あの人の旅カルチャー

“海外に行ってカフェで本を読む、
そういうのが一番贅沢だと思います”

男女の性愛を描く映画『火口のふたり』で
大胆かつ濃密な演技を見せる柄本佑さん。
荒井晴彦監督との念願のタッグ作となった
本作への思いや、秋田のお祭りの印象、
そして旅に行きたくなる映画を聞きました。
Text:Mitsugu Kobayashi(ENTERBANK)
Photo:Erika Shimamoto
Hair&Make:Kanako Hoshino
Styling:Michio Hayashi
俳優 柄本佑

『火口のふたり』で描かれる男女の関係は濃密ですが、鑑賞後は意外にも軽やかで爽やかな印象が残りました。柄本さん自身は、完成した作品を見てどんな感想を持ちましたか?

荒井監督は70歳を超えられているんですが、非常に若々しくて、みずみずしさがあるなと感じました。爽やかな風が映画の中に通っているというか、とっても抜けがいいなという感じがして、驚きました。

出演の決め手は荒井さんの脚本・監督というのが大きいですか?

一番にそれと言っても過言ではない、というかそれだけですね。ある日突然、荒井さんが僕の舞台を見に来て、楽屋で『火口のふたり』の話をされたんですけど、心の中でガッツポーズしました。荒井さんに声をかけられた段階でもう「絶対にやるぞ」とは思っていましたけど、本(台本)を読んだらすこぶる面白くて、さらにやりたい気持ちが高まったという感じですね。荒井さんの本は昔からすごくチャーミングで、それがずっと変わってないんです。その変わらなさ+時代時代によって肉付けされるものがありますけど、今回は肉付けされているものがそぎ落とされて、ソリッドな本だなあと思いました。

原作の設定よりも年齢がずっと若いこともあってか、柄本さんが演じる賢治はすごくかわいらしい感じがしますよね。

確かにそれは、この映画の持つ抜けのよさのひとつですね。実際に原作の年代の方がやったら、もうちょっとドロッとした、リアルな感じになったかと思うんですけど、若い年代の僕とか瀧内さんがやることによって、ある種の青春性が生まれているのかなとは思います。まあ、荒井さんの映画は常に青春映画ではあるんですけどね。

物語の舞台を、監督の希望で原作の福岡から秋田に変更したそうですが、「秋田で撮りたい」という監督の思いは聞きましたか?

荒井さんは「西馬音内(にしもない)盆踊り」というお祭りが撮りたかったんです。踊りがどこか独特で、歌と音楽と踊りがすごくかっこいい。セリフでも言っているように、(踊り手が)男だか女だかわからなくて、霊体がふよふよしているみたいな感じなんですけど、霊体ほど脆弱じゃなく、割とパワフルな印象があって、すごくいいんです。荒井さんは相米慎二監督に昔連れて行ってもらって「これ絶対映画に出したい」と思ったらしくて、今回、満を持してということで。映画の2人の関係と、生きているんだか死んでいるんだか、みたいな祭りの雰囲気がリンクしていて、この作品にぴったりだなあと思いました。

ほかに、撮影の合間に行った場所などはありますか?

10日間で撮ったので、いろいろなところに行く時間がなかったんですけど……ホテルの近くにある「めぐろ」というお店には、店の休みの日以外は毎日行ってました。べらぼうにうまいんですよ! 今度秋田に行ったら絶対に行こうと思っています。

気になります! 先ほどの西馬音内盆踊りも気になって「見に行きたい」という気持ちが喚起されたのですが、柄本さんも映画を見て「ここに行きたい」「旅に出たい」と思った作品はありますか?

マノエル・ド・オリヴェイラという監督が大好きなので、オリヴェイラ監督の作品を見てポルトガルには行きたくなりましたね。僕、割と出不精なのであまり旅行とかもしないんですけど、ポルトガルには3回行ってます。海外に行って一番贅沢なのは、せわしなくスケジュールを組むんじゃなくて、カフェとか、むしろ部屋から出ないでベランダとかで、その土地の空気や風を感じながら文庫本を読んだりすることだと思ってて。だからそういう気質の方は、ポルトガルはめちゃくちゃ合うと思います。散歩して、カフェに入って、ビール代わりに「ヴィーニョ・ヴェルデ」っていう緑のワインを昼も夜も飲む! あと、ポルトガルの人はみんな優しい。ポルトガルを知る人に、ポルトガルの子どもたちの優しいエピソードを聞いてから行ったので、「ハードル上がりすぎてない?」と思ったけど、本当にいい人たちばっかりでした。

出演した映画で、「また行きたい」と思った作品はありますか?

『僕たちは世界を変えることができない。』のカンボジアですね。映画のあとには残念ながら行けてませんが、映画を見てカンボジアに興味を持ったら、ぜひ行ってみてください。ご飯もおいしいです。

柄本佑さんが旅に行きたくなる映画

『階段通りの人々』

『階段通りの人々』

ポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督が、リスボンの裏町を舞台に描いた群像劇。「リスボンのアルファマ地区の一角の話です。とっても素敵な映画で、その場所の魅力が詰まった映画だと思います。新婚旅行でポルトガルに行った時に、このロケ地を偶然見つけたんです。一回通り過ぎそうになって、『あれ?何かここ知ってるぞ』と思ったらこの映画の場所で……。大興奮しました。あそこで映画撮りたい(笑)」(柄本)
『僕たちは世界を変えることができない。』

『僕たちは世界を
変えることができない。』

Blu-ray&DVD発売中 
Blu-ray2,700円/DVD2,052円 
キングレコード

©2011「僕たち」フィルムパートナーズ

150万円でカンボジアに小学校を建てようと奮闘する医大生の実話を、向井理、松坂桃李、柄本佑、窪田正孝の豪華共演で映画化した2011年の作品。「カンボジアに3週間くらい行って、シェムリアップとプノンペンでロケをしました。シェムリアップは完全に観光地ですけど、プノンペンは、どこをどう歩いていいのかわかんないくらい、たくさんの車が通っていて、すごく面白かったです。ぜひとも行っていただきたい」(柄本)
INFORMATION
『火口のふたり』©2019「火口のふたり」製作委員会

『火口のふたり』

直木賞作家・白石一文による同名小説を、柄本佑と瀧内公美、出演者2人のみで映画化した濃密なラブストーリー。日本を代表する脚本家・荒井晴彦が、『身も心も』『この国の空』に続いて脚本・監督を担当。10日後に結婚式を控えた直子(瀧内)は、故郷の秋田に帰省した元恋人・賢治(柄本)と久しぶりに再会。欲望のままに生きていたかつての自分たちの写真を眺めた2人は、「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」という直子の言葉を引き金に、再び身体を重ね合う。そして5日間だけという約束で、“身体の言い分”に身を委ね、他愛のない会話、食事、セックスを繰り返す2人に、思いがけない出来事が待ち受けていた。
脚本・監督:荒井晴彦、出演:柄本佑、瀧内公美
8月23日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:ファントム・フィルム

Profile
柄本 佑
柄本 佑Tasuku Emoto

1986年12月16日生まれ、東京都出身。黒木和雄監督の映画『美しい夏キリシマ』(2003年)の主人公・康夫役で俳優デビュー。以降、映画、ドラマ、舞台で活躍。近年では、連続テレビ小説『なつぞら』(2019年)や大河ドラマ『いだてん』(2019年)でも印象を残す。2018年に主演した映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』、『きみの鳥はうたえる』、『ポルトの恋人たち 時の記憶』がいずれも高い評価を受け、第92回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞などを受賞。7月26日公開の『アルキメデスの大戦』にも出演。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「大自然に触れる旅」 「大自然に触れる旅」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト!
山や海などを舞台にした人間ドラマに、イケメン俳優が出る名作も登場。

Book

  • 『川の光』

    『川の光』
    クマネズミの兄弟チッチとタータとお父さんは、河川工事のために巣穴を追い出され、新天地を求めて川の上流をめざします。途中で人間たちの文化に圧倒され、町で暮らせば楽、と思いながらも、心にはいつも光り輝く川への思いがこみ上げます。意外な人間や動物たちに助けられ、旅は続く……。大人にも深い感動を残す傑作です。
    松浦寿輝/著
    821円/中央公論新社
  • 『黒と茶の幻想』(上下巻)

    『黒と茶の幻想』
    学生時代に仲間だった男女4人が古代杉で有名なY島に旅に出ます。日常で起きた不思議なできごとを披露しながらの道中、彼らは過去と向き合うことになり、やがて全員の心をよぎる美しい女性の記憶。彼女は今どこに。そして人によって見えたり見えなかったりする島の桜の謎とは? むせ返るような大自然に負けない濃厚なミステリ。
    恩田陸/著
    上巻734円、下巻669円/講談社
  • 『東京の森のカフェ』

    『東京の森のカフェ』
    東京に森!?と思うかもしれませんが、絶景渓谷を眺めながらお茶が飲めるカフェ、南青山の古美術館の敷地内に残る広大な自然の中のお店まで、旅するように訪れたい名店を掲載。マスターは銀座で有名喫茶店を経営していた人、亡き夫の思い出を胸に母と娘で続けるホームメイドカフェなど、携わる人々のルポがドラマチックです。
    棚沢永子/著
    1,404円/書肆侃侃房
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『ザ・ビーチ』

    『ザ・ビーチ』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
    タイのリゾート地、ピピ島のマヤビーチを舞台に“伝説のビーチ”を探し、冒険する若者の葛藤を描いたサスペンス映画。美しき秘境の圧倒的な景観に、ディカプリオ全盛期の魅力が相乗効果をもたらし、無人島だったこの場所に映画公開後は1日4000人が訪れるように。ついに昨年、美しいビーチの環境破壊を恐れた政府により一時閉鎖されました(残念)。それほどまでに旅欲を渇望させ、世界中の人々をピピ島に呼んだ景色、旅好きなら知っておかないと!
    DVD発売中
    20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
    1,533円(特別編)
  • 『ロスト・バケーション』

    『ロスト・バケーション』©2016 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
    毎年、夏に1度は水着を着たいという人におすすめのダイエット誘発映画です。ブレイク・ライブリーは終始水着姿。178cmの身長に小麦色の肌、健康的な美ボディ炸裂で、産後とは到底思えない。ちなみに加工食品を抜くダイエットをしたそうです。旅先の海でのおしゃれ女子映画に見せかけて、突如状況は一転、海でサメと格闘するというまさしくサメ肌な展開で目が離せません。ロケ地のロード・ハウ島は「楽園」と呼ばれ、世界遺産にも登録されています。
    DVD発売中
    ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
    1,382円
  • 『太陽がいっぱい』

    『太陽がいっぱい』 
    フランスの名優アラン・ドロンの代表作。古さを全く感じさせないので1度はみてほしい名画です。欲や嫉妬から生まれる青年の狂気を描いたピカレスク・ロマンは哀愁が漂い、暑い夏の熱を溶かしてくれるよう。輝く海だけじゃなく夏の街並みも風光明媚な南ヨーロッパの景色を味わえます。おそらく人生で数千本の映画を見てきた私が、地球上で最も“ハンサム”だと思ったのはこの映画のアラン・ドロン。これを凌ぐ美しい人間にはまだ出会えてません。眼福!
    Blu-ray発売中
    KADOKAWA
    6,264円(4Kリストア版)
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。