【毎年12月15日~18日開催】約900年続く、奈良の1年の締めくくり。「春日若宮おん祭」徹底解説!
こんにちは。奈良市在住ライターの神奈月みやびです。毎年12月15日~18日にかけて行われる「春日若宮おん祭」は、奈良の一年を締めくくる伝統行事。かつては「大和に祭りは数々あれど、祭り始めはちゃんちゃん祭、祭り納めはおん祭」と謡われていて、今年で890回目を迎えます。12月に入ると「おん祭」の通称で呼ばれるこの行事の準備で町はそわそわとしてきます。今回はそんな奈良の師走の風景を紹介します。
目次
平安時代から続く「春日若宮おん祭」の始まり
春日大社若宮社
「春日若宮おん祭」は春日大社とその周辺で行われる若宮様のためのお祭りです。春日大社では第一神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)、第二神・経津主命(ふつぬしのみこと)、第三神・天児屋根命(あめのこやねのみこと)、第四神・比売神 (ひめがみ)の四柱の神様が祀られていて、春日大社の摂社(※1)である春日若宮神社には天児屋根命と比売神の間に生まれた天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)が祀られています。この天押雲根命が若宮様なのです。
若宮様は平安時代中期に出現され、水徳の神として祀られていました。このころ、日本では大雨洪水による飢餓や疫病が続出。当時の関白であった藤原忠通(ふじわらのただみち)が万民救済の思いを込め1135年(保延元年)に若宮社(春日若宮神社)を創建し、そこに若宮様を祀ります。そして翌年の旧暦9月17日に天下安泰・五穀豊穣・万民和楽のため、若宮様の御神助を願う祭礼を執り行ったのが、おん祭の始まりと伝えられています。以降、年に一度の恒例となりました。祭礼の日は室町時代に旧暦11月27日、明治時代に新暦12月17日と変更されましたが、お祭り自体は一度も途切れることなく続いています。
※1摂社(せっしゃ):神社の本社(御本殿)の祭神とゆかりの深い神様を祀る、本社に付属する比較的小規模な神社のこと。
4日間かけて行われる、見どころたっぷりの行事スケジュール
「おん祭り」にまつわる神事や準備は7月から行われますが、一般の方に公開されるのは12月15日~18日の4日間です。15日の「大宿所祭(おおしゅくしょさい)」、16日の「宵宮祭(よいみやさい)」を経て、17日正午からは国の重要無形民俗文化財に指定されている「お渡り式」が行われます。その後には「御旅所祭(おたびしょさい)」、18日に「後宴能(ごえんのう)」が催され、終了です。特に、17日に行われる「お渡り式」がもっとも有名で、以前は子供たちが参加するため、奈良市内の小学校では午後から休校にしていたそう。この「お渡り式」を含め、どんな催しが行われるか、順を追って紹介します。
【12月15日】商店街の中にたたずむ「大宿所(おおしゅくしょ)」で行われる神事
近鉄奈良駅から東向き商店街を経由し、商店街・もちいどのセンター街に入ると、南端近くに大宿所があります。「おん祭り」に参勤する方たちの精進潔斎(※2)の場所。普段は門が閉じられていて、こんなところに空間があるとは思えないのですが、「おん祭」の時には重要な神事の舞台となります。家屋内には、野太刀など、儀式で使う装束や祭具などが所狭しと飾られており、雉(きじ)や鮭などの供物も並べられています。これらの供物は大和の国に関する大名が奉仕する決まりだったようで、現代でもその伝統が守られています。
大宿所ではまず、13時に「お渡り式」に奉仕する四神子(※3)が大宿所まで練り歩く「大宿所詣」が行われ、次に、14時・16時30分・18時に大宿所に設置された潔斎所(※4)で巫女による「御湯立て(みゆたて)」が行われます。巫女が沸騰するお湯をまき散らし精進潔斎を願う催しで、巫女が腰に巻いている「サンバイコ」というしめ縄に安産のご利益があるといわれているため多くの妊産婦がご利益を授かりに来ます。「御湯立て」のあとには、祭りの無事を祈る「大宿所祭(おおしゅくしょさい)」が執り行われます。おん祭の流鏑馬を差配する願主役(がんしゅやく)、御師役(おしやく)、馬場役(ばばやく)を勤める大和士(やまとざむらい)の精進潔斎祈願や巫女による舞が奉納され、一般客も前庭から見学できます。
※2精進潔斎(しょうじんけっさい):肉類を食べず、酒を飲まずに心と体を清めること。
※3四神子(よみこ):祭事に奉仕する4人の巫女。かつて春日大社の神領であった辰市(たついち)、八嶋(やしま)、郷(ごう)、奈良(なら)の4地区から選ばれることになっている。
※4潔斎所(けっさいじょ):神事や儀式などの前に心身を清めるための場所。
【12月16日】翌0時に行われる“お遷し”を迎えるための「宵宮祭」
16日の14時からは、大和士が本祭の前夜に行われる「宵宮祭」に先立って若宮社へお参りをする「大和士宵宮詣(やまとざむらいよいみやもうで)」が行われます。15時には、田楽座(※5)が大宮と若宮を参拝し田楽を奉納する「田楽座宵宮詣(でんがくざよいみやもうで)」、そして16時には若宮御神前に“御戸開(みとびらき)の神饌”いう古式のお供えを奉る「宵宮祭」が催されます。このお供えは、神社の御本殿の扉を開くための神事で行われる特別なもの。現在は丸物神饌(※6)をお供えしていますが、本来は高杯4本立の八種神饌(※7)を用意していたそう。「宵宮祭」が終わると、若宮社は白い清浄な布で覆われ、“お遷し”に備えるのです。
※5田楽座:農村の豊作を祈る「田楽舞い」(田植えの際の踊り)から発展し、平安時代後期には専門の芸能者が集まり、貴族の前で披露し、流行の民衆芸能となった。その後、専門の芸能集団(座)が形成され、神社での祭礼などにおいて奉納される芸能集団として活動。中世には神事芸能として発展し、神社の祭礼の演目として組み込まれ、「田楽能」などの分野へと発展していった。
※6丸物神饌(まるものしんせん):生の状態でお供えする神饌物のこと。具体的な例としては、炊いていない米や熱を通してない魚などが挙げられる。
※7高杯(たかつき)4本立ての八種神饌(やくさのしんせん):神様にお供えする8種類の調理された食事(神饌)を、4本足の台(高杯または八足台)に高く盛り付けたもの。
【12月17日】「春日若宮おん祭」の神聖さを感じさせる「遷幸の儀(せんこうのぎ)」
17日午前0時、いよいよ「遷幸の儀」が始まります。若宮様が「御旅所(おたびしょ)」と呼ばれる、春日大社の一の鳥居から二の鳥居に向かう参道の途中にある仮殿にお移りになる、とても神秘的な行事です。参道には一切の灯りをともさず、写真のフラッシュや懐中電灯すら堅く禁じられています。大松明(おおたいまつ)を先導に神職が何人も取り囲み、警護の声をあげながら楽人(※8)たちのお供とともに神様をお移ししていきます。真冬の深夜、厳寒の中で行われるので、「おん祭り」がただのお祭りではなく、神事であることを感じさせます。「遷幸の儀」が終わった午前1時からは、御旅所では「暁祭(あかつきさい)」という若宮様のお迎えを祝う催事が行われます。巫女の舞や神楽などの芸能が御旅所の前庭で奉納され、いよいよお祭りの1日の始まりです。とはいえこの時間は、ご奉仕する人もそれを見学する人の息も白くなっているので、太陽が昇ってからが本格スタートです。
※8楽人(がくにん):芸能を奉納する人々。具体的には、「陪従(べいじゅう)」「細男(せいのお)」「猿楽」「田楽」など、祭りの中で決められた舞や芸能を演じる人々を指す。
【12月17日】平安からの歴史を肌で感じさせるメインイベント 「お渡り式」
17日正午になると、いよいよ「お渡り式」の始まりです。本来、「御渡り」とは神様が仮の御殿に移られることですが、「おん祭り」の場合は、神子や芸能集団、各時代の行列などが決まった所作をしながら、練り歩く行事のことを指します。県庁前を出発し、近鉄奈良駅からJR奈良駅前へ、そして三条通を通って若宮様がおられる御旅所へ向かうルートを進んでいきます。なお、現在の三条通りは商店街。その中を平安~江戸時代の装束に身を包んだ1,000人近くの行列や本物の馬が何頭も通っていくのは圧巻です。
ところで、神様に奉仕する人間はともかく、連れてこられた馬はそんなことはお構いなし。長い行列の間では、途中でボロボロ糞を落とすこともままあります。神事から程遠いそんな光景はなんとなくユーモラスで、くすりと笑えます。まさに「臭い話」ですが、この距離感も御渡り式ならではの光景です。
【12月17日】若宮様を存分に楽しませるさまざまな伝統芸能「御旅所祭」
御渡り式の後は、御旅所の前でさまざまな行事が行われます。興福寺から出所した方々がそれぞれ名乗りを上げる「南大門交名の儀」に続き、能舞台に描かれる松の絵の由来と言われる「影向(ようごう)の松」の前で舞を舞う「松の下式」、「競馬(くらべうま)」、「稚児流鏑馬(ちごやぶさめ)」などが古来の伝統に則り行われます。続く「御旅所祭」では「神楽(かぐら)」、「舞楽」など、夜遅くまで「これでもか!」というほど若宮様を楽しませる行事が続きます。こうしてたっぷり楽しまれた若宮様は、丸一日を超えて社殿をお留守にすることを避けるため、23時になると「還幸の儀」として、来られた時と同じように厳かな神事により、もとの社にお帰りになります。
【12月18日】4日間の締めくくり。「奉納相撲」と「後宴能」
江戸時代のおん祭を楽しむ人々を描く「春日若宮御祭図屏風」
若宮様がお帰りになった18日には、御旅所前にて「奉納相撲」、「後宴能」が行われます。「奉納相撲」は御旅所南側に設けられた特設土俵で行われます。かつては真剣勝負が行われ、勝者の肩には春日大社の実権を握っていた時期があった興福寺の正法院(しょうぼういん)と愛染院(あいぜんいん)が負担した掛布が掛けられたそう。続く「後宴能」は御旅所の芝舞台で行われます。若宮様が御本殿にお還りになった御旅所の御仮殿を背にして、能二番、狂言一番を奉納し、4日間を締めくくります。
おわりに―奈良国立博物館で予習復習を!―
奈良公園の一角にある「奈良国立博物館」では、毎年12月に「春日若宮おん祭の信仰と美術」という、「おん祭」の歴史を勉強できる展覧会が開催されます。奉納される神楽や田楽、流鏑馬(やぶさめ)に能などの伝統芸能は何百年も連綿と受け継がれてきたもの。興福寺や春日大社の近くにずっと住んでいる方たちは、祭りに奉仕する装束の誂えやご奉仕の役割を当たり前のように話されますが、20年以上奈良に住む私でも、まだまだよそ者と感じます。この神様と人間の距離の近さが「おん祭」の最大の魅力。祭りの裏側を知るとさらに興味が深まるかもしれません。ぜひ自分の目で見て、その空気感を感じてほしいですね。














