【インタビュー】 命を醸し、神聖なる「一滴」を待つ。俳優・工藤夕貴さんが富士山の麓で生きる理由
「お酒って、ただ飲んで終わりではないんです。その土地の文化や風土、水の匂いを知るための、最高の“ツール”なんですよ」。そう語る工藤夕貴さんの瞳は、富士山の湧水のように澄んでいます。ハリウッドでも活躍した俳優でありながら、静岡に移住して20年。土に触れ、種を蒔き、自然のリズムで生きながら、全身全霊を込めてお酒造りをする暮らしを選びました。彼女が静岡県富士宮市で始めたのは、華やかな挑戦ではなく、とても「地に足のついた営み」でした。
目次
肩書きを脱いで、土の上に立つ
工藤さんが静岡県は富士宮市を移住先に選んだのは、単なる憧れからではありません。30代を前に体調を崩し、自らの命を守るために「食」と真剣に向き合った結果、辿り着いたのが「自ら耕す」という道でした。
「かつてハリウッドやニューヨークで、世界中の洗練された暮らしを見てきました。でも、そんな海外の友人が遊びに来ても一番の自慢になるのは、やっぱりこの富士山なんです。この地を選んだのは、清らかな水がバシバシと湧き、畑ができ、そして何より富士山の圧倒的なエネルギーを感じられるから」。
農業従事者の資格を取得し、自ら畑に立つ日々。現在は木村秋則氏から学んだ「自然農法」を実践しています。肥料すら入れない、土本来の力を信じる過酷な農法に挑むのは、日本の土壌汚染や食の安全への強い危機感があるからです。
「お酒の原料となるお米も同じです。種を繋ぎ、農薬に頼らず、命を吹き込む。富士宮という最高の環境で、土と水にまみれて生きる。その覚悟があるからこそ、醸される一滴には嘘がないんです。この土地が持つ豊かさと、そこに根を張る厳しさを、ぜひ皆さんの肌で感じてほしいですね」。
「手をかける」という贅沢
酒蔵敷地内のベンチで深呼吸する工藤さん
工藤さんの暮らしは、とにかく手間がかかります。便利さよりも、「自分が関わった実感」を大切にしているからです。それは15年ほど前から取り組んでいる彼女の酒造りにも通じるもの。大量生産や効率ではなく、自分がどこまで責任を持てるかという視点を貫いています。
「時間をかけることは、遠回りではなく“関係を育てる時間”なんですよね」。
自然と向き合う営みは、思い通りにならないことの連続です。天候、気温、土の状態。人間にはコントロールできません。だからこそ、彼女はこう語ってくれました。
「人間が主役だと思わなくなったとき、やっと自然と一緒に生きられる気がするんです」。
上槽中は酒蔵敷地内のベンチにいることも多いそう。
「山々に囲まれて広い空をぼんやり眺めながらお酒ができるのを待つ。これ以上豊かな時間ってないですよね」。
富士山の麓で暮らす意味
「この酒蔵の作業場から見る富士山が好きなんです」
もちろん、ここでの暮らしは決して楽なことばかりではありません。冬は厳しく、農作業は重労働です。自然農法は特に収穫が安定しない難しさもあります。それでも、彼女はこの土地に立ち続けています。場所を選ぶことは、ライフスタイルを選ぶこと。そしてそれは、自分自身の生き方を選ぶことでもありました。
富士宮での酒造りは、工藤さん一人の情熱だけではなく、地元の老舗蔵・富士錦酒造というパートナーの存在がありました。俳優という肩書きに関わらず、一人の「一緒に造る人」として受け入れてくれた蔵の皆さん。その静かな空気の中で過ごすうちに、酒造りは特別な“挑戦”から、かけがえのない“日常”へと変わっていきました。
「続けることが一番難しい世界だからこそ、変わらず向き合ってくれる場所があるのは本当にありがたいことです」。
土地に根を張る蔵と、移り住んできた一人の表現者。その温かな関係性自体が、この土地ならではの物語を紡いでいます。
旅とは「どこへ行くか」ではなく「どう在るか」
工藤さんにとっての「旅」とは、観光の話ではなく、人生の姿勢。
「移動することより、どう感じながらそこにいるか、の方が大事だと思うんです」。
名所を巡っても、心が動かなければ記憶には残りません。反対に、何気ない風景でも自分の感覚が開いていれば、それは特別な体験になります。
「感性って、筋トレみたいなもの。使わないと鈍ってしまうんですよね」。
大人の旅に必要なものを、体感する
富士錦酒造の屋敷の鬼瓦には水に困らないようにの意をこめた水しぶきの紋が。こうした土地の風土も学んでいく
情報はあふれているのに、自分の「好き」を言葉にできない。選んでいるつもりでも、いつの間にか“選ばされている旅”になっている……。そんな感覚に、心当たりはないでしょうか。取材の最後、工藤さんはこんな言葉を残してくれました。
「自ら選択をして、楽しみを見つけていくのが大人の旅だと思うんです」。
それは目的地の話ではなく、感性の話。何を見るかではなく、どう感じ取れる自分でいられるか。
知識を増やすのではなく、自分の感覚で旅を選び取れるようになるための特別な体験が、この春始まります。旅色編集部が手掛ける「ちゃんと旅を考える学校」第2期では、工藤さんをはじめとする5名のナビゲーターと共に、お酒の背景にある物語を読み解き、自分らしい言葉で表現する術を学びます。
◆工藤夕貴
1971年生まれ。東京都出身。1983年、芸能界デビュー。1991年、映画『戦争と青春』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞などを受賞。並行し海外でも活動し、1999年に主演した映画『ヒマラヤ杉に降る雪』はアカデミー賞など多くの賞にノミネート。他に、NHK『真田太平記』、『山女日記』シリーズ、映画『SAYURI』、『ラッシューアワー3』など多数の作品に出演。帰国後は静岡県に広大な土地を購入し俳優業の傍ら、無肥料、無農薬の自然農法で農業を行っている。富士錦酒造での酒造りも18年間勤しみ、オーガニックレストラン「カフェ・ナチュレ」を経営。2024年には新曲『コモエスタ・ロスアンジェルス』をリリース。














