石川直樹さんと歩く、北海道 知床アドベンチャートラベル―つながりと距離を考える写真旅―
「被写体との距離を正直に撮る」そう語る写真家の石川直樹さん。石川さんは、日本人で初めて標高8,000mを超える14座すべてを登頂し、世界各地で自然や文化を撮り続けてきた方です。そんな石川さんとともに、世界自然遺産・知床を2泊3日で巡る特別なツアーが旅色主催で開催されました。アドベンチャートラベルとは、自然や文化、人との交流を体験しながら、自分の内面の変化を感じる旅。私にとっては小さな挑戦でしたが、これをきっかけに自分の殻を破り、新しい世界が開けるかもしれない。そんな思いを胸に、この旅に参加しました。
目次
嵐の知床に降り立ち、「オホーツク流氷館」で独自の生態系をつくる鍵・流氷について考える
根室中標津(ねむろなかしべつ)空港を降りると、知床にとって数十年の一度の嵐が吹き荒れていました。 木々は激しく揺れ、道路は倒木で通行止めに。細い畑道をバスが走るという自然の驚異の洗礼を受けました。
悪天候のため当初の予定を変更して訪れた「オホーツク流氷館」では、知床でしか見られない流氷と、世界自然遺産登録の理由について学びました。オホーツク海の北側からゆっくり南下してくる流氷。それらに付着した植物性プランクトンを鮭の稚魚が食べ、その鮭をヒグマやワシが食べる。このように海と陸の両方で命が循環しているという独特の生態系が見られるため、知床は世界自然遺産に登録されました。しかし、温暖化の影響で流氷が減少し、生態系への影響も危惧されています。展示の最後にある「流氷を守るのは誰?」という問いが心に残りました。
石川さんが教えてくれた、被写体との“関係性”と“一期一会”の出会いに対する思い
石川さんが愛用するのは、単焦点のレンズがついているフィルムカメラです。ズームができない分、被写体との距離(=関係性)がそのまま写真に写ります。なぜフィルムカメラにこだわるのか。気になって尋ねてみると「一期一会の瞬間を大切にしたい」「(AIが発達し、何でも修正・加工できる時代にあって)真正性が保たれ、自分がそこにいた“証”をきっちり残すことができるから」と教えてくれました。現像されるまでどのように写っているかわからないけれども、現像やプリントの過程を経て浮かび上がる像を楽しむ。そんな独自の美学が詰まった写真だからこそ、心が惹きつけられるのです。
被写体を決めたら、無駄がない動きで迷うことなくカメラをセットする所作は、まるで鍛錬を重ねた武士の姿のよう。一枚一枚が真剣勝負という気迫も感じ、道中、石川さんから目が離せませんでした。
「しれとこ100平方メートル運動ハウス」で開拓の歴史をたどる
「北海道を開拓したのは、僕らのおじいちゃん、おばあちゃん の世代なんです」と教えてくれたのは、「知床自然センター」に隣接する「しれとこ100平方メートル運動ハウス」で出会った 公益財団法人知床財団 事業部自然再生・交流推進担当参事の中西将尚さん。 わずか150年ほど前と今からそう遠くない時代です。今では「北海道=おいしい食の宝庫」というイメージがありますが、その背景には、厳しい自然と向き合いながら生き抜いた開拓民たちの過酷な歴史があったのです。施設名にもなっている「しれとこ100平方メートル運動」は、市民の寄付で開発業者の手に渡った100平方メートルの土地を買い戻し、多様な命が共存できる森へと再生させる活動です。寄付者の名前が刻まれた100平方メートルの空間には、森の再生を願う人々の思いを感じさせられました。
中西さんの案内で「しれとこ100平方メートル運動ハウス」の先に続く「しれとこ森づくりの道」を散策。その先にあるかつての開拓民の家に特別に入らせてもらいました。柱に刻まれた子どもの身長、雑誌や羽子板といった遊び道具などがそのまま置いてあり、当時のまま時が止まったよう。外は雨風が強くても、家の中は静かで温かい。厳しい自然の中で家は人を守る存在なのだと改めて実感しました。
開拓の歴史も、森を守る活動も、人々の手から続いています。「過去」と「今」が静かに重なり合うその時間の流れを感じ、私の知らなかった北海道の姿が見えた気がしました。
◆知床自然センター(しれとこ100平方メートル運動ハウス)
住所:斜里郡斜里町大字遠音別村字岩宇別531番地
電話番号:0152-24-2114
営業時間:4月20日~10月20日 8:00~17:30、10月21日~4月19日 9:00~16:00
定休日:年末年始・12月の毎週水曜日
食と心根で縮まる人の距離とつながり
初日の夕食は、漁師さんが営む海鮮料理屋「OYAJI」へ。豪快な笑顔に日焼けしたたくましい体。その姿に反して、繊細でおしゃれな料理の数々。香ばしい鮭のちゃんちゃん焼きの匂いに包まれながら、皆の会話も自然と弾んでいきます。「人生は楽しく、気持ちを楽に生きようよ」と話す店主・古坂彰彦さん(通称:おやじさん)の言葉は、自然の厳しさを受け入れ、達観したからこその言葉だと感じました。
2日目のお弁当と最終日の昼食を用意してくれた貸切宿「KOBUSTAY」の女将・加瀬里沙さんも印象的でした。札幌から移住し、昆布漁師の旦那さんを支える、凛としてしなやかな強さを感じる女性です。トレッキング後の疲れた私たちを、笑顔で迎えてくれた理沙さん。極上の羅臼昆布の出汁でいただく鮭茶漬けは、おもわず目を閉じて言葉を失うほどのおいしさでした。
◆KOBUSTAY(コブステイ)
住所:目梨郡羅臼町春日町38
電話:090-3672-0782
対照的なお二人でしたが、どちらも地元産の素材を最大限に生かしたおいしい料理と、心づくしのおもてなしを提供してくれて、心と体で知床の温もりを感じられました。
自然散策中に出会った愛らしい瞬間と緊張感ー動物たちの“適切な距離”が互いを守るー
ガイドさんが撮影したシマエナガ。
2日目のトレッキング中、ガイドの滝川朗正さん(通称:タッキーさん)が「シマエナガの声がする」と立ち止まりました。北海道に生息する“雪の妖精”として人気の鳥ですが、そう簡単に出会えるものではありません。ガイドさんから事前に教わっていた「チルチル」という鳴き声がする方を見ると、白くて真ん丸な体をした小さな鳥が木々の枝をチョンチョンと跳ねているのが見えました。親子らしき三羽が幹の蜜を吸い食事をしていて、とても可愛い……。シマエナガたちを驚かさないように、かつ、はっきりと撮影するため、タッキーさんに倣って参加者全員が静かにシャッターを切る様子が印象的でした。
立ち入り禁止エリアにたたずむ鹿。
森の中ではこんなプレゼントのような時間だけでなく、緊張する瞬間もありました。各地で熊の被害が頻発している現在。海岸線を散策している途中、もう一人のガイド・寺山 元さん(通称:ゲンさん)が草むらに近くに潜んでいるであろう熊に対して警戒するような音を口で出すと、草むらから物音が。「熊鈴もそうですが、自然界にはない音を出すことで、人間がいるぞと認識させ、お互いが適切な距離を取るのが一番大事です」とゲンさん。変化する自然環境の中で、野生動物と人との境があいまいになっている危うさを肌で感じ、“近づかずに距離を保つ”という選択が、人と動物が共存する上で大切なのだと実感しました。
道なき“未知”を歩いて感じた地球の鼓動
旅のハイライトは、知床を知り尽くしているゲンさんが案内する、秘密のトレッキングコース。海岸線に転がる石を慎重に踏みしめ、一歩一歩進みます。足を置く場所を誤ればすぐに転びそうになるほど不安定で、歩くだけでもかなりの集中力が必要。倒木の枝の間をくぐり抜け、足がびしゃびしゃになりながら川を渡る、まさに“道なき道”を進むコースです。途中、地層の断面や動物の骨、ヒトデやウニなどの生き物との出会いも。普段あまり体を動かさない私には、正直とてもハードな3時間でした。けれど、肌に触れる波のしぶき、岸に打ち上げられた昆布の香り、波に引かられてごろりと転がる石の音など、すべてに五感が刺激され、汗だくになりながらも心地良い達成感を味わうことができました。“未知”を歩くことでしか出会えない景色と感覚です。
転びそうになり思わずステッキで岩をひっかいていました。思わぬ形でここに来た証を残すことに。
おわりにー旅を通じて思う、アドベンチャートラベルの真髄―
知床の海の先には、北方領土の国後島が見えます。その距離はわずか25㎞。けれど、海の中には国境があり、近くて遠い複雑な関係。そんな微妙な距離感を表せないかと双眼鏡からのぞく国後島を撮ってみました。
◆羅臼国後展望塔
住所:目梨郡羅臼町礼文町32-1
営業時間:4月~10月9:00〜17:00、11月~1月10:00~15:00、2月~3月9:00~16:00
定休日:11月~4月 月曜日、5月~10月 無休
入館料:無料
国後島からかかる光の橋。
旅の最終日には、朝日が国後島から昇り、知床へまっ直ぐ光を届けていました。その光景を見ながら、“距離”とは隔たりではなく、つながりを生むための“余白”なのかもしれない、そんなことを感じました。この旅が教えてくれた“距離と関係性”は、写真だけではなく自然や文化、そして人の歴史にも通じているように思います。
アドベンチャートラベルが大切にするのは、自然や人との“交わり”を通じて、自分自身が少しずつ変化していくこと。石川直樹さんの著書『地上に星座を作る』には、こんな一節があります。
「今の自分は変化の中にいる一瞬の自分であり、常に変わることができる。(中略)そこでまた新しい世界に出会い、自分もまた流れる雲のように変化していくのだ。」
未知を恐れず、変化を受け入れて楽しむこと。アドベンチャートラベルは、まさに人生そのものなのかもしれません。
次のアドベンチャートラベルへの扉はもう開いている。















