常滑のやきものでノスタルジーや悠久の歴史を感じ、名古屋で“丁寧に生きる”ヒントを得る。日々がより豊かになる愛知の旅
旅するように暮らし、暮らすように旅したい旅色LIKESライター・リリのフォトエッセイ。今回は女子3人で訪れた、時間旅行と世界旅行気分が味わえる愛知県の旅。のんびりと、温かく、ちょっぴりノスタルジックな常滑の街歩き。そして、世界のタイルの歴史に魅了される、時空を超えたアートの迷宮。生活に根ざしたやきものの街・常滑と、名古屋発祥の鋳物ホーロー鍋ブランドが手がける「手料理のある暮らし」を楽しむ複合施設には、“食”を通して丁寧に生きるヒントがあった。
目次
“時感”のかけら――魅惑の常滑街歩き
名古屋市から電車で50分ほど、知多半島の西側に位置する常滑(とこなめ)。日本六古窯(ろっこよう)のひとつに数えられるやきものの街でありながら、海の近くならではの開放的な雰囲気が漂う。常滑駅を降り、個性豊かな招き猫が並ぶ「とこなめ招き猫通り」を抜け、「やきもの散歩道」へと進む。たくさんの招き猫が出迎えてくれた理由は、常滑が招き猫発祥の地であり、日本一の招き猫生産地だから。道の両側に並ぶ古い工房やギャラリーを眺めながら歩くと、目に飛び込んできたのは「土管坂」。赤茶色の土管と焼酎瓶がぎっしりと敷き詰められた壁が続く坂道だ。どこか懐かしく、それでいて独特の光景に、多くの人が足を止めて写真を撮っていた。時が止まったかのようなノスタルジーあふれる長閑な散歩道を歩いていると、まるで時間旅行に来たような、不思議な感覚になってくる。
工場の跡地や煙突など、昔の常滑の姿が色濃く残る街並みには、おしゃれなカフェも点在。ランチで訪れた古民家カフェ「nuu」は、築100年の古民家をリノベーションしている。着物や雑貨も取り扱い、和を感じる素敵なお店。昼食に食べたのは、豚汁と天むすのおむすびプレート。具だくさんの温かい豚汁が、身体中にしみ渡る。ころんとしたかわいらしいおむすびの中から出てきた海老の天ぷらに、意図せず名古屋メシを食べられてお得な気分になる私たち。
◆nuu
住所:愛知県常滑市栄町2丁目73
電話:0569-89-8755
営業時間:10:00~16:00
定休日:木・金・土曜日
オーナーの個性とセンスが光る「BARBARA COFFEE ROASTERS」は、異世界に迷い込んだようなインテリアに目を奪われる。歴史ある「登窯」から歩いてすぐの場所。お店に入ると、シロクマをはじめとした動物のはく製やアンティーク調の家具が強い個性を放ちつつも、絶妙なバランスで落ち着いた空間に、センスの良さがにじみ出ている。内装の雰囲気だけではなく、香り豊かなコーヒーやスイーツも楽しめる。オリジナルのコーヒー豆には「TUMETOGI(爪研ぎ)」や「AMAGAMI(甘噛み)」など、猫にちなんだ名前が付けられていて、ネーミングセンスにも脱帽だ。
ノスタルジックな街並みを楽しみ、個性豊かなおしゃれなカフェに立ち寄ったり、たくさんのギャラリーで好みの器を吟味したり。写真を撮りながらゆっくり散策していると、1日じゃ足りないくらいに時間はあっという間に過ぎてしまう。
◆BARBARA COFFEE ROASTERS
住所:愛知県常滑市栄町6丁目208白熊ビルヂング内1F
営業時間:11:00~17:00
色彩の旅へ。「世界のタイル博物館」で出会うもの
やきもの散歩道を堪能したら、ぜひ訪れてほしいのが「INAXライブミュージアム」。敷地内には資料館ややきもの工房など6つの館があり、中でも特におすすめしたいのが「世界のタイル博物館」だ。世界中のタイルが集められたこの場所は、まるで時空を超えたアートの迷宮のよう。職業柄、出かける先々でタイルを観察してしまう私。一緒に訪れた友人たちもその歴史と奥深さ、美しさに魅了されていた。
展示室に入ると、まるで宝石箱をひっくり返したかのような世界が目の前に広がる。鮮やかな青、深い緑、柔らかなパステルカラー。幾何学模様や花のレリーフ、動物や人物が描かれたものまで、タイル一つひとつに物語があるよう。この美しい欠片たちに何百年分もの時間が詰まっている。時を閉じ込めた、小さな一枚一枚が愛おしい。産地ごとに表情や特色が異なる点も興味深い。南欧で見られるタイルの白地に青の模様が軽やかに踊る様は、陽の光が差し込む街角が目に浮かぶよう。見ているだけで心が明るくなり、現地にいきたい気持ちが溢れてくる。その土地の空気や信仰が映し出されたタイルたちは、ただの装飾ではなく人々の歴史や文化を写す鏡。タイルは場所と場所、人と人、文化と文化を繋ぐ役割を持っている。だからこそ世界中で愛され、今もなお作られ続けているのかもしれない。
博物館を出るころには、ますますタイルの虜になっていた。きっとどこかへ旅するたびに、床に、壁に、ふとした街角に――タイルに込められた物語が語りかけてくれるのを感じずにはいられないだろう。
◆世界のタイル博物館
住所:愛知県常滑市奥栄町1-130
電話:0569-34-8282
開館時間:10:00~17:00
休館日:水曜日(祝日は開館)、年末年始
“丁寧に生きる”を味わう場所「VERMICULAR VILLAGE」
名古屋の街を少し離れ、穏やかな中川運河のほとりに佇む「VERMICULAR VILLAGE(バーミキュラビレッジ)」。1936年に名古屋市で創業した老舗鋳造メーカーが手掛ける、無水調理で有名な鋳物ホーロー鍋ブランド「バーミキュラ」が運営する複合施設は、ただのキッチン用品のショールームではなく、「食」を通して豊かに暮らすことを提案する特別な場所だ。
まず訪れたのは、バーミキュラの鍋やフライパンが並ぶ「スタジオエリア」。美しく並べられた鋳物ホーロー鍋は、見ているだけで楽しい。シンプルで無駄のないデザインなのに、どこか温もりを感じる佇まい。店の奥で開催されていた料理教室からスパイスのいい香りが漂っている。併設されたブックカフェコーナーに並ぶ、食にまつわる本のセンスもツボだ。
程なくしてバーミキュラ製品を使った実演が始まった。「このフライパンで調理すると、もやしが主役になりますよ」と笑顔で説明する店員さん。出来上がったもやし炒めに心を鷲掴みにされてしまった。「こんなにシャキシャキになるの!?」と、たった数十円のもやしのおいしさに、フライパンが欲しくなってしまう安上がりな私たち。その後も、ぷるんぷるんのふっくらとした出汁巻き卵が登場し、バーミキュラの実力を思い知らされた。さらに、これらの製品は何度でも修復できることも魅力。長年使うことでホーローが傷み、剥がれてしまったら、リペアプログラムでもう一度新品同様に生まれ変わることができるそう。決して安い買い物ではないが、いずれ必ず買うと心に決めた。問題はどの製品から手に入れるかだ。
もちろんランチもバーミキュラで。「ダインエリア」にあるレストランで中川運河を眺めながら、バーミキュラの世界観を満喫する。オーダーしたのは「バーミキュラ御膳」。ライスポッドで炊いたご飯や、無水調理された料理が所狭しと並ぶ。どれもシンプルながらも素材の力を引き出した驚きのおいしさ。「こんな食感のレンコン食べたことない」と、一口ずつじっくりと味わった。
食後は「バーミキュラポッドメイドベーカリー」へ。すべてのパンをバーミキュラで焼き上げるベーカリーカフェだ。ついついお土産に買い過ぎてしまったが、中はしっとり、外はパリッとした食感と芳醇な甘みのパンは、帰宅するなりあっという間に平らげた。
倒産寸前の町工場がつくった鋳物ホーロー鍋は、単なる調理器具を超え、ライフスタイルを豊かにする鍋となった。忙しい日々の中で、つい効率の良い食事に流されてしまいがちな現代人だが、この場所は「食べることを楽しむ」ことや「手料理と生きる」ことの大切さを思い出させてくれる。丁寧に生きること――それは特別なことではなく、食材や時間を丁寧に味わい大切にすることなのかもしれない。そんなことを思いながら、ビレッジのコンセプト通り、しっかり“最高のバーミキュラ体験”を堪能した。
◆VERMICULAR VILLAGE
住所:名古屋市中川区舟戸町4運河沿い
電話:052-355-6800(レストラン)、052-355-6801(ベーカリーカフェ)、052-746-3330(フラッグシップショップ)
運河沿いを散歩するのも心地良い
旅の余韻を、暮らしの中にしみ込ませて
やきものの温もりを感じながら歩いた常滑の街。最後に立ち寄ったのは小さなギャラリーだった。手に取るたびに、どんな料理を盛り付けようか想像が膨らむ器たち。コーヒー用の急須、小さな一輪挿し……どれも魅力的で、選ぶのが惜しいほど。そんな中、私たちが購入したのはおいしい水になるという「ウォーターボトル」。店員さんの話によると、常滑の土は鉄分が多く、遠赤外線効果で水をやわらかくしてくれるという。古くから甕(かめ)に水を溜めて使っていたのも、そんな理由があるのかもしれない。何気なく手にしたこのボトルが、まさか自然素材の浄水器だったとは。まろやかになった水が、毎日の食生活を少しずつ豊かにしてくれる気がした。
もう一度ゆっくり深く訪れたい旅だった
旅先で出会ったものが、暮らしの中にすっと馴染んでいく。実用的なもの、美しいもの、そして見ているだけで心が解けるもの。そんな「暮らしのスパイス」を少しずつ増やしながら、旅の記憶を育んでいくのもまた、私の楽しみのひとつなのだ。
またいつか、今度はもっと深く、ゆっくりと――。そんな思いを胸に、常滑をあとにした。