【茨城県】いいとこ境町! 財政危機から大躍進した遊ぶも良し、住むも良しの注目の町を旅する
東京駅から高速バスでおよそ90分。町内に駅がない鉄道空白地帯として過疎化の一途を辿っていた、茨城県西端にある境町をご存知だろうか? 名前の通り、茨城県・埼玉県・千葉県の県境にあり、人口は約2万4,000人の小さな町だ。私の祖父母が住んでおり幼少期に数カ月間過ごしたことがある、私にとっては田舎といえばここという場所。久しぶりに訪れた私の田舎を、セレクトショップ出自のユナイテッドアローズ(以下UA)が“町の応援団”としてプロデュース。新たな地域共創モデルで、町の魅力を町内外に発信していた。
目次
掴んだら離さない!? 敏腕町長が仕掛けるさまざまな取り組み
建築家・隈研吾氏が新たにデザインした町の観光案内所「ユナイテッドアローズ スタンド」。“U”をモチーフにしたベンチが目をひく。毎週末、道の駅さかいに設置。店舗は移動式のため、境町の魅力発信に向け全国を巡回予定
境町には祖父母の家があり、数カ月だけ親元を離れ、幼少期をここで過ごしたことがある。祖父母が他界するまでは毎年訪れていた。「最近よくメディアで取り上げられてるね」、「おもしろい取組みがあったり、おしゃれなお店ができたり注目されてるみたい」、「町長が敏腕らしいよ」なんて会話を親戚たちとしていたのは何年くらい前だろうか。まさかその敏腕町長にお会いする日が来るとは思わなかった。実際にお会いして数々の取り組みや考えを聞く機会に恵まれ、大いに刺激を受けた。
UAが町をプロデュース
10年前まではいつ財政破綻してもおかしくなかった境町を変えたのが現町長の橋本正裕氏。ふるさと納税制度の拡充に注目し、数々の人気返礼品を生み出してきた。その取り組みが実を結び、2013年度6万5000円だったふるさと納税の受け入れ額が、2022年度には、59億5300万円と、ふるさと納税寄付額7年連続関東No.1、「住みたい⽥舎」北関東ランキング1位など、注⽬を集めるようになった境町だが、まだまだ知名度は低い。町として変化を恐れずにさまざまな取り組みを行う境町と、その創生力に共感したUAがタッグを組んだ。UAは衣食住の多方面から包括的に町をブランディング。町の広報誌、グッズ、観光案内所、ふるさと納税の返礼品、小・中学校の体操服をプロデュースした。ほかにも建築家の隈研吾氏が設計した施設数が全国1位、2020年に開催された東京オリンピックで使用された大型施設が移設されるなど、更なる注目を集めている。
小さな町がUAとコラボレーションするきっかけは何だったのか。両者を結びつけたのは石川県の化学素材メーカーである「小松マテーレ」だ。同社は長年にわたり境町に建材を納入、アパレル業界にもパイプがあり、生地の納品先のひとつがUAだった。当初はふるさと納税返礼品での協業を目指していたが、その話が町全体のプロデュースに発展した。UAにとってもこれは初の試み。アパレルの印象が強い同社だが、実はお酒のセレクトやマンションの内装も手がける部門があるなど、幅広い事業を展開している。セレクトショップ出自のUAが35年培ってきた“セレクト編集力”を活かし、町のヒト・モノ・ウツワ・コトの新しい魅力を編集提案していくそうだ。
境町長・橋本正裕氏は町長というよりベンチャー企業社長のような雰囲気。町職員曰く“掴んだら離さない”人
ネックだった交通の便
町に鉄道はない。隣県である埼玉県の最寄り駅(東武動物公園駅)からバスで1時間弱。今でも親戚がそろう場所といったらこの町なのだが、足が遠のいていた理由は交通の便の悪さだ。ペーパードライバーの私には、直線距離の割に行くのが大変。町内の移動にも車は欠かせない。だが町へのアクセス、町内の移動手段も改善されてきている。東京駅から高速バスが1日8便運行し、所要時間は90分ほど。UAオリジナルデザインのバスも走る。境町は自動運転バスを所有しており、毎日2台運行しているので、町内の移動も便利になった。無料で乗車でき、高齢者の通院などにも重宝されている。夜間の代行運転にも使用する展望があるそうだ。自動運転バスにより、旧商店街の路上駐車がなくなったり、バスがペースメーカーになることで速度も守られるようになったりと、嬉しい変化もみられる。町民の理解によって走ることができるバスだ。欲を言えば、町の中心部のみではなく、もう少し全体を網羅できると個人的には嬉しい。
いつの間にか、干し芋の町に
ふるさと納税の寄付金額は7年連続関東1位の境町。中でも人気の返礼品は干し芋だ。だが、私には違和感があった。農業は盛んではあるけれど、さつま芋が町の特産品だという認識はないし、昔は干し芋を売っている場所もさほどなかったと記憶している。それもそのはず、干し芋は戦略的に返礼品として近年開発されたものだったのだ。地域の農産物を売り物にするという発想ではなく、季節を問わず売れる、ブランドになる商品を作ることを念頭にリサーチ。干し芋が売れることがわかったので町内に工場を建て、地域の農家さんに栽培を依頼し、それを買い上げて工場で加工する。売れるものを作っているので、当然ふるさと納税での寄付は集まる。生産した芋を町が買い取ってくれるため、農家さんも安心して栽培可能。工場での雇用も生まれ、利益収入で建設コストも償却、町民への還元もできるという。食用できない部分は梅山豚の飼料となりSDGsにも配慮。観光スポットにもなっている生産工場「S-Lab」は隈研吾氏の設計で、干し芋やワインを特産品として育むための研究開発施設であるほか、通学路のため子どもたちが日常的に社会科見学できる一面も。町が稼ぐ仕組みを構築していた。
町には干し芋専門のカフェ「ほしいもの百貨(HOSHIIMONO 100 Cafe)」もあり、こちらも隈氏の設計。干し芋に合うコーヒー、プリンなどの加工品のほか、掘りたての生芋や雑貨も扱う。おすすめは丸干しされた干し芋。平干しに比べて厚い分、乾燥期間が2~3倍かかり、生産量はごくわずか。県外にはほぼ出回らないとのことだったので、私もお土産に購入した。甘さと柔らかさ、内側のねっとりした食感は平干しの干し芋とは一線を画す衝撃。丸干しの凝縮されたおいしさを知っているので、地元の人はこれしか食べないのだとか。
◆ほしいもの百貨(HOSHIIMONO 100 Cafe)
住所:茨城県猿島郡境町1466番地2
電話:0280-33-3118
境町の注目スポットをご紹介
私のお気に入り「モンテネグロ会館(TEAISM)」
幕末にペリーが来航した際に境出身の関宿藩士とアルゼンチン人船員が交流したことから、1937年に建築されたモンテネグロ会館。もともと地域の青年研修所だった建物を隈研吾氏の設計でリノベーションし、町とアルゼンチン共和国の交流資料を展示するギャラリーとカフェになった。カフェには境町で緑茶(さしま茶)や和紅茶を生産する長野園の直営店「TEAISM」が入っている。民間カフェを誘致することで、町の維持管理費をゼロにする仕組みだ。
心地よい雰囲気のカフェでは和紅茶の飲み比べを体験してきた。私のお気に入りの茶葉は「貴婦人」。バラを連想させる華やかな味わいの中に清涼感も感じられる、香り高いお茶だ。TEAISMは有名な茶専門店「ルピシア」や数々の一流ホテルでも提供されている。お茶の飲み比べ体験は外国人にも大変喜ばれているそう。
世界的建築家・隈研吾氏の建築が8カ所点在
前述の「モンテネグロ会館」や「ほしいもの百貨(HOSHIIMONO 100 Cafe)」のほかにも、町には隈研吾氏の建築が8カ所あり、自治体としては全国1位の数を誇る。なぜこの小さな町に有名建築家の作品があるのか。隈氏と境町の繋がりも石川県の化学素材メーカー「小松マテーレ」がきっかけだ。同社の新社屋発表に隈氏が来ており、2015年の関東豪雨で被害のあった境町が防災について相談したのが出会いだという。やはりここでも「町長は“掴んだら離さない”から」と職員さん。隈氏も「民間企業並みのスピードで意思決定してくれるので境町の仕事は面白い」と付き合いが続いており、2018年開業の「さかいサンド」を皮切りに、毎年1棟ずつ施設が増えている。そのスピード感の裏には「美術館を作ろう!」と先に箱だけ作ってしまい、展示するものを考えていなかったというクスッとしてしまうエピソードも。後から町にゆかりのある芸術家がいないかと探したのだとか。そこで見つけたのが晩年を境町で過ごした孤高の画家と呼ばれる“粛粲寶(しゅくさんぽう)”。「S-Gallery(粛粲寶美術館)」では、彼が生涯を通して制作した美術品を展示している。
アーティストの仕事が見える通学路
遊休施設となっていた旧法務局を再利用した「S-START UP さかい創業支援センター」にはチャレンジキッチンやシェアオフィスと共に、境町在住のアーティスト・内海聖史氏の「画家のアトリエ」がある。内海氏の作品は虎ノ門ヒルズやパレスホテルにも展示されている、パブリックな環境で見るアート。町長から「町にアート文化が感じられる場所が欲しい」と言われたそうで、「動物園で動物の生態が見られるように、文化的にも“動く施設”でアーティストの仕事を環境ごと展示して、通学中の子どもたちに見せられたら」と話す。「境町は空が広く、利根川の土手の景色が好き。関東平野の真ん中なので、遠くから雲がやってくるんです」と語る姿が印象的だった。
アーバンスポーツにも注目
BMXやスケートボード、インラインスケートなどを体験できる「境町アーバンスポーツパーク」も2021年にオープン。2025年にはワールドカップも予定されている。この施設は東京オリンピックのBMXフリースタイル競技で実際に使用されたコースを移設したもの。オリンピックレガシーの発信施設も隣接している。
世界で活躍する選手のデモンストレーションを拝見できた。初めて間近で見る技の数々に大興奮。取材したお二人は「ここまでのスケートパークは全国で見渡してもほかにない」、「雨・風が大敵のスポーツなので、全天候型の施設は貴重」と話す。練習映像をSNSにアップすると、すぐに世界中の選手から「どこの施設?」と問い合わせが来るのだとか。世界チャンピオンでもある安床氏は、兵庫県に自分のパークがあるにもかかわらず、ここで指導したいという思いで移住を決めたそう。一流の施設でトップ選手の指導を受けられる環境を目当てに移住する若いアスリートも増えている。また、地域の子どもたちに向けたスケートスクールも人気を集めており、アーバンスポーツの敷居を下げるのに一役買っているようだ。「地元の子どもたちはライフスタイルの中にスケートが溶け込んで楽しんでいる。上達が早くてびっくりしている」と話してくれた。このエリアにはオリンピック基準を満たしたテニスコートやホッケー場、人工サーフィンを楽しめる施設も集まっている。
グランピングも楽しめる
「境町アーバンスポーツパーク」の近隣にはハワイをテーマにしたグランピング施設「ALOHA GRAMPING RESORT SAKAI」がある。境町はハワイ州ホノルル市と姉妹都市。ここも町が所有する施設で、町民は半額で利用できる。町が建物を建て、民間企業が運営することで町に家賃収入を得られるのだそう。グランピングコテージは大屋根の開放的な室内スペースで、ハワイアンテイストのインテリアが施されている。木々に囲まれたコテージでのんびり過ごすのも良さそう。敷地内には焚き火スペースやドッグラン、サウナも完備されており、近隣にはハワイをテーマにしたカフェもある。
“いいとこ境町〜”は帰りたくなる故郷
“い〜い〜と〜こ〜さかいまち〜……”と、「道の駅さかい」では松平健さんが歌う境町応援ソング『いいとこ境町』が流れている。じわじわと脳内に浸透していき、店を出るころには頭から離れなくなっていた。これも“掴んだら離さない”橋本町長が飲み屋で会った健さんに直々にお願いしたのだとか。ちなみに健さんは特に境町にゆかりがあるわけではないそう。チャンスをモノにするパワー、是非ともあやかりたい。
私がかつてこの町で経験した思い出は、田舎らしいものばかり。カブトムシをたくさん捕まえたり、蛇が怖くて逃げ回ったり、梨や葡萄の収穫をしたり、米の精米を手伝ったり。町の中心部は急速に変化したようにも見えるが、まだまだ自然もたくさん残っている。この町で育った子どもたちは、きっと自慢に思うものがいくつもできていくことだろう。これからは一度離れたとしても帰ってきたくなる、そんな町になっていくのではないだろうか。正直なところ、何もない町だと思っていた。でも何もないなら作ればいい、本当にその通りだ。自治体とは思えないスピード感でチャレンジを続けている境町。これからも注目を集めるだろう。