言葉から解き放たれる旅とは―映画『旅と日々』から感じたこと―
大学生の頃の遠い記憶。 叔母の本棚に偶然つげ義春の漫画『紅い花』を見つけた。小学校で図工を教えていた「光子おばちゃん」は、絵を描く楽しさを教えてくれた人。親には言えないことも相談できる、私にとって大好きな存在だった。ページをめくると現れるのは、山村の静かな日常。『紅い花』には特別なことは起こらない。ただ、淡々と流れる時間が描かれている。そのなんとも言えない印象がずっと心の奥底にしまわれていたようだ。そんな記憶をふっと思い出しながら、つげ義春原作の映画『旅と日々』を見るため映画館の赤いシートに身を埋めた。
目次
スクリーンに響いたひとこと
ライターの性なのか、映画を見てもストーリーの起承転結を探ろうと、物語の伏線を必死に探ってしまう。が、映画は淡々と進んでいった。特別な事は何も起きないのだ。日常もきっと、そんなものなのだと思う。生活を続けていくなかで、嬉しいことがあったり、涙をこぼす日があったり、小さなエピソードが生まれていく。途中でそれに気づき、ストーリーの流れに身を任せることにした。するとスクリーンの中の言葉が、静かに胸に響いた。シム・ウンギョンさん演じる李が放った「旅は言葉から離れることかもしれない」。日常生活のルーティンは自分の中で言語化され、「やらねばならないこと」に変わっていく。旅は、その言葉から解き放たれる時間なのかもしれない。
「旅」の日常と「日々」の日常
そんな旅もあったなあ。と、思い出すのは丹波篠山にある農家民宿 DENでの出会い。城下町から車で約20分。築約150年の農家住宅をベースにしたゲストハウスは、玄関を開けると広がる土間、畳の部屋へと続く空間が、ノスタルジック。日常だけど自分の日常にはない風景だ。タガワさんご夫妻がにこやかに迎えてくれた。夕食は地元食材をふんだん使って奥さんが腕をふるった料理。元国際線ファーストクラスのキャビンアテンダントのタガワさんが洗練された動きで料理を取り分けてくれる。日常の中で、ワールドクラスのおもてなしという非日常も味あわせてもらった。薪ストーブの炎を見ながら交わす何気ない会話も、旅の醍醐味だ。
翌朝、部屋に置かれた綿入れを羽織り散歩へ。霧が山から下りてきて幻想的な風景が広がる。冷たい空気が頬にあたって気持ちいい秋の里山だ。夕方には地域の神社で常夜灯を灯す当番に参加。日常だが自分の日常生活とは違う。地域の日常をおすそ分けしてもらうような体験は、言葉に捕らわれた日常から解放されてくれるようだった。そうやって、心に溜まった澱のような感情を浄化させていくのだろう。「あの場所で何を見たい、何を食べたい」という目的を持った旅とは違う。言葉から解放され、地域の日常に身を委ねることで、心の澱がすっと消えていく。戻った日常が軽やかに感じられるのは、その旅のおかげなのかもしれない。
◆農家民宿DEN
住所:兵庫県丹波篠山市小倉342
私の『旅と日々』
鞄にはいつも小さなスケッチブック。旅と日々を書き留める
還暦を過ぎて、スケッチを始めた。旅の記録から日々の小さな出来事を小さなスケッチブックに書き留めていく。2冊目の表紙に『旅と日々』のステッカーを貼った。ここには言葉から解放された絵を描いていきたいと思っている。ただ、目にした風景や感じた空気をそのまま描く。














