あの人の旅カルチャー

「旅は困難があるほど面白い。大変な旅ほど強烈に覚えています」ロケ撮影に旅公演、はたまた家族旅行でと国内外のさまざまな地を訪れてきた片桐仁さん。元々インドア派でもある片桐さんならではの独特な旅エピソードや、旅にまつわる作品とは。
Text:Mitsugu Kobayashi(ENTERBANK)
Photo:Dan Noguchi
芸人、俳優、彫刻家 片桐仁

まずは、旅と聞いて思いつく映画や本を教えてください。

旅の映画というか、僕が出た『ラーメン食いてぇ!』という映画は、ロケがまさに旅でしたね。基本的には、女子高生2人が高崎のラーメン屋さんをおじいちゃんから継ぐ話なんですけど、その時僕が演じた料理評論家はキルギスで遭難するという話で。そもそもキルギスってどこって思うでしょ? 撮影場所まで片道丸二日くらいかかりましたから。遠かったー! 道中、本当に何度も遭難しかかって……。

まず、泊まる場所が標高3500mくらいで、撮影場所が4000mくらいなので、ずーっと頭が痛いし息が苦しい(笑)。そんな状況で、1週間のうち移動が4日で撮影は3日しかなくて、朝6時半から夜11時半まで撮ってましたから……。

それで、撮影場所まで車で登っていくんだけど、運転している地元の男の子が、行きも帰りも道に迷うんですよ(笑)。しかも英語が通じないし、電話も通じないし、その子は迷ったことを隠す(笑)。ほかにも、メインのカメラマンは入院しちゃうし、共演するはずだったヤギは前日にオオカミに食べられちゃうし、地元の人は撮影用の料理をテストの時からどんどん食べちゃうし……不測の事態しか起きないんだから。現場では文句ばっかり言ってましたけど、今となってはいい思い出です。怒涛の一週間。嫌だったり大変だったことの方が、強烈に覚えていますよね。でも、3500mの山の向こう側に7000mのヒマラヤがワーッと広がる画はすごいですよ。

なかなかできない経験ですね……!

あと、異世界転生アニメにはまって、原作の小説をいっぱい読んでいるんですけど、読んでると「今旅してるな」って思うんですよね。例えば、『転生したらスライムだった件』は、サラリーマンだった男が殺されて、異世界でスライムになって成りあがっていく話なんですけど、全部都合がいいんですよ。苦労もせず突然強い勇者になったり、モテまくったり、“能力”があるから異世界の言葉もわかるとか、「それ、ずるくない?」っていう(笑)。旅って、外国だと言葉がわからなかったり、飯が合わない、飛行機が飛ばないとか、そういう困難が面白いけど、この小説は読み手にストレスを与えない感じが最高で、すごい好きなんです。実際はそうならないから、キルギスもマジでしんどい怒涛の一週間でしたけど、疑似体験としてこの都合のよさがいいんですよね。

仕事や疑似体験のほかにも、家族でよく旅行されていますよね?

今年も夏に沖縄に行って、冬はオーストラリアに行くことになっています。息子がテレビ番組でホームステイした家に、家族4人でホームステイしに行く。すごいでしょ。向こうの奥さんが日本人で、子供たちも日本語をしゃべれるし、いろいろ手配をしてくれるので、なんっにもしなくていいんです(笑)。こんな快適な旅行あるのかっていうくらいで、「おいで」って言ってくれたので、「行く行くー!」って(笑)。楽しみです。

過去には、アフリカにも行ってましたよね?

ああ、南アフリカもよかったですね。同級生のお父さんが懇意にしている旅行代理店の方が、企画を練ってホテルも全部決めてくれて、5家族で行きました。1歳から15歳まで子供だけで20人、大人が10何人。すごかったですよ。南アフリカのラスベガスと言われているサンシティっていう娯楽の殿堂みたいなところがあったり、サファリツアーがあったり。サファリツアーは朝と夕方の2回あったんですけど、何キロ走ってるの?っていうくらいひたすら動物を見て回って、最後の方は「もうヌーはいいよ! カバもサイもキリンももういい!」ってなるくらい(笑)。贅沢ですよね。あと、ケープタウンは気候がよかったし、喜望峰はなんか楽園みたいだったなー。

お好きなアートを目的に旅することもありますか?

現代美術館が好きなので、金沢や青森の十和田、鹿児島の霧島とかは行きましたね。霧島の美術館から、車で3時間くらいかけて指宿温泉まで行ったんですけど、温泉付き+温水プール付きの部屋があって。そこは本当によかったなー。また行きたいって思いました。温泉で言うと、鳥取の皆生温泉もよかったな。日本海側は、値段の割にご飯が豪華で温泉もよくて、穴場なんですよね。

台湾で個展をやった時に行った、故宮博物院もよかったです。僕の好きな古代中国の青銅器とか遺物がいっぱいあったので楽しくて。有名な「翠玉白菜」や“角煮”(といわれる肉形石)のところはすごく混んでましたけど、青銅器のところは空いていたのでじっくり見られたし。写真にもいっぱい撮ったんですけど、全然うまく撮れなかった(笑)。

旅行ではよく写真を撮るんですか?

いや、全然撮らないんです。カメラ雑誌で連載をしているので、撮ってくるように言われてカメラを借りているんですけど、台湾に5日間いて撮ったのは30枚くらい(笑)。しかもオートなのにほぼピンボケなんですよね。旅をしながらインスタをあげたりするのって、やっぱりその人の努力なんだなって思います。

今後、「こんな旅がしたい」などはありますか?

旅先に行って虫を捕まえるのが楽しみなんですよね。ホテルの周りを、家族でずーっと探し回ったりしています。石垣島でも、世界一硬いと言われているクロカタゾウムシを捕まえて、めっちゃ嬉しかったなー。踏んでもつぶれないし、ゾウに食べられても生きたまま出てくると言われている虫で。(スマホの写真を見せて)ほらこれ、かわいくない? ピッカピカなの。あと、展望台に行った時にぶーんって飛んで来たのがアオムネスジタマムシ。これもすっごい嬉しかったな。(再び写真を見せて)すっごいきれいでしょ。メタリックなんですよ。南米とかマレーシアに虫を採りに行ってみたいけど、絶対しんどいよなー。

虫の話が尽きませんが(このあともけっこう続きました)……楽しい旅のお話、ありがとうございました!

片桐仁さんが旅を感じる本・映画

『転生したらスライムだった件』1巻

『転生したら
スライムだった件』
1巻

伏瀬/著
1,000円/マイクロマガジン社

小説投稿サイト「小説家になろう」で発表された小説に加筆修正を加えた書籍版。コミックやアニメなどのメディアミックス展開も行われている。「事が上手く運びすぎるのが、『ほんとの俺はこんなもんじゃない』っていう、昔からオタクたちが持っている夢を満たしてくれるというか。読んでいてストレスがないし、意外と感情移入できるんですよね。書籍版は未完ですけど、先が気になって、完結しているネットの小説も読みました」(片桐)
『ラーメン食いてぇ!』

『ラーメン食いてぇ!』

DVD発売中
4,700円
発売元:東映ビデオ
販売元:東映

©林明輝/講談社・2018「ラーメン食いてぇ!」
製作委員会

林明輝の同名ウェブ漫画を実写化した2018年の映画。ラーメン屋をたたもうとする男、その店を継ごうとする孫娘、その店のファンである料理評論家、ラーメンでつながったそれぞれの人生の再生を描く。「(キルギスでの撮影現場で)アメリカ人のバックパッカーの集団や、チリから一年半(!)かけて一人で旅してきたという女性とか、旅している人たちにたくさん会いました。そういう意味でも、このロケは全部が旅だったなと思います」(片桐)
Profile
片桐仁
片桐仁Jin Katagiri

1973年11月27日生まれ、埼玉県出身。芸人、俳優としてテレビや舞台、映画に出演するほか、全国で個展「ギリ展」を開催する彫刻家としても活躍。主な出演作品は、ドラマ「99.9 -刑事専門弁護士-」(TBS/2016年、2018年)や「あなたの番です」(日本テレビ/2019年)、映画「泥棒役者」(2017年)、「空母いぶき」(2019年)など。エレキコミックとのユニット「エレ片」として、「エレ片のコント太郎」(TBSラジオ)にレギュラー出演中。今後の待機作に、声優を務めたアニメ映画「映画 スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」(10月19日公開)や、全国で公演する舞台「鎌塚氏、舞い散る」(11月22日~12月25日)がある。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「ミステリー」 「ミステリー」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
新幹線の車内、奈良、そして欧州も。ミステリーと旅を一度に楽しめます!

Book

  • 『マリアビートル』

    『マリアビートル』
    舞台は東北新幹線の中、登場するのは殺し屋たち! まさかの趣味を持つ凄腕、悪魔的な少年、目的地で下車しそこねた気弱な青年殺し屋などが入り乱れ、列車内という密室で、時にシビアに時にユーモラスに物語は進行します。正体を隠して乗っている者もいて、新幹線のスピードさながらのスリリングな展開と、停車する駅名を追いながらの読書が楽しいです。終点は盛岡。最後に残るのは誰!?
    伊坂幸太郎/著
    760円/角川文庫
  • 『まひるの月を追いかけて』

    『まひるの月を追いかけて』
    ライターである異母兄が消えた――知らせを受けた妹の「私」は兄の恋人とともに、彼の取材先・奈良に向かいます。しかしこの旅にはいくつもの思惑が張り巡らされており……。隣を歩く彼女が時折「私」に向けてくる奇妙な視線、兄の写真の謎。橿原神宮、畝傍山、酒船石etc、日本の原風景の中で浮かび上がる、彼の最愛の人とは?ある男の人生といにしえの土地の情感がクロスする傑作です。
    恩田陸/著
    680円/文春文庫
  • 『宮部みゆきの江戸怪談散歩』

    『宮部みゆきの江戸怪談散歩』
    ミステリー作家・宮部みゆきさんは怪談の名手でもあります。本書は『幻色江戸ごよみ』『本所深川ふしぎ草紙』ほか作品のゆかりの地図ガイド。有名な「置いてけ堀」「消えずの行灯」などの現場写真に、地図と最寄り駅情報が付いています。今もこんなに江戸の風情が、と感慨深い一方、おいそれと開発の手が出せない場所なのかな、と思うと背筋がひんやり……。いっぷう変わった東京観光をどうぞ!
    宮部みゆき/著
    640円/角川文庫
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『オリエント急行殺人事件』

    『オリエント急行殺人事件』©2018 Twentieth Century Fox Home
    Entertainment LLC. All Rights Reserved.
    ヨーロッパを横断する豪華な寝台列車で殺人事件が発生。ミステリーの女王アガサ・クリスティーの傑作をケネス・ブラナー、ジョニー・デップ、ジュディ・デンチといった豪華キャストが集まりリメイクされた本作。推理好きの私でもこの犯人を知ったときは、正直、腰が抜けました。そして真犯人が判明した後の展開も秀逸で、人間の善悪を問うポアロの決断に胸を打たれます。まだ観ていない人、この驚きをこれから体験できるなんて純粋に羨ましい!
    Blu-ray&DVD発売中
    1,905円
    発売・販売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
  • 『天使と悪魔』

    『天使と悪魔』©2009 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC. ALL RIGHTS RESERVED.
    ©2006 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC. ALL RIGHTS RESERVED.
    『ダ・ヴィンチ・コード』に続くダン・ブラウンのベストセラーの映画化。ハーバード大学のラングドン教授が歴史の謎に挑み、ヨーロッパを巡りながら事件を解決していくミステリー。今回はローマの有名スポットから穴場まであらゆる場所が登場するので、行く前に観ればガイドブックとしても役立ちます。シリーズ中、最も話の展開が早く、難解! 能動的に映画と向き合えるので脳トレ映画としてもおすすめ。秘密組織の陰謀モノって惹かれます……。
    Blu-ray発売中
    4,743円(4K ULTRA HD & ブルーレイセット)
    発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
  • 『砂の器』

    『砂の器』©1974・2005 松竹株式会社/橋本プロダクション
    号泣! 涙が乾きません! そりゃ何度も映像化されるわけだ。自分の宿命とは何か、はじめて考え込みました。電車の操車場で発見された死体を巡る刑事と数奇な運命を辿る行方不明者のミステリー。日本各地を電車で移動する際の、のどかで美しい夏の風景。運命から逃れるための過酷な旅の情景。いくつもの旅景色がこの映画の中に……。ロケ地のひとつである東京・蒲田を歩けば、45年たった今でも変わらぬ景色があることにも胸を打たれます。
    Blu-ray発売中
    3,300円(あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション)
    発売・販売元:松竹
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税抜きです