これが私の故郷だ。ニューヨーク・タイムズ紙「2024年に行くべき52カ所」に選ばれた山口市の湯田温泉を巡る

ニューヨーク・タイムズ紙が「2024年に行くべき52ヵ所」の3位に山口県山口市を選出しました。そんな山口市を故郷にもつ旅色LIKESメンバーのふみこさん。山口県を代表する観光地である市内の湯田温泉を、地元民ならではの情報を交えながら、同市出身の詩人・中原中也の詩に思いを馳せながら、その魅力に改めて迫ります。
目次
これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
心置(こころおき)なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云(い)う
(中原中也「帰郷」(詩集「山羊の歌」より)
これが私の故郷だ。この街にある湯田小学校に通っていた。地方のどこにでもある日本の日常の風景が、ニューヨーク・タイムズ紙に取り上げられるなんて思ってもいなかった。ランドセルを背負った少女・ふみこに教えてあげたい。あなたの故郷は、その日常は、何ものにも変え難いものだと。
中原中也記念館で詩の世界に浸る

平成10年、公共建築百選に選ばれたコンクリート打ちっぱなしの壁
中原中也は昭和初期の詩人。NHKの「にほんごであそぼ」で取り上げられた「サーカス」の一節「ゆあーん、ゆおーん、ゆやゆよん」のように、印象的でノスタルジックな表現が心に残る。30才で夭折。何者かになろうと生き急いでいるような、なんとなく物悲しい詩が、年を重ねれば重ねるほどしっくりしてくるのはなぜだろう。記念館は中也の生家跡にある。吹き抜けに外からの光が入る広々とした空間で、詩集だけでは知り得なかった生い立ちなどをゆっくりと味わうことができる。

記念館の入り口には中也の代表的なフレーズのプレートが並ぶ。私が好きなのは「汚れちまった悲しみに……」。悲しみが擬人化されていて、少女ふみこは何か辛いことがあると、これを読みながら悲しみに浸っていた。歳を重ねた今は、小雪が降り積もって真っ白な景色になれば、悲しみを抱えたまま先に進めるかも。という解釈をするようになってきた。おばちゃんの図々しさかな。
◆中原中也記念館
住所:山口市湯田温泉1-11-21
電話:083-932-6430
営業時間:[5月~10月]9:00~18:00(入館は17:30まで)[11月~4月]9:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日:月曜日(祝祭日の場合は翌日)、毎月最終火曜日、年末年始、その他展示替え期間などの臨時休館の場合あり
巨大な白狐の像がお出迎え。白狐の湯・湯田温泉
湯田温泉駅を降りると、巨大な白狐の像が迎えてくれる。湯田温泉は白狐が見つけた温泉地。ケガをした一匹の白狐が、毎晩傷ついた足を浸していた。実はそこが温泉だったのだ。温泉で傷を治し、紀伊の熊野三所権現がお祀りしてある権現山に帰ったという逸話に基づく。権現山は湯田小学校の裏手にある小高い山だ。ニューヨーク・タイムズ紙にはコンパクトな街と紹介されたが、逸話の舞台もコンパクトだ。アルカリ性単純温泉で美肌はもちろん、神経痛や関節痛にも効くのだそう。
湯田温泉は1日に2,000トンもの温泉が湧くほど湯量が豊富で、街には無料の足湯が6カ所もある。足湯はもとい街のあちこちに白狐がおいでだ。湯田温泉MAPに沿って足湯ホッピングへ。
足湯に浸かりながら電車を待つ? 「湯田温泉駅前」【足湯1】

電車の時間と進行方向を調べてパシャリ。撮り鉄でなくてもカメラ好きはワクワク
まずはJR山口線湯田温泉駅横にある足湯へ。山口線は単線で、電車は1時間に1本程度やってくる。電車待ちのお客さんが足湯で、ゆっくり待ち時間を楽しんでいる。湯田温泉駅ならではの風景。以前、待ち時間で足湯をしていると、近所のおばあちゃんたちに話しかけられた。「どっから来たん?」「一人暮らしの母が待っとるけ~里帰りなんよ」「親孝行やねえ。ええ子や」など、世間話をするのも楽しい。また、撮り鉄には嬉しいスポット。電車に足湯を楽しむ人を入れた構図がたまらない。土日にはSLやまぐち号が通る。それを狙うのもあり。
明治の元勲・井上馨の生家跡にある「井上公園」【足湯2】

園内には井上馨の兄が家を増築して建てた「何遠亭(かえんてい)」を再現した平屋なども
幕末の志士で初代外務大臣を務め、“外交の父”と言われる井上馨の生家跡につくられた公園。湯田温泉ならではの白い狐の形をした遊具などがあり、休日は親子連れも足湯を楽しんでいる。春に行われる湯田温泉白狐まつりには、ここに屋台が立ち並ぶ。少女ふみこは毎年このお祭りを楽しみにしていた。お祭りののろしの音が聞こえると、いてもたってもいられず、お小遣いをにぎりしめて井上公園へ走って行ったものだ。
◆井上公園
住所:山口市湯田温泉2-5
わかりやすい立地。まずはここから。「観光案内所前」【足湯3】

併設する飲泉場で「湯田温泉」の湯を味わうこともできる
バス通りに面した観光案内所横、言わば、湯田温泉のメインストリートにある足湯。観光マップ等の湯田温泉の情報はここで入手できる。今日も常連さんが足湯を楽しんでいた。
◆湯田温泉観光案内所
住所:山口市湯田温泉2-1-23
電話:083-901-0150
営業時間:9:00~18:00
一杯ひっかけた後に立ち寄りたい「湯の町通り」【足湯4】

簡易脱衣場が併設されている
帰省すると友人達とこの辺りで一杯やるのが恒例。湯の町通りは飲み屋さんが集まる場所にある。酔っ払った状態でお風呂に入るのは心臓に悪いけど、足湯ならオッケー。22:00までなので深酒したら終わっているけど。旅色で紹介された「くずし割烹 佑」もこの通りにある。
◆湯の町通り
住所:山口市湯田温泉1-10
風情ある「湯の香通り」【足湯5】

タイマーで自分を撮ってみた。インスタ映えしたか……?
幕末の志士達が入浴した「維新の湯」で有名な老舗「松田屋ホテル」横の風情ある通りにある。湯田温泉で一番大きな足湯。観光パンフレットの浴衣姿のお姉さんたちが足湯を楽しんでいる写真は、ほぼここで撮影されている。インスタ映えならここ。夜になると浴衣で下駄姿の観光客がカランコロンとやって来る。観光地、湯田温泉を感じる場所だ。
◆湯の香通り
住所:山口市湯田温泉3丁目
ほかの足湯と離れた住宅地に出現「サンフレッシュ山口」【足湯6】

足湯が生活の一部になっている
母校である湯田小学校の前を通って、住宅地にある足湯へ。夕方になると近所の方々が座布団を持って集まってきた。「山口がニューヨーク・タイムズに紹介されて、たまげたいね(驚いた)」、「ここに外国人が来たらど〜しょうかい(どうしよう)」と普段の会話が聞こえてくる。併設された体育館にバスケットボールを持った子どもたちが集まって来た。先ほどお話ししていたおばあちゃんはお孫さんの練習が終わるまで、足湯をしながら待っているそう。
◆サンフレッシュ山口
住所:山口市湯田温泉5-5-22山口勤労者総合福祉センター
電話:083-933-0001
新しい施設にも足湯が。「湯田温泉観光回遊拠点施設 狐の足あと」
休憩がてら立ち寄った中原中也記念館向かいの複合施設。カフェではコーヒーやスイーツを足湯(有料)とともに楽しめる。濃厚な秋川牧園たまご村プリンを食べながら、足湯。観光情報など、湯田温泉の情報を入手できる。
◆湯田温泉観光回遊拠点施設 狐の足あと
住所:山口市湯田温泉2‐1‐3
電話:083‐921‐8818
営業時間:8:00~22:00
定休日:無休
湯田の街にある古民家「CAFE LAWAKU」で一服

オーナーさんとインバウンド話が弾んで、つい、長居をしてしまった
湯田温泉駅からバス通りに向かう途中の住宅街にあるのは、古民家「CAFE LAWAKU(ラワク)」。玄関で靴を脱いで座敷に上がると、畳の部屋にちゃぶ台と座布団が。床の間には掛け軸が飾られている。どこか懐かしい空間で、居心地がいい。ここで練り切りと抹茶をいただいた。あじさいの練り切りの色は赤カブと紫芋で着色。素材にもこだわった手作りだ。
オーナーによると、ニューヨーク・タイムズ紙の影響で外国人観光客も増えつつあるとか。湯田温泉においてインバウンドのキーワードは「日本を独り占めできる空間」とのこと。湯田はまだまだ外国人が少なく、地元の人たちも外国人に慣れていない。ここに来たら日本ならではの日常に身を置くことができるそう。湯田の街を着物や作務衣を着て歩いてAuthentic(本物)の日本を楽しむ。そのため、あえて最初の挨拶は普段の山口弁で話しかけているとか。
山口を世界の人に知ってほしい。でも、この日常はいつまでも続いてほしい。それが山口、湯田温泉の最大の魅力だからと、心の底から思った。
◆CAFE LAWAKU
住所:山口市下市町13-45
電話:083-902-6454
営業時間:平日9:30~16:00、土日祝9:30~17:00
これが私の故郷だ
実家から歩くこと約10分。吉敷川沿いの田んぼの中に、中原中也のお墓がある。おてんばの少女ふみこは稲刈りが終わった田んぼで友だちと鬼ごっこをしていると、「中原中也のお墓はどこですか?」とリュックを背負った大人に聞かれたものだ。昭和初期の詩ではあるが、現代人の心にも響くものがある。本棚の中也の詩集をそっと開き、言葉を噛みしめたい夜もある。今もそんな人が訪ねて来るのだろうか。お墓にはお酒やお花が供えてあった。
これが私の故郷。山が迫りくる盆地に川が流れる。中也もこの風景を見ていたのかもしれない。「ああ、おまえはなにをしてきたのだ」と問われると、何者にもなれていない私だが、普通の生活が何よりも幸せだと言える年齢になった。こんな普通の場所を世界の人に味わってもらえるなら……ニューヨーク・タイムズの記事をきっかけに強く思う。
ロサンゼルスに住む友人、スティーブとミシェルからメッセージが届いた。「日本への旅行を計画中。決まったらニューヨーク・タイムズに載っていた山口市に行きたいんだけど」。私は「絶対に来て。私がガイドするから。私の故郷だから」と返事をした。
◆この記事を書いたメンバー

ふみこさん(7期生)
山口県出身。神奈川県在住。 平日は会社員。週末は全国通訳案内士(英語)。東京を中心に外国人ゲストのガイドをしています。史子の名前のとおり歴史好き。料理、編み物、ウォーキング、カメラ、着物も好き。地元の方と交流できる旅を楽しみたいと思っています。