被災にも負けずそれぞれの道へ。2つの県を繋ぐはずだった鉄道の今をたどる【宮崎・熊本】

愛読書は時刻表、旅色LIKESライターの鉄道旅担当・なおです。今回、わたしは宮崎県高千穂町と熊本県南阿蘇地方を旅しました。両県を繋ぐ計画もあった鉄道は、夢に終わり、存在せず。今回は一部レンタカーで移動します。あれ、鉄道記事じゃなかったっけ? と思っているあなた、安心してください。しっかり鉄道も登場しますよ! この鉄道を追いかけることで、鉄道会社の強さや熱い思いも知ることができました。
目次
旅の始まりは宮崎県・延岡から
こんにちは、なおです。今回、わたしは宮崎県北部の延岡市に来ています。延岡駅は近年新たに建て替えられ、待合室のほかお土産店や蔦屋書店も入るスタイリッシュな複合施設に生まれ変わりました。夜は商業施設の灯りが神々しく輝き町に明るさをもたらします。こんな駅なら利用してみたいって思いますよね。今回の旅の目的地、高千穂町はここからバスで行くこともできますが、山を越えて熊本県にも行く予定ですのでレンタカーを利用することにします。
宮崎県と熊本県を結ぶはずだった鉄道計画

※国土地理院地図に鉄道路線を加筆
今回の旅のルートは、もともと国鉄が鉄道でひとつに繋ぐ計画をしていたところです。延岡駅から高千穂を経て県境を超え、熊本県の高森に出て南阿蘇を経由。豊肥本線の立野(たての)駅を結び、そのまま熊本駅まで乗り入れる計画でした。延岡駅側と立野駅側両側から工事が始まったのですが、延岡側は高千穂駅で、立野側は高森駅まで開業させた段階で工事がストップ。両線が繋がることはありませんでした。その後、両線とも民営化され延岡側は「高千穂鉄道」、熊本側は「南阿蘇鉄道」となりますが、高千穂鉄道は2005(平成17)年の台風で壊滅的な被害を受けて運転を休止。再開されないまま2008(平成20)年に廃止されました。一方の熊本側も2016(平成28)年、熊本地震で大きな被害を受けて長い間部分運転となっていましたが、こちらは2023(令和5)年に悲願の全線復旧を果たしています。
廃線跡を活用して復活した観光路線「高千穂あまてらす鉄道」
旧高千穂鉄道の終点、高千穂駅。
延岡市街から車で1時間ほど。旧高千穂鉄道の高千穂駅にやってきました。高千穂町側は台風被害が比較的少なかったことから廃止後、2010(平成22)年に観光路線「高千穂あまてらす鉄道」として、遊具という形ではありますが、一部区間でトロッコ列車を復活させました。高千穂駅はその発着点として今も機能しています。高千穂町は高千穂峡や天岩戸(あまのいわと)神社などの観光資源が豊富で観光客も多く、高千穂あまてらす鉄道に乗りに来る方も大勢集まり盛況です。
きっぷを購入してホームに入ります。ホームにはかつて高千穂鉄道で活躍していた車両もありましたが、今回乗るのは小さな機関車に引かれて走る小ぶりなトロッコ列車。正式名称は「グランドスーパーカート」です。機関車の後ろにはトロッコ車両が2両繋げられており、これに乗って旧高千穂線の線路の上を旅します。なお、本物の車両TR-202も2ヶ月に1度定期運転体験会があり、車両を動かす貴重な体験することも。
トロッコに多くの乗客を乗せて、いよいよ出発。高千穂あまてらす鉄道の運行区間は高千穂駅から高千穂鉄橋までの約5.1キロ。ゆっくりとしたスピードで神都・高千穂の町の中を走っていきます。12月初旬に訪れた時には、風も穏やかで好天に恵まれ、遅れ気味だった紅葉も楽しむことができました。運転士さんによれば、冬の雪に包まれた景色は絶景とのこと。ぜひ見たいところですが、鉄道は高いところも通り風も吹くと思うので防寒具は必須です。
トロッコは途中駅、天岩戸駅(乗降は不可)を過ぎるといよいよ最大のハイライト、高千穂鉄橋に進みます。高千穂鉄橋は、岩戸川の河底からの高さが約105メートルあり、鉄道橋として日本一の高さを誇っていました。トロッコはここでしばらく停車して、高千穂の雄大な自然を存分に満喫させてくれます。シャボン玉も吹いてくれてファンタジックな世界を演出してくれますよ。運転手さんが「高い方が苦手な方はガマンして下さーい」と呼びかけるように、高所恐怖症の方はしばらく辛抱が必要です。
高千穂はボートで真下まで行くことができる神秘の滝・真名井の滝のある高千穂峡や、毎晩神楽を楽しめる高千穂神社、天照大神がお隠れになった天岩戸のある天岩戸神社、その天照大神を表に出すためにどうしたらいいか神様が会議をしたといわれる天安河原(あまのやすかわら)など見どころが目白押しです。高千穂観光のひとつとして、高千穂あまてらす鉄道にも乗っていただき、橋梁の上から神が降り立ったといわれる高千穂の町を見下ろしてみてください。
◆高千穂あまてらす鉄道
住所:宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井1425-1
電話番号:0982-72-3216
営業時間:9:40~15:40 ※1日10便(臨時便あり、雨天・強風時運休)
定休日:第3木曜日
料金:高校生以上 2,000円 小・中学生 1,300円 未就学児 700円
旧高千穂鉄道のプラスワン情報~日之影温泉~
延岡から車で高千穂町に向かう途中、旧日之影温泉駅に立ち寄りました。駅のある日之影町は宮崎県北部の温泉地。駅の2階は温泉施設になっていて鉄道廃止後も営業を継続しています。また、廃線跡には使われなくなった車両2両を使った宿も営業中。1~4人用までバラエティに富んだ部屋を用意していて、非日常的な一夜を過ごすことができるそう。寝台列車もほとんどない昨今、次はぜひここに泊まってみたいと思いました。
◆日之影温泉駅
住所:宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折3235-5
電話番号:0982-87-2690
営業時間:12:00~20:30(21:00閉館)
定休日:月曜日(祝日の場合は営業)
料金:大人600円、中学生400円、小学生300円
◆TR列車の宿
住所:宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折3235-5
電話番号:0982-87-2600
予約受付時間:8:30~17:30
県境を越えて熊本県 南阿蘇鉄道の高森駅へ
高千穂に別れを告げて車で県境の山を越え、宮崎県から熊本県に入りました。本来であればこの山を越えて鉄道が繋がる予定だったのですが、夢と消えてしまいました。高千穂から約40分で高森町にある高森駅に到着します。ここは南阿蘇鉄道の終着駅。旧駅舎が熊本地震で被害を受けたこともあって駅を再建しました。駅舎とラウンジ棟とがあって両棟を回廊が繋ぎます。さらに芝生広場と一体となったプラットホームの向こうには、雄大な阿蘇の景色も望めるという贅沢な空間です。ずっとここにいたい、そう思わせる場所。見どころが多すぎてここだけで記事が一本書けそうです。
CMで話題になったあの駅へ
そんな魅力たっぷりの高森駅ですが、南阿蘇鉄道にはほかにもご紹介したい駅があります。まだ列車の発車まで時間があるので阿蘇の雄大な景色を眺めながら隣の駅まで歩きます。
高森駅から約15分ほど歩いて南阿蘇村の見晴台駅にやってきました。この景色、どこかで見たことがあると思った方はいませんか? 2016(平成28)年から2018(平成30)年までこの駅を舞台にキリン「午後の紅茶」のCMの撮影が行われました。2016年は、熊本地震があった年。甚大な被害を受けた熊本県や南阿蘇鉄道を活気づけようとこの地でロケが行われたのです。起用されたのは、俳優の上白石萌歌さん。2018年のCMではHYさんの「366日」をカバーしました。これが縁でかはわかりませんが、2025(令和7)年1月公開の映画「366日」の主演も彼女が務めるのだそう。
『ONE PIECE』の「サニー号トレイン」で阿蘇のカルデラを進む
見晴台駅に列車がやってきました。これから乗る列車は人気マンガ『ONE PIECE』で麦わら一味が乗る「サウザンド・サニー号」をモチーフにした列車です。筆者の尾田栄一郎さんは熊本市出身。その縁もあって阿蘇の復興を願ってタイアップが実現しました。車内や駅の至る所で『ONE PIECE』の世界に浸りながら阿蘇のカルデラの中を走る列車の旅を楽しむことができます。ファンなら一度は乗りたい列車。特に予約はいらず普通列車と同じ扱いで乗車できる太っ腹サービスです。
◆サニー号トレイン
運行区間:南阿蘇鉄道立野駅から高森駅
運行日:金土日曜の日中 ※1日3往復運転
運賃:普通運賃で乗車可能(立野駅から高森駅まで大人490円)
南阿蘇鉄道は、阿蘇山の噴火によって生じた凹地・カルデラの中を走ります。北側の車窓にはカルデラを生んだ中央火口丘のある阿蘇五山を、南側は凹地の外枠となる阿蘇の外輪山を見ることができます。まさに阿蘇山に囲まれた地形です。また、阿蘇地域は溶岩の亀裂を伝って流れてきた地下水が湧き出ていて、沿線でもこんこんと水の湧き出てくる場所がいくつも。南阿蘇鉄道では「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」や「南阿蘇白川水源駅」を設けるなど、ここが透明度の高い水が生まれる場所であることをPRしています。
列車の走る影が映る第一白川橋梁。白川の作る渓谷が美しい。
長陽(ちょうよう)駅から立野駅までの間で列車は高い橋梁を渡ります。これが第一白川橋梁。川からの高さは約60メートルで、先に紹介した旧高千穂鉄道の高千穂鉄橋ができるまでの間、この鉄橋が日本一の高さを誇っていました。今日一日でかつて日本一、二を争った鉄橋を2本とも渡れたことになります。国鉄時代にかけられた鉄橋は熊本地震で損傷し架け替えのため、南阿蘇鉄道は約7年もの間、この区間で不通に。2023(令和5)年7月15日にようやく全線復旧の晴れの日を迎えることができました。
見晴台駅から約28分で終点の立野駅に到着しました。この駅でJR豊肥本線との乗り換えができ、熊本、大分方面に向かうことができます。かつて国鉄は延岡からの列車をここに繋げ、熊本まで列車を直通させることを夢見ていました。今は連絡相手の高千穂線も廃線となってしまい叶わぬ夢となってしまっています。豊肥本線の立野駅は、現在列車が運行されている駅のなかでは、九州で唯一スイッチバック※1 して駅に入る形式です。こちらも乗りたかったのですが、折り返しの「サニー号トレイン」がすぐの発車のため、次回の楽しみとします。大分方面から立野駅に来る方はスイッチバックも楽しみにしてきてください。
※1 激しい高低差のある区間を往来するため、ある方向から反対方向へ鋭角的に進行方向を転換するジグザグに敷かれた鉄道のこと。
おわりに
立野駅から再び「サニー号トレイン」に乗車して高森駅に戻ります。ここから車で山を越え宮崎県に入り、延岡に戻って今回の旅を終えました。かつて宮崎県と熊本県を結ぶ計画で作られた2つの鉄路。国鉄から民営化された後は、双方とも大きな災害を経験し、苦難の歴史を歩むこととなりました。それでも高千穂線は観光路線として一部ですが復活し、南阿蘇鉄道は長い不通期間を経たのち見事に全線復旧しています。歩む道は別々になってしまいましたが、かつては結ばれようとしていた2つの路線が逞しく今を生き続けている。そんな視点で見ていただけると鉄道旅もより奥深いものになるのではないかと思いました。