「アドベンチャートラベルは新しい自分に出会える旅スタイル」 日本アドベンチャーツーリズム協議会 山下真輝さん インタビュー

近年、旅行業界で話題になりつつある「アドベンチャートラベル」。1980年代に自然を活かしたアウトドアアクティビティ観光としてニュージーランドで発達し、海外ではすでに人気の旅スタイルです。しかし、日本ではこの旅スタイルを楽しむ人はまだまだ少ない印象も。そこで、日本アドベンチャーツーリズム協議会の山下真輝さんに、「アドベンチャートラベル」の醍醐味をたっぷりお伺いしました。
写真/入江達也
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福岡県北九州市生まれ、大分県大分市育ちの九州人。1993年に株式会社JTB入社後、全国各地のDMO形成やスポーツツーリズム・アドベンチャーツーリズムの推進などを行っている、まさに「旅のエキスパート」。
「このまま観光客を増やしていいのか?」旅行業で地域を盛り上げていった過程で出会った「アドベンチャートラベル」

「大分支店にいたころは150回くらい海外出張がありました。当時はビザだけでパスポート1ページ使うし、5年用のみだったので、すぐページがなくなってしまいました」
ーーまずはご経歴を教えてください。
私は九州出身で、1993年に株式会社JTBに入社し、最初の13年間はJTB大分支店にいました。支店にいたころの九州は、宮崎県の「フェニックス・シーガイア・リゾート」、長崎県の「長崎オランダ村(現:ハウステンボス)」などのテーマパーク、そして別府など、大分県の温泉とゴルフを楽しむために、海外からの観光客が多くいました。また、「2002 FIFAワールドカップ」の開催もあり、外国人旅行者は過去最高の524万人を記録しました。こうした背景もあり、入社当時は「どうしたら海外の人に地元・大分を楽しんでもらえるか」というのを考えていました。「温泉とゴルフ」だけでなく、県内を周遊してもらうため、観光地や温泉旅館の人たちと話し合っていましたね。
――九州がインバウンド需要の先駆けだったんですね!
その通りです。その後、2003年の政府による「観光立国宣言」、2008年の観光庁設立を経て、2019年には外国人旅行者が3,000万人を超えてきました。京都のオーバーツーリズムが顕在化し始めた頃ですね。当時の日本政府は「訪日客数を2020年に4,000万人、2030年に6,000万人に引上げる」という目標を掲げていましたが、私は「この動きは本当に良いのか」と思い始めていたんです。例えば、タイのピピ諸島というリゾート地で、映画の舞台になったビーチに観光客が押し寄せてしまい砂浜が見えなくなってしまう、ということがありました。こうした事象が海外でいくつもあり、ヨーロッパでは外国人旅行者を抑制しようとしていました。そのような海外の動きと逆の動きを取る日本ではインバウンド客だけでなく、週末や夏休み、年末年始には約5億人の国内旅行客が動いています。コロナ禍によって大きな打撃を受けたといっても、これだけの旅行者が国内にもいるのに、海外からさらに招いたらどうなってしまうんだろう、と。
――世界ではすでに、海外旅行者への具体的な動きがあったんですね。
そうなんです。同じ頃、世界では「サステナブルツーリズム」という言葉も出てきており、「観光客数を抑制しつつ、自然や文化を守りながら旅行をしてもらおう」という風潮があったんです。でも日本ではまだ馴染みがありませんでした。そんななか、北海道でアイヌ文化と7つの国立公園を活かしてアドベンチャートラベルを推進しようという動きが現れ、2017年6月に国土交通省北海道運輸局が主導し、「北海道アドベンチャートラベル協会(以下、HATA)」が設立されました。これをきっかけに全国でもアドベンチャートラベルへの興味が高まり、2019年に当協議会が誕生しました。
アドベンチャートラベルの醍醐味は「旅先のストーリーを知れる」こと

「日本は生活圏のすぐそばに美しい自然が当たり前のようにあるからこそ、その背景の『ストーリー』に気づきにくいのかもしれません」
――北海道が全国に先駆けて動いていたころ、山下さんはどんなことをされていたんですか。
私は2018年4月に本社から出向でJTB総合研究所に入り、「観光における体験価値・経験価値」というテーマで研究をしていました。いまでこそ旅行者が求めるものは物(お土産など)ではなく、体験や経験を重視する「コト消費」へとシフトしつつありますが、当時はこういった考えを完璧な形で言語化した旅スタイルはありませんでした。そんな時に出会ったのがアドベンチャートラベルの世界でした。地域の自然や文化を使って旅の価値を高める、という考えはまさに、私がJTB入社当初に九州でやっていたことだし、総合研究所で研究しているテーマだし、ぴったりだと思いましたね。
――すごい出会いですね!
そうなんです。「アドベンチャー」を直訳すると「冒険」になりますが、欧米の人たちにとっては「自然へのリスペクト」や「新しい自分との出会い」という意味も含まれているんです。人間ではどうにもできない大自然の驚異を目の前にしたときに、さまざまな気づきが生まれ、自己変革につながる、ということが往々にしてあります。なので、海外の人たちは素晴らしい自然にあふれた国立公園での散策などを好む傾向にあります。また、単に目的地へ出かけるのではなく、その場所にどういった歴史的背景があるのか、どうやって美しい自然が守られているのかなど、「ストーリー」を知りたがっています。もし、似たような場所に行ったことがあったとしても、それぞれの「ストーリー」を知ったうえで出かければ、その思い出は唯一無二なりますからね。

「前田正名とか、坂本龍馬とかが出てくると気持ちが高まります。九州出身なもので……」
――山下さんにもそんな特別な旅先はありますか。
前田一歩園財団が管理している「光の森」です。阿寒エリアにあり、ガイドさんの同行がないと入れない場所で、ガイドツアーの前に森の歴史を教えてもらえます。その始まりは1906(明治39)年に前田正名(※1)が国有未開地の払い下げを受けて阿寒の地を買うところから。もとは製紙業に必要な材料(パルプ)採取のために買い取ったのですが、その美しい景色を見て「この山は、伐る山から観る山にすべきである」と言い残したそう。この遺言の元、子孫たちが阿寒の森を守るべく尽力した結果、前田一歩園財団が立ち上がり、現在も美しい自然環境が守られているのです。という歴史的背景をガイドさんがきちんと説明してくれるんです。これだけでもすごく興味深いのですが、さらに、森林保全のためにどういったことをしているのか、森に入る際のマナーなども丁寧に説明してくれるので、「多くの人たちの支えがあって、この素晴らしい景観があるんだ」と気づかされました。
※1前田正名(まさな):薩摩藩士で、新婚旅行中だった坂本龍馬とその妻・お龍と薩摩で出会う。龍馬の薦めで明治2(1869)年にフランスへ留学し、8年後に帰国。フランス留学時の様子は宝塚歌劇団の演目『Samourai(サムライ)』で描かれている。なお、龍馬からもらった脇差を生涯の家宝にした。
ガイドツアーは「旅の思い出だけでなく、人生も豊かにする体験」

熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へ通じる参拝道の総称。「語り部」と呼ばれるガイドたちが熊野古道の歴史とともに周辺を案内してくれるツアーは外国人旅行者にも人気(画像:旅色の旅行プラン)
――ガイドさんの存在が旅のポイントになっているんですね。このガイドさんはすごい! と感じたことはありますか。
北海道鶴居村のガイドさんでしょうか。彼らはただ自然の成り立ちや歴史背景を説明をするのではなく、ツアーに参加している一人ひとりのパーソナリティを瞬時に察知し(もしくは、ツアー申込時に情報を集め)、参加者が抱えている問題や関心ごとに紐づけながらガイディングをするんです。例えば、経営者に対しては自然の生態系と会社経営を結び付けて話す、なんてこともあるみたいです。
――え!? それは素晴らしいですね。
そうですよね。ほかにも、熊野古道のガイドさんも素晴らしいです。たとえば、女性一人で参加される方には、「かつて熊野古道では、家を追われ、旅費もないまま祈りを求めてやってきた旅人に、村の人たちが施しを与えていた」といった悲しい歴史を交えながらガイディングするんです。その過程で参加者の人生観などを上手に話を引き出していくうち、ツアー終了時にはボロボロ泣き崩れている、なんてこともあるそうですよ。
自然の驚異を忘れず、自身の心の変化を楽しめるのが「アドベンチャートラベル」

「私も部下を連れてアドベンチャートラベルをしたことがあります。チームを盛り上げるのにおすすめです! 」
――素晴らしい自然や人との出会いが、旅をより思い出深くするんですね。ほかに、アドベンチャートラベルの魅力は何でしょうか。
「チームビルディング効果があるところ」でしょうか。海外ではビジネス相手を見極める際、一緒に森を歩くことが多いです。有名な話ですと、ビル・ゲイツがWindowsを発売する際、スティーブ・ジョブズと二人で長い時間散歩したという例があります。オフィスのような日常的な空間から離れて、共に時間を過ごすことが本質的な理解を促すことになります。同じように、森などの自然の中を一緒にハイキングすることは、お互いを理解し合う体験につながります。そのような考えから、Adventure Travel Trade Associationの国際会議の前日は必ず「アドベンチャーの日」が設けられます。これは一般企業にもぴったりで、営業会議や幹部会議の前日にラフティングとかをやったら、ものすごい一体感が生まれるはずです。
――逆に、注意しなければいけないことはありますか。
「自然を侮らない」ことですね。今年の1月にも青森県でバックカントリー(※2)で外国人旅行者が雪崩に遭いましたよね。その際はガイドさんもいらっしゃいましたが、それでも安全対策・危機管理が重要だということがわかります。あと、写真撮影に夢中になって崖から落ちる、なんてこともありますよね。普段、自然に触れていないと考えが足りない部分が出てしまうので、自身の安全意識を高めるのはもちろん、ぜひガイドツアーを利用してほしいです。
――おっしゃる通り、非日常な場所だからこそ、意識を変えないといけませんね。
ガイドツアーのほかに、ぜひやってほしいのは「ビジターセンターの利用」です。最近は環境省の施策もあり、リニューアルされた施設が増えてきました。約10分の映像やパネル展示で、生態系などをわかりやすく解説していますので、情報をインプットしたうえで旅を楽しめます。また、レンジャーの方が常駐されていることが多いので、ガイドツアーを利用せずとも、そこで話を聞くだけでも「ストーリー」を知れますよ。