“ヘリテージツーリズム”はいいぞ。映画『フラガール』の聖地・常盤炭鉱跡を見学してきた

近年、「○○ツーリズム」と呼ばれる、目的やテーマを具体的に決める旅が流行っていますが、その中でも「ヘリテージツーリズム」を知っていますか? 産業遺産(※1)を素材として、周辺地域の産業・技術・生活文化を学ぶツーリズムのことです。今回は旅色LIKESメンバーのさくやさんが、映画『フラガール』の舞台である「常盤炭鉱跡」で行われているヘリテージツアーの魅力を教えてくれました。
※1 産業遺産:ある時代においてその地域に根付いていた産業の姿を伝える遺物、遺構、遺跡のこと。
目次
ヘリテージツアー参加のきっかけ
以前、炭鉱引込線(※2)の跡を追いかけたことがきっかけで興味が湧いた「常磐炭鉱跡」。ここはいわき市炭鉱町を舞台にフラダンスショーを成功させるために奮闘した人々の実話を映画化した『フラガール』のロケ地でもあります。今回、18きっぷで常磐線を利用する機会があったため、見学してみることにしました。そもそも常磐線は、常磐炭田の石炭を東京へ運び込むために敷かれた路線が始まりです。常磐線から各地の炭鉱へ延びていた引込線は、もう半世紀以上も経ってしまったので影も形も消えてしまいました。しかし最近、産業遺産(ヘリテージ)を後世に伝えていこう、という流れが全国で広まりつつあります。ここいわきでも、遺産を巡る「ヘリテージツアー」がいわきヘリテージツーリズム協会主催で行われているため、参加してきました。なお、公式サイトから直接申し込むと、参加者の時間や希望に合わせてツアー内容をカスタマイズしていただけるそうです。
※2 引込線:鉄道の主要線路から分かれ、駅構内の特定の場所や工場などへ引き込まれた線路のこと。
ガイドさんから聞いた、温泉地にある炭鉱ならではの悩み
ツアーの待ち合わせ場所は、湯本駅より徒歩約10分のところにある「いわき市石炭・化石館 ほるる」です。まずは、一日の散策内容や湯本地区にあった炭鉱の特徴についての軽い説明から。このエリアは「いわき湯本温泉」が湧いているため、坑内温度40~50度もあったとされ、作業が難しかったそう。そんな鉱山跡地周辺をぐるりと回りながら、当時の様子や坑道口跡などを見学していきます。炭鉱の話のときに、ふと疑問が湧きました。
私: 「炭鉱の選炭(※3)作業では地下水を大量に利用すると思うのですが、ここの場合は温泉がそれに当たると思います。地元の温泉組合とは対立しなかったのですか?」
ガイドさん: 「その通りです。炭鉱で汲み上げてしまった結果、温泉が出なくなったため対立していました」
あ、やっぱりかぁ(汗)。いわき湯元温泉は源泉が一つしかなく、常磐炭鉱との協議を重ねた結果、炭鉱側が一括管理し各旅館へ供給することになったそうです。ちなみに、地元の有名観光地「スパリゾートハワイアンズ」内でもこの源泉が使われています。
※3 選炭:地中から揚げられた石炭に混じった不純物(ズリ)を取り除き、品質別に選別すること。
本ツアーの醍醐味 炭鉱の名残を目で見て、感じる
ほるるから道路を挟んだ向かい側には当時の炭住(炭鉱者住宅)だった「八仙アパート」がありました。今もお住まいの方がいらっしゃるとのこと。その近くには病院、通りにプールやテニスコートの跡地も。さらに奥には炭鉱の安全を祈念する「湯本山神社」もあります。そしてこの先には仕事場であった炭鉱がありました。実際に歩いてみると、職住近接の理想的な配置に驚かされます。
住宅地区からしばらく歩いた先に坑道跡が見えてきます。ちょうど常磐線を囲むように坑道があり、それぞれの炭鉱から引込線が敷かれ、石炭が東京方面へ運ばれていきました。なお、ほるるでは現存された坑口(※4)を見学できます。ここは戦後、昭和天皇が坑内で働く炭鉱夫のもとへ行幸(※5)された際に使用した入口だそう。ちなみに、炭鉱口は一つの炭鉱に二つあり、一つは石炭を運び出すため、もう一つは炭鉱夫が出入りするためのものなのだとか。
※4 坑口(こうこう):人口の鉱坑、道路、鉄道、水路等が地下に出入りする部分および自然に形成された穴の入口のこと。
※5 行幸(ぎょうこう):天皇が外出されること。
この後はいくつかある坑道口や、当時からある常磐炭鉱の事務所などを見学します。当時の写真を見ながら現在の様子と見比べ質問していく流れです。写真と並べてみることで、本当に当時と変わらないんだなと分かり、より興味が湧いてきました。道中、ガイドさんに「引込線跡を追いかけたことがある」と話していたおかげで、狭軌(※6)が残っている箇所を教えてもらいながらゴール地点である選炭場跡地へ進んでいきました。ここは現在、遊水地として川の氾濫を防ぐための施設になっています。常磐線の線路沿いにあり、このまま東京までスムーズに輸送できる位置です。前述のとおり、選炭時は温泉を使っていたため、近くの川に放水する場所は地元民の公衆浴場のようになっていたそうです。ちなみに、囲いがないところで女性が入浴していると噂を聞きつけた人たちが常磐線に乗って見に来たなんて話もあるそう。
※6 狭軌(きょうき):鉄道線路の軌間が標準軌間より狭いもの。
ガイドさんの心意気に感謝。特別に見せてもらった産業遺産たち
最後に、「いわき市石炭・化石館 ほるる」の近くにある「西部斜坑石炭積出坑口」を見てツアーは終了。ここは当初、ほるるの施設内から見学できるように整備される予定でしたが、坑内の強度に問題があり断念したそう。ツアー終了後もガイドさんと話が弾みすぎて、ご厚意で「みろく沢炭鉱資料館」と「常磐炭礦内郷礦 住吉一坑跡」を特別に見学させてもらいました。
「みろく沢炭鉱資料館」は、かつて炭鉱で働いていた方が長年に渡り、炭鉱関係用具・資料を収集したものを展示している個人資料館です。こちらでは石炭の層が露出している場所を見せてもらったり、実際に使用していたトロッコを動かしてもらったり、と至れり尽くせりでした。また、「常磐炭礦内郷礦 住吉一坑跡」は普段は公開されていない場所で、常磐炭田で最大最新設備を誇った選炭工場跡です。こちらでは内郷の石炭積み込み場や引込線の橋脚など、今でも残っていることが奇跡に近いものを間近で見せてもらいました。こんな機会を頂き感謝しかありません……。雑草が生い茂っていない冬場の再訪を考えつつ、ほるるに戻って炭鉱について復習をして、旅を終えることにしました。
◆みろく沢炭鉱資料館
住所:福島県いわき市内郷白水町広畑223
電話番号:0246-26-6282
※要問合せの上、見学
◆西部斜坑石炭積出坑口
住所:福島県いわき市内郷高坂町立野
大人も子どももじっくり学べる「いわき市石炭・化石館 ほるる」
この施設は2階建て、1階には常磐炭田にまつわる展示だけでなく、市内で発見されたフタバスズキリュウをはじめとする貴重な化石なども展示されています。そのため、お子さん連れの方も多いのですが、2階へ上がってから地下へ降りる炭鉱の展示室は打って変わって静か。その展示方法もとても凝っていて、最初のエレベーターからやられました。順路は坑道そのものになっていて、時代を追いかけながら掘削技術などの展示が続きます。順路を辿れば、坑道を支えるさまざまな手法も手に取るように分かります。大人も子どもも、それぞれ学びたいことが深く学べる場所だったので、今回の旅の発着所にぴったりでした。
◆いわき市石炭・化石館 ほるる
住所:福島県いわき市常磐湯本町向田3-1
電話番号:0246-42-3155
営業時間:9:00~17:00 ※最終入館16:30
定休日:第3火曜日(第三火曜日が祝日・振替休日の場合は翌日)、1月1日
料金:一般660円、中・高・大学生440円、小学生330円
おわりに

“ヘリテージツーリズム”はいいぞ
鉱山の閉山とは「すべての施設を閉鎖するだけでなく、何もなかったように整備し、次の施設が使用できるようにすること」だそうです。しかし、常磐炭鉱を中心に、近代から現在へ時代を目まぐるしく駆け抜けたこの地域の遺構は、今後も大切に保存し語り継ぐべき場所だな、と思った濃い一日でした。次回は再度ツアーに参加しつつ湯本温泉郷に泊まり、『フラガール』のロケ地巡りもしたいと思います。
◆この記事を書いたメンバー

さくやさん(7期生)
隙あらば散歩をしています。ワイナリー、ブリュワリー、酒蔵のはしごが好きな酒飲みです。