【愛知県】豊臣兄弟はここから歩き出した。 中村・清洲で秀吉と秀長の原点をたどる歴史旅
いよいよ2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』がスタートします。主人公である豊臣秀長と兄・秀吉の生まれ故郷、そして“はじまりの地”とされているのが、尾張國愛知郡中村(現在の名古屋市中村区)です。農民の子として生まれた兄弟が武士としての人生を歩み始め、やがて天下へと至る第一歩を踏み出した場所。“まだ何者でもなかった”二人が生きた、名古屋市中村区と清須市を訪ねました。
目次
豊臣兄弟が生まれ育った中村区へ
秀吉・秀長の出自については、実は確実な一次史料が多く残っているわけではありません。それでも中村区が「兄弟の原点」と語り継がれてきたのは、秀吉の行動範囲や当時の社会背景、そしてこの町に点在する複数の伝承が重なってきたためだと考えられています。
中村公園駅から徒歩約10分。秀吉生誕の地といわれる「中村公園」周辺が、その歴史の舞台とされています。公園へ向かう豊國参道沿いには、秀吉・秀長兄弟をはじめ、中村ゆかりの武将を紹介する案内板が点在し、歩きながら自然とこの地の歴史に触れることができます。中村公園の入り口には、豊国神社の大きな鳥居があり、園内は日本庭園風の公園になっています。池や茶室、遊具のほか、秀吉・清正ゆかりの博物館(秀吉清正記念館)、図書館などの文化施設も隣接しており、市民の散策や憩いの場として親しまれています。
園内に鎮座する「豊國神社」は、1885(明治18)年創建。秀吉を祀る神社として知られ、貧しい百姓から天下人へと上り詰めた秀吉にあやかり、出世や開運、茶道、建設のご利益を願って、多くの参拝客が訪れています。
神社の西側には「名古屋市秀吉清正記念館」があり、秀吉と、同じ中村の出身とされる加藤清正に関する展示が行われています。清正は、豊臣政権を支えた武将の一人で、賤ヶ岳の七本槍(しずがたけのしちほんやり)としても知られる人物です。
さらに中村公園内には、2026年1月24日(土)にオープン予定の「豊臣ミュージアム」も整備されています。「豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館」をはじめ、ミュージアムショップや名古屋市独自の展示施設が一体となった施設で、オープン後には改めて訪れてみたい場所です。
また、公園のすぐ隣にある「太閤山 常泉寺」は、秀吉の意向を受け、加藤清正らによって創建されたと伝えられています。境内には「秀吉公産湯の井戸」や、成長した秀吉が植えたとされる柊が、今も静かに残されています。
このように中村公園一帯には、秀吉を中心に、加藤清正など中村ゆかりの武将にまつわる史料や伝承が伝えられています。一方で、弟・秀長についての直接的な記録は多くありません。ただ、兄弟が幼少期を別々の土地で過ごしたとする積極的な史料も見当たらないことから、一般には、同じ中村の地で幼少期を過ごした可能性があると考えられています。
身分が低く、出自が記録される立場にはなかった二人。そんな彼らが生まれ育ったとされる場所に残されているものが、壮大な城や大寺院ではなく、現在では多くの人が集う公園や地域の図書館、静かな小さなお寺であること。実際に公園を散策していると、この風景こそが、豊臣兄弟の“はじまりの地”らしさなのだと感じられます。
中村公園と常泉寺は、二人がここから驚くべき立身出世を遂げ、やがて時代の頂点へと上り詰めていく。その壮大な物語の、静かなプロローグの舞台です。
◆中村公園
住所:名古屋市中村区中村町高畑68
電話番号:052-413-5525(中村公園事務所 総合案内)
◆名古屋市秀吉清正記念館
住所:名古屋市中村区中村町茶ノ木25
電話番号:052-411-0035
営業時間:9:30~17:00
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日休み)、第4火曜日(祝日を除く)、館内点検休館(11月10日~25日)、12月29日~1月3日)
料金:無料
◆豊臣ミュージアム
住所:名古屋市中村区中村町木下屋敷23-1(中村公園内)
電話番号:052-551-2413(豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館運営事務局)
開館期間:令和8年1月24日(土)~令和9年1月11日(月)
開館時間:9:00~17:00 ※最終入場16:30
休館日:原則無休(主催者の都合等により臨時休館・営業時間変更の可能性あり)
◆太閤山 常泉寺
住所:名古屋市中村区中村町字木下屋敷47
電話番号:090-3152-0389
豊臣兄弟と主君・織田信長の転機となった清洲
清洲公園の織田信長像
中村公園を散策した後は、名古屋市中村区から北西に位置する清洲(現在の清須市)に移動します。中村で生まれ、幼少期を過ごした豊臣兄弟。二人の人生が大きく動き始めるのが、この地です。中村から清洲までは車で約20分。決して遠くありませんが、この移動は兄弟にとって人生そのものが変わる転機だったと考えられます。
清須でランチ~新ご当地グルメ・清洲からあげまぶし~
清洲城を訪れる前に、まずはランチタイムです。
清須市には、2021年から登場した「清須からあげまぶし」というご当地グルメがあります。清須産の味噌を使用した鶏の唐揚げをひつまぶし形式でいただく一杯。清須市内の飲食店では、各店それぞれに工夫を凝らしたからあげまぶしが提供されています。
私が訪れた「カフェ&レストラン 田園」は店内のレトロな雰囲気が心地よいお店。こちらのからあげまぶしは、甘辛いタレが絡んだ唐揚げを薬味や辛味ダレ、温玉で味変し、最後は出汁をかけて食べるスタイル。地元産の味噌や酒、お酢などの調味料をはじめ、愛知県産の食材を積極的に使用するなど、素材へのこだわりも感じられます。ボリュームがありながらも、気づけばぺろりと完食していました。
◆カフェ&レストラン 田園
住所:清須市寺野郷前57番地
電話番号:052-409-0031
営業時間:7:00〜21:00
定休日:火曜日・第2月曜日
若き日の織田信長の拠点、「清洲城」へ
清洲城
ランチの後は、若き日の織田信長が拠点としていた「清洲城」と周辺を散策します。1560(永禄3)年の桶狭間の戦いで、織田信長はこの場所から出陣。今川義元軍に見事勝利を収めました。ここ清洲城は、後に天下を目指す信長の野望が、現実の一歩として踏み出された場所でもあります。現在は再建された天守を中心に城下町の歴史を伝える拠点として整備され、地元民だけでなく観光客にも親しまれています。
資料館となっている天守から城下を見下ろすと、すぐそばを新幹線が通過していくのが見えます。もともと、五条川を挟んだ天守の対岸一帯は「清洲古城跡公園」という大きな公園がありましたが、東海道本線と東海道新幹線が敷設されたことで、公園は南北に分断。現在は天守の前に架かる赤い大手橋を渡った先が「清洲古城跡公園」、線路の南側が「清洲公園」となっています。現在の「清洲古城跡公園」には織田信長を祀るお社が、「清洲公園」には信長と妻・濃姫の銅像が建てられており、清洲が織田家と深い縁を持つ土地であることを改めて感じさせます。
そんな清洲の地で立身出世を志し、紆余曲折を経て信長に仕え始めていた秀吉。中村で農民として暮らしていた秀長を自身の配下として呼び寄せます。秀長について、清洲時代の具体的な功績を伝える史料は多くありません。しかし、兄と行動を共にし、城下町で日々を過ごす中で、出世を重ねていく兄を支え、周囲との調整や実務を担い始めていた可能性はあります。のちに「天下一の補佐役」と評価される秀長の原点は、この時代にあったのかもしれません。
◆清洲城
住所:清須市朝日城屋敷1番地1
電話番号:052-409-7330
営業時間:9:00~16:30
定休日:月曜日(祝日の場合は翌平日)、12月29日~31日 ※桜の花見期間は無休
◆清洲古城跡公園
住所:清須市清洲古城448番地
電話番号:052-400-2911(清須市観光協会)
◆清洲公園
住所:清須市清洲三丁目7番地1
電話番号:052-400-2911(清須市観光協会)
清洲山王宮(きよすさんのうぐう)日吉神社に残る秀吉誕生の伝承
清洲城から車で約5分の場所に鎮座する「清洲山王宮日吉神社」。この神社にも秀吉にまつわる伝承が残されています。一説には、秀吉・秀長兄弟の母である大政所(おおまんどころ)は清洲の出身であり、この神社に祈願したことで秀吉を授かったとする話があります。また、秀吉の幼名・日吉丸はこの日吉信仰に由来するという説も。いずれも確定的な史料があるわけではないですが、日吉神社の神使が申(さる)であることから、「猿」と呼ばれた秀吉の姿と重ね合わされ、後世に伝わったのかもしれません。大政所の出自については諸説あるものの、秀吉の正室・高台院(ねね)も清洲の生まれとされており、清洲が秀吉・秀長兄弟、そしてその周辺人物にとって縁ある土地であったことがわかります。
◆清洲山王宮日吉神社
住所:清須市清洲 2272番地
電話番号:052-400-2402
社務所受付時間:9:00~16:00 ※御朱印最終受付 15:30
おわりに~天下への物語は、愛知から始まった~
中村で生まれ、清洲で武将として歩み始めた兄・秀吉。そのすぐそばで支える役割を担うようになっていった弟・秀長。豊臣兄弟の物語は、今も静かな町並みが広がる場所で動き始めたのです。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』をきっかけに、まずは“まだ何者でもなかった”二人の原点とされるこの二つの地を訪れてみませんか?

















