『ソトコト』編集長・指出一正さんの「二拠点思考」から読み解く、居心地の良さが生まれる考え方といま面白い旅先

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2025.05.12

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『ソトコト』編集長・指出一正さんの「二拠点思考」から読み解く、居心地の良さが生まれる考え方といま面白い旅先

観光以上・移住未満の第3の人口である「関係人口」を提唱する『ソトコト』編集長・指出(さしで)さん。兵庫~東京の二拠点生活から着想を得て『オン・ザ・ロード 二拠点思考』を上梓した指出さんから、二拠点思考で得られるもの、旅するときの楽しみ方のヒントを伺いました。最後には指出さんが講師として登壇する、スペシャルな講座もご紹介します。

Photo:入江達也

目次

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二拠点をする人々は、2つの層が入り混じる

オフセットされた自分から生まれる、居心地の良さ

地方は自分の鏡

旅は居心地を良くする特効薬

ちょっと旅を能動的にしたいなら「やわらかいインフラ7」を目指そう

二拠点をする人々は、2つの層が入り混じる

オン・ザ・ロード 二拠点思考

―――兵庫と東京の二拠点で生活されて、2024年にはその生活から着想を得た概念を軸に『オン・ザ・ロード 二拠点思考』(ソトコト・ネットワーク)を出版されましたね。

二拠点居住までいかないかもしれないけど、自分が住んでいる場所と、もう一つ自分が関わりを持っていたりとか、思いを寄せている地域を持っておくと、いろんなメリットがあることをお伝えできたらと思って『オン・ザ・ロード 二拠点思考』を書かせていただきました。
二拠点そのものは、昨年から国土交通省が推奨していて、二拠点居住の人たちが増えていくような方策、施策がどんどん展開されています。そのかいあって「拠点」の認知度が広がり、実践する人たちが多様になってきました。これまでは多拠点生活みたいな過ごし方がライフスタイルの一つとして認められてきてましたが、東京で仕事をしているとか、地域に拠点を持つには家庭があるとかで、なかなか取り組めなかった人たちも、この二拠点っていう大きなうねりの中に入り始めていると感じています。妻子を持つ僕でさえも実践していることからも自明ですね。
理由はみんなそれぞれ。僕の場合は子どもが兵庫の学校に入学したことをきっかけに妻と息子と生活の拠点を神戸に移しました。「積極的二拠点」というよりは「受動的二拠点」です。受動的二拠点は単身赴任も内包していますね。もう一つは実家の親の介護。週末に地元に帰って介護をする形で二拠点生活が始まる人たちは結構増えてるんですよ。日本の社会構造で言うと、旅をするように暮らしたいっていう多拠点生活のレイヤーと、自分のライフステージの中で二拠点に接点を自然と持った人たちっていう2つの層が今混じり合っていて、二拠点そのものが広がっていくいい原動力になってるんじゃないかな。

オフセットされた自分から生まれる、居心地の良さ

ちゃんと旅を考える学校

―――二拠点でも実情は様々なんですね。二拠点思考から得られる良さは何でしょうか。

いっぱいあると思います。僕たちはある場所で暮らしていることで、自分というものが形作られる生活が当たり前と考えていると思うんですけど、そこで作られている自分と、もう一つの地点で作られている自分っていうのは、またちょっと違う形で育っていく存在になるんですよね。それが神戸と東京の二拠点生活の4年目に入った中で、僕自身が感じ取った最大のメリットです。東京だと、「『ソトコト』編集長の~」とか「地方創生の指出さん」というように、肩書きとか形容詞が前につくんですよね。その中で自分の役割をしっかりと果たそうと思ってるんですが、神戸に行くとそれがなくなって、「指出さん」だけだったり「小籠包が大好きな指出さん」だったり、オフセットされる自分が形作られていったんです。これが生き心地の良さを助長してくれると思うんですよ。「本当はもっとこういう風になりたかったのにな」って誰もが思っている中で、一つの場所にいればいるほど「○○さんはこうだよね」っていう他者から作られていく自分が大きくなっていく。だからそれに負けないように頑張んなきゃいけないっていうプレッシャーだったり、「私ってそう見られてるのかな」なんて凹んだりするんですけど、二拠点は、その人が得られていないものを補完してくれるようなことが、もう一つの拠点で待っている可能性が高いと思います。僕も東京にいる自分では足りなかったものが、神戸の自分がいて、それを足してくれる友人・知人や環境が手に入ったっていうのは大きいかな。今自分の中で生活がルーティンになっていて、この先どうしたらいいのかなとライフステージで悩んでいる方や、同じ場所で過ごすことにしんどさを感じる方は、エスケープロケーションとして二拠点を始めると突破口が生まれる可能性は高いと思いますね。

地方は自分の鏡

地域で暮らすことの、もしくは地域に関わることの楽しさのもう一つは、匿名性とか仮名性にもあると思います。地域に行くと地域の人たちが鏡のような形になってくれて、例えばバーベキューの時に「指出さんって火を起こすのが上手ですね」とか、自分では意識したことはないことをその地域の視点で見つけてくれるんです。そうすると僕には「バーベキューの時にはいないよりはいた方がいい指出さん」という新しい匿名性、仮名性を手に入れられるわけです。東京では、火起こしをPR することはないけれど、アバターみたいなもんですから。 SNS の中で自分の名前を隠して活動していることに対して、それが一つ満足感を持たせてくれる可能性は高いと思うので、生きている中での匿名性、仮名性が軽やかに楽しめるって意味では、僕は二拠点であったり、関係人口という考え方の方向性は間違ってない、人に喜びを与えられてすごくいいんじゃないのかなと思いますね。

旅は居心地を良くする特効薬

ちゃんと旅を考える学校

―――ちょっと別の世界、 SFワールドみたいなところに飛び込める感覚が二拠点思考だと得られるのですね。住処を2つに分けずとも、旅としても言えそうな形だと思います。

東京以外にも自分の好きな拠点を頭の中に持てれば、別に二拠点しなくてもいいんですよ。気仙沼が好きだったら気仙沼のことを頭の中にちゃんと置いておくっていうのかな。これが関係人口の裾野を広げるんじゃないかなと思っているので、福島の相馬や双葉のことが大好きなみんなは、東京と福島、相双地域(福島県東部の太平洋沿岸部に位置する地域)の二拠点思考者になればいい。それが直接の住民票には寄与しないかもしれないけれども、少なくとも無関心層ではなく、そこに関心のある人たちが増えていった方が、僕は中長期的な未来には役立つことがいっぱい起きるんじゃないかなと思います。単年度だったらもっと固い目標があった方がいいですけど、僕は中長期に柔らかな世界を作るためには、みんなが二拠点思考者になっていると、もうちょっと居心地が良くなるんじゃないのかなと。旅って居心地を良くするための特効薬、きっかけだと思うんですよ。

ちょっと旅を能動的にしたいなら「やわらかいインフラ7」を目指そう

ちゃんと旅を考える学校

―――二拠点と聞くと身構えてしまう点もありましたが、思考を変えることも大きな一歩と言っていただけて、ぐっとハードルが下がった心地がしました。旅でも、地域の人と積極的に関わるのはまだ勇気がいるけど、もうちょっとルーティン化していない、能動的な旅をしたいという人は、どのようにしたらいいでしょうか。

僕も人と繋がりたいっていう気持ちが、1丁目1番地にあるタイプじゃないんですよ。僕も含めてそんなみなさんも、誰とでも会えば楽しいのかというと、そんなこともないんですよね。それよりもやっぱり自分らしい出会いをどこで求めるかといった時には、自分らしさを優先した行動が一番いいと思います。例えば道の駅が好きな人は道の駅に行くとか。その中で偶然や運命の出会いがあった方が、その方が自分らしい出会いだから。「何が何でも人に出会うぞ」みたいな目的と手段がごっちゃになった考え方しなくていいんじゃないかな。そこから街づくりとか地域づくりに引き込まれる可能性もあって、それが人の出会いの面白さだと思います。
地域の中でより深いところに触れてみたいと思った時には、僕が提唱している 「やわらかいインフラ7」っていう場所に行ってみてください。
①おいしいコーヒー
②バチバチのWi-Fi環境
③同世代の仲間たち
④おしゃれな本屋
⑤盛り上がるブルアリー
⑥使い勝手のいいコワーキングスペース
⑦最高のパン屋
これが揃っている地域が日本に今生まれ始めてるんですよね。群馬県の前橋市や神奈川県の真鶴町、岐阜県の飛騨市・各務原(かかみがはら)市とかがそう。歩いているだけで楽しくて、面白い人との接触率が高いことにドキドキすると思いますから、ご自身が興味あるとこに行ってみてはいかがでしょうか。パンが好きな人は最高のパンが焼かれているローカルのパン屋さんへ行って、開催されているイベントに顔を出してみたら友達ができる可能性もあったりするから。自分の運命の紐は必ずあるので、「やわらかいインフラ7」から手繰り寄せてはいかがでしょうか。

ちゃんと旅を考える学校

―――出会い方も「やわらかいインフラ7」をヒントに、自分の居心地の良さを大切にしながら探せばいいという提案は、今後軽やかに旅ができそうな気がしてきました。

旅は予備知識をあまり持たずに訪れて、いろいろ考え、自分で決めて、後で「あそこやっぱり行って正解だったね」みたいな「復習型の旅」の方が喜びを共有しやすいんじゃないのかな。町や村に首都圏の若い皆さんお連れする講座をいっぱい作ってるんですけど、そのときも旅程表をほとんど作らないんですよね。「指出さんが案内してくれた○○村」になってはいけないと思うんですよ。「自分で見つけた○○村」になってほしいんですよね。だからその場所で鬼の子孫に出会ったとかっていうのが衝撃的な出会いになったりすると、「この村やばい、私が見つけた村だ」みたいにみんな感じてくれるわけですよね。でも、先に僕が全部種明かしをして、時間通りの行動の中でこういう人に会いますのでっていうプロフィールを送っていったらそれは旅じゃないし、人の成長を阻害してるんじゃないかな。人ってやっぱりピンチの時に成長するじゃないですか。旅ってピンチの連続だから。そのピンチを安全にしてしまっていいんだろうかっていうのは、僕の中で大事にしているところです。こういったこともアドベンチャーですよね。

◆指出一正
1969年群馬県生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業。雑誌『Outdoor』編集部、『Rod and Reel』編集長を経て、現職。島根県「しまコトアカデミー」メイン講師、山形県金山町「カネヤマノジカンデザインスクール」メイン講師、和歌山県田辺市「たなコトアカデミー」メイン講師、福島相双復興推進機構「ふくしま未来創造アカデミー」メイン講師、秋田県鹿角市「かづコトアカデミー」メイン講師、静岡県「地域のお店デザイン表彰」審査委員長、群馬県庁31階「ソーシャルマルシェ&キッチン『GINGHAM(ギンガム)』」プロデューサーをはじめ、地域のプロジェクトに多く携わる。内閣官房、総務省、国土交通省、農林水産省、環境省などの国の委員も務める。経済産業省「2025年大阪・関西万博日本館」クリエイター。上智大学「オールソフィアンズフェスティバル2025」実行委員長。著書に『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ新書)、最新刊は『オン・ザ・ロード 二拠点思考』(ソトコト・ネットワーク)。

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#インタビュー #地域貢献 #ちゃんと旅を考える学校 #地方創生 #スクール #学び直し

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