映画監督 行定勲
“コロナの設定を活かして世界中から
コロナ禍の光景を映し出した新しい映画が
生まれていくんじゃないかと思います”
旅業界も映画界もまだまだ先行き不安な今。
映画の公開延期という憂き目にあいながらも
制作の手を止めなかった行定勲監督が見据える
アフターコロナの映画の可能性とは?
取材・文/小林未亜(エンターバンク)
撮影/菊池さとる

外出自粛期間中に全編リモートで制作した『きょうのできごと a day in the home』と『いまだったら言える気がする』を公開されましたが(現在はHuluで配信中)、制作までの経緯を教えてください。

4月と6月に公開されるはずだった自分の映画が延期されるという初めての経験をして、けっこう落ち込んでしまったんです。そんな時に脚本家と話していたら、「今ならみんな家にいるから、超豪華キャストの作品が作れますよね。映画でも作ったらどうですか?」と言われて、確かにと思って。それが企画のスタートです。

ではどんな映画を作ればいいんだとなるわけですけど、外出を自粛しなければいけない状況では、これまでのような映画作りの奥深さや豊かさを追い求めようとする理想は断たれるわけですよね。ならばその状況を逆手にとって、今しかできない物語をスケッチ的に描くというか。映画は時代を切り取るものだから、1年後、2年後、10年後ぐらいに見返された時、「コロナの頃ってこうだったよね」と思えるような、即時性で切り取れるテーマがいいよね、という話になって。そんな時に、Zoom飲み会を知ったんです。

2作品とも、Zoomの画面だけで物語が展開していくんですよね。

Zoomというオンラインの会議システムでみんなやり取りしていると知って、試しに参加してみました。その時Rec機能があると聞いて、これはいいね! と。だったらこれをそのまま記録して映画ができるじゃんと思った時、最初に脚本家が言った話を思い出して、俳優たちに連絡をとりました。意外と反応が早く、「面白そうだからやります」ってみんなが入ってきてくれて。そうやって一つの目標ができて、しかも作品になると思うと、やっているうちにこっちもワクワクしてきて。そうして、企画立案から公開まで約2週間。その間、僕は誰とも会いませんでしたね。

会わずに公開まで! リモートで制作されてみて、今後も活かせると思ったことはありましたか?

会えないから、衣装合わせもメイクテストもないし、台本を渡して「あと全部よろしくね」って俳優たちにまかせました。そうするとみんな自分で考えて、準備してくれました。それでどんな姿で出てくるんだろうと思ったら、すごくいい。家にあるものから小道具を用意したり、好きなように背景を作って、アングルを決めて。今回カメラマンの役割も照明も全部彼らが担っているので、僕は「よーい、スタート」と「カット」の二言だけ。こちらがお膳立てせず、俳優の自主性にまかせるのはこんなに素晴らしいことなのかと思って、これは活かしていきたいなと思いました。

1作目は柄本佑さん、高良健吾さん、永山絢斗さん、アフロ(MOROHA)さん、浅香航大さん、有村架純さん、2作目は中井貴一さん、二階堂ふみさん、アイナ・ジ・エンド(BiSH)さんと、キャストが豪華ですが、みなさんボランティアで参加されたとか。

はい。みんな気持ちでやってくれたので。中井貴一さんはダメ元でお願いしたので、受けていただけたのは意外でした。「今しかできない取り組みは、やれるならやった方がいいよね」と。その代わり、「僕らがやったことが、何か世の中の役に立ってほしいな」とおっしゃっていて、その言葉はすごく考えました。

2作品とも最初は無料で公開していたんです。元気になってもらえたらとか、映画を好きだという思いを忘れないでねという気持ちも込めて、無料でいいんじゃないのって。でも、貴一さんの言葉を聞くと、確かに僕たちはプロとしてお金をかけて作って、役者たちはその演技でお金をもらっているわけで。今回の貴一さんの演技も本当に素晴らしいので、お金という部分でも何かできないかなと考えたんです。

結局、2作品トータルで43万回ぐらい視聴されたことで、Huluさんが手を挙げて下さって。Huluさんからの配信料をそのまま、医療従事者や困窮しているミニシアターを応援する手立てとして使っていただければ、と思いました。

作品の中で「映画館に行きたい」というセリフがあったり、映画を話題にしていますが、それはどんな思いからですか?

映画館に行けない状況になって、みんなが家で配信作品を見ているなかで、映画館はどういう場所なのかということをものすごく考えたんです。

2作目の『いまだったら言える気がする』では、『マグノリア』を例にして、映画体験とは、ということを話題にしていますが、同じ映画なのに、映画館で見た人とDVDで見た人では、喜びや驚きが違うんですよね。こういう状況下で、やっぱり映画館で映画を見ることは特別で、重要な体験なんだということが明確になったんじゃないかと僕はすごく言いたくて。映画館のシートに座り、暗闇の中でスクリーンと向き合うことがどんなに重要かと。家でも没頭して見る状況は作れますけど、映画館特有の、知らない人と一緒に見るというのも醍醐味ですから。笑いが起こる映画や、泣くという行為がある映画は特に。周りの反応込みで映画なので、それが映画館体験というかね。

2作品を作ってみて驚いたのが、予想以上に評判が良かったことでした。でもそれは、内容の情報がないまま見ることで、描かれている物語が新鮮に面白く見られたからだと思うんです。そういうところも普段映画館で見るものとは明らかに違うんですよ。観た人たちに「今はこの一過性の作品を楽しんでもらっているけど、演者も作り手も、映画館でかかっているものが僕らの真骨頂です」と。「だからそっちを忘れないでね」という思いが、登場人物たちの話題にしていたセリフの根本にあるんです。みんなでミニシアターを救おうと動いていた時期でもあったので、ミニシアターを応援するという動きに、僕らが少しでも一助になればいいなという思いもありました。

「映画撮影における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」が策定されましたが、今後の制作現場は大きく変わりそうですか?

キスシーンなどがある場合は口の中を消毒とか、熱を測るとか書いてあって驚いたんですけど(笑)。これから撮ろうとしている第3弾は、極端にガイドラインに沿った作品になると思います。「映画館に行く日」というラブストーリーなんですけど、かなりアイロニーを濃く入れて。それでもやっていかないと、いつまで経っても映画は撮れなくなりますし。

でも、今後ワクチンができて通常に戻るまで、僕はアフターコロナの映画しか撮らないかもしれません。僕は人間のどうにもならない愚かさばっかり描いているので(笑)、アフターコロナだろうがいくらでもできるんですよ。だから、何のスタンスも変えず、会話劇だけの作品をすぐに撮れたわけで。僕はああいう作品が本当は好きで、物語なんかなくていい。男女が映画館に行くだけの「映画館に行く日」という作品が作れるなんて、最も望んでいたことで。そんな物足りないものなぜ作るんだって言われそうだけど、こういう方が、10年後、20年後、ひょっとしたら100年後に見られるべく映画になるかも。このコロナの状況は僕にとってものすごく非日常的な状況で、それを逆手に取ることしか今は考えられないかなと思います。

でもこのコロナウイルスというのは、なかなかすごい試練を人間に与えていますよね。コロナの設定がすごい。

コロナの設定?

映画の設定として見るとすごい。無症状の人間が猛威をふるう可能性があり、2週間の潜伏期間があり、密を作ってはいけないと。この2週間というのが絶妙です。もちろん実生活では大変なことですけど、映画を作る人間としてみると、2週間というのは人間関係の距離が試されるほどよい期間だなと思って。このコロナの設定が加わるだけで、普通の日常も非日常となって映画になるなと。2週間恋人に会えないなんて我慢できないじゃないですか。悶々としている男女の話とか。そういうコロナ禍の光景を映し出した新しい映画が世界中から生まれていくんじゃないかなと僕は思います。

行定勲監督が旅に行きたくなる映画

『ブエノスアイレス』

『ブエノスアイレス』

好評配信中

「レスリー・チャンとトニー・レオンが同性愛者を演じていて、地球の反対側にあるブエノスアイレスで、傷つけ合って、ボロボロになりながらタンゴを踊る。『花様年華』もそうですけど、ウォン・カーウァイは説明もなく異境に行くような映画が多くて。僕は、旅って人間としての孤独を感じるものじゃないかと思うんですけど、自分の知らない異境にいる時に人間は孤独を感じ入るというか。『ブエノスアイレス』はそういう映画でした。イグアスの滝が出てくるのも素晴らしくて、そういうのも醍醐味ですよね」(行定)
Profile
行定 勲
行定 勲Isao Yukisada

1968年生まれ、熊本県出身。2001年の『GO』で脚光を浴び、2004年の『世界の中心で、愛をさけぶ』が大ヒット。以降も、『北の零年』(2005年)、『パレード』(2010年)、『ピンクとグレー』(2016年)、故郷熊本を舞台に撮影した『うつくしいひと』(2016年)、『うつくしいひと、サバ?』(2017年)、『ナラタージュ』(2017年)、『リバーズ・エッジ』(2018年)など話題作多数。公開延期になった『劇場』は7月17日より全国ミニシアター20館で公開&Amazon Prime Videoで配信、『窮鼠はチーズの夢を見る』は9月11日公開予定。また、リモート作品『きょうのできごと a day in the home』『いまだったら言える気がする』がHuluにて配信中で、第三弾『映画館に行く日』も製作中。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「雨」 「雨」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
しとしと降る雨をちょっぴり好きになれる作品に出合えるかも。

Book

  • 『地下街の雨』

    『地下街の雨』
    浮かれていたら、自分の頭の上は知らない間にどしゃ降りだった……。表題作は恋人に裏切られて一流企業を辞めてしまった女性が主人公。東京の八重洲地下街にある喫茶店で働きながら失意の日々を送っていた彼女に、ある事件が降りかかります。心を閉ざしていると、いつのまにかの晴れに気づけないこともある。人気作家が女心を軽やかに救います。雨の日にホテルで読みたいミステリー。
    宮部みゆき/著
    682円/集英社文庫
  • 『雨天炎天』

    『雨天炎天』
    旅先の気分は天気に左右されるもの。本書は村上春樹さんの地中海辺境旅のエッセイで、山岳天候の影響下のギリシャの聖地アトスではみごとに降られ、帰りの船は来ず、トルコでは炎天下、ヒッチハイクする兵隊を車に乗せてあげることに。悪天候がいいのは、その後のお日様や涼風の喜びを全身で感じること。旅の困難と回復がユーモラスに描かれ「あるある!」と声をあげたくなる人は多いはず!
    村上春樹/著
    1,760円/新潮社
  • 『雨の名前』

    『雨の名前』
    詩人の高橋順子さんが文章を、生活と自然の融合を得意とする佐藤秀明さんが写真を担当した異色のビジュアル本。四季に分かれていて、春の「甘雨」「育花雨」、夏の「翠雨」「天泣」などまず漢字が美しい! 高橋さんのしっとりした解説を佐藤さんの和の風景が彩ります。新潟の「蛙目隠」、沖縄の「くかるあまーみ」など地方独特の言い方も載っており、雨の名前を追いながら旅気分も味わえます。
    高橋順子/文 佐藤秀明/写真
    2,640円/小学館
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『言の葉の庭』

    『言の葉の庭』
    観るマイナスイオン。魅せる雨。新宿がこんなにもノスタルジックで美しい街と思えたのは、この映画と出会ってから。新宿の公園の新緑が雨化粧でつやを施し、水に揺れた葉の輝きは木々の生命力を最大限に発揮させる。「雨が降れば良いのに」と願ってしまったのは、小学生の時の出たくなかった運動会ぶりかもしれないです。万葉集の一篇に導かれた切ない恋物語。令和という言葉の由来となった書物の奥深い世界にも触れられる。和歌でやりとりする恋も懐古的で逆に新鮮です。
    Blu-ray6,380円/DVD3,520円 発売中 
    発売元・販売元:コミックス・ウェーブ・フィルム
  • 『シェルブールの雨傘』

    『シェルブールの雨傘』
    語り尽くされてますがやっぱり外せません! あの『ラ・ラ・ランド』の元ネタとなった作品で、戦争に引き裂かれた恋人たちの切ない恋を、ミシェル・ルグランの美しい旋律にのせて描く雨の午後に似合うミュージカル。当時二十歳のフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴが雨傘屋の娘を演じますが、数ある映画の中でも東的に憑依してみたいNo.1の愛らしいヒロイン! ヘプバーンに並びます。主人公は髪型がコロコロ変わりますが、実はヘアリボンまで変わっていたり……お洒落欲向上にも効果てきめん。
    Blu-ray5,170円/DVD5,170円 発売中 
    発売元・販売元:ハピネット
  • 『キツツキと雨』

    『キツツキと雨』
    森で暮らす木こりと新人映画監督が出会い、年齢や環境を越え、心を通わせていく。普段出会わない2人の化学反応によるほのぼのしたやりとりは癒し効果アリですが、実はビジネスパーソンにも向いています。自信がないのに、決定権を持つ立場となってしまったときの怖さ。それとどう向き合うか。大事な局面で、勇気と覚悟を持つことの大切さを教えてくれます。人生の進路に迷っている時にも響く! 役所広司演じる木こりは、どれだけ晴れていてもその後降る雨をピタリと言い当てたり……渋かっこいいんです。
    DVD5,170円 発売中 
    発売元・販売元:KADOKAWA
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税込みです