈良県ご出身で、奈良の昔の大和路の風景を撮っていらっしゃった方なんですけど、その写真が本当に素敵です。今の写真家の方はいろんな写真を撮りますけど、入江泰吉さんは自分のふるさとである大和路の風景を一生撮り求めた方。風景に語ってもらうような写真で、見れば見るほどその良さが伝わってきて、すごく好きです。

浅田政志さんが旅に行きたくなる写真集

『入江泰吉の心象風景 古色大和路』

『入江泰吉の心象風景 古色大和路』

入江泰吉/著
4,180円/光村推古書院

奈良県奈良市に生まれ、約半世紀にわたって奈良大和路を見つめ続けた写真家・入江泰吉(1905~1992年)の代表作315点を収録した写真集。奈良大和路の風景や仏像の写真一枚一枚に、入江泰吉が見た「日本の心の風景」が写し出されている。奈良市には、入江泰吉の全作品を所蔵する入江泰吉記念奈良市写真美術館がある。
INFORMATION
『浅田家!』©2020「浅田家!」製作委員会

『浅田家!』

2020年10月2日(金)より全国東宝系にて公開

写真家・浅田政志の写真集「浅田家」と「アルバムのチカラ」を原案に、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)の中野量太監督が独自の目線で“家族の絆”や“写真の力”を描いた作品。4人家族の次男に生まれ、昔から写真を撮ることが好きだった政志(二宮和也)は、家族を巻き込み撮影したユニークな家族写真で、写真界の芥川賞・木村伊兵衛写真賞を受賞。それを機に写真家として軌道に乗り始めた時、東日本大震災が発生。被災地に向かった政志は、“写真洗浄”のボランティアをする人物に出会う。

原案:浅田政志 監督・脚本:中野量太 脚本:菅野友恵
出演:二宮和也、黒木華、菅田将暉、風吹ジュン、平田満、渡辺真起子、北村有起哉、野波麻帆、妻夫木聡ほか
配給:東宝

Profile
浅田政志
浅田政志Masashi Asada

1979年三重県生まれ。2007年に写真家として独立。2009年に、写真集『浅田家』(2008年、赤々舎刊)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。国内外で個展、グループ展を精力的に開催。著書に、『NEW LIFE』(赤々舎刊)、『家族新聞』(幻冬舎刊)、『家族写真は「」である。』(亜紀書房刊)、『アルバムのチカラ』(赤々舎刊)などがある。新作写真展『浅田撮影局』を、9月26日~10月12日、渋谷パルコ4F「PARCO MUSEUM TOKYO」にて開催。会場では、最新写真集『浅田撮影局 まんねん』(10月初旬発売、青幻舎刊)を先行販売。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「アート」 「アート」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
絵画などの美術品から建築物まで芸術に触れあえる作品が集結。

Book

  • 『禁じられた楽園』

    『禁じられた楽園』
    海外映画の美術を担当して大成功したカリスマ青年が帰国し、日本の大学に入りなおしたことからドラマは始まります。悪魔的な魅力を持つ彼が制作したDVDで噂される「都市伝説」とは? 一方、この男に目を付けられた建築科の男子学生と一流造形家を夢見る若い女性は、熊野の山奥にある彼の一族の「プライベート・ギャラリー」に招待されますが……。芸術とは何かに迫る壮大なミステリー。
    恩田陸/著
    935円/徳間文庫
  • 『カフェのある美術館
     感動の余韻を味わう』

    『カフェのある美術館 感動の余韻を味わう』
    絵画鑑賞に夢中になるうちに、美術館って歩き疲れちゃうもの。本書はおすすめのカフェがある施設を「水辺」「アートビレッジ」「本格料理」「独特な空間」に分けて掲載。千葉の景勝地にあるオーシャンビューのカフェをはじめ、長崎のガラス張りの回廊から運河を眺めてスイーツを堪能、東京の庭園美術館で楽しむフレンチなど、行く前から笑みがこぼれそう。現在の開館時間や入場の注意事項はHPをどうぞ。
    青い日記帳/監修
    1,760円/世界文化社
  • 『日本の不思議な建物101』

    『日本の不思議な建物101』
    「三密」を避けるため入場制限を設ける施設が多いですが、外ならではのアート感を楽しんではいかがでしょう。本書はこんなの本当にあるの!? と驚くデザイン性が高い建築写真集。デビアス銀座の「うねるビル」から、東京工業大学百年記念館の「光り輝くかまぼこ」、ほうとう不動 東恋路店の「もはや大福」まで、目を引く人を圧倒するさまは「これも芸術!」と納得。見どころ解説つき。
    加藤純/文 傍島利浩/写真
    1,980円/エクスナレッジ
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『真珠の耳飾りの少女』

    『真珠の耳飾りの少女』
    名画が生まれる瞬間にこっそりと立ち会えた気分になれる、天才画家フェルメールの名画を題材にした小説の映画版です。世界を魅了した“あの少女”とフェルメールの秘密。少女を演じたスカーレット・ヨハンソンは、この役柄ではほとんど言葉を発せず、まさに絵画みたいに美しい! 無垢なのにどこか官能的。そんなアンビバレントな魅力に同性でも相当ドギマギします。映画で、もう一つの名画の世界を覗いてみてはいかがでしょうか? この作品を見たあとは、アートが生まれた背景までも気になってくるんです。
    Blu-ray2,200円/DVD1,257円 発売中 発売元・販売元:ギャガ
  • 『鑑定士と顔のない依頼人』

    『鑑定士と顔のない依頼人』
    審美眼を持つ天才鑑定士が、姿を見せない女性からの謎めいた鑑定依頼に翻弄されていくさまを描いたミステリー。1度目の鑑賞で唖然とし、2度目の鑑賞で細部まで作り込まれた徹底的な世界観に思わず拍手を送りたくなりました。ラストの見解をどう捉えるかで、自分の人生で何が大切なのかを映し出す鏡のようで面白いんです。映画の考察がいつの間にか、我が人生の考察へと変わっていく秀逸なつくり。オークションの裏側や、豪華な美術品、美女の肖像画が壁一面に並ぶ部屋。幾多のアートに出会えますよ。
    Blu-ray2,200円/DVD1,257円 発売中 発売元・販売元:ギャガ
  • 『人間失格 太宰治と3人の女たち

    『人間失格 太宰治と3人の女たち』
    世界的ベストセラー、太宰治の『人間失格』の誕生の裏に隠された禁断の恋をセンセーショナルに映画化。世界で活躍する女性の1人、蜷川実花氏の映画といえば、セットやロケーションもアートの領域! フランク・ロイド・ライトの愛弟子による築91年の貴重な建築物も、太宰の愛人が暮らす家として登場。細部までのこだわりを感じます。女性を振り回してきた遊び人の太宰よりも、太宰を愛しているように見せながらも彼を通して、自らの人生や夢を完成させようとした強い女たちの生き様にも痺れる1作です。女は強い!
    Blu-ray通常版5,170円/DVD通常版4,180円 発売中 発売元・販売元:ポニーキャニオン
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税込みです