日本5大家具生産地で理想の暮らしを見つけた旭川・美瑛の旅【北海道】
旅色LIKESライター・リリのフォトエッセイ。今回は北海道の美瑛・旭川の旅。雄大な自然と受け継がれる確かな技術力、国際的に評価されるデザインを強みとして、旭川は日本5大家具生産地のひとつとして数えられている。そんな旭川で行われるイベントでの理想の家具とデザイントレンドを探す旅。そして、旭川に程近い美瑛の唯一無二の宿で垣間見た理想の暮らし。泊まるように暮らし、暮らすように旅をしたい私のこれからの人生に大きなヒントをくれた。
目次
静寂の朝に見た心地良い風景
朝、予定よりかなり早く目覚めてしまった。まだ4時半か……。カーテンの隙間から外を見ると、ちょうど朝日が昇り始めるところだった。まだまだ寝足りない身体を起こし、急いでカメラを手に取る。みんなが寝息を立てている中、寝室をそっと抜け出して多目的ルームへ向かう。すると窓の外は、雨上がりの青々とした緑、丘から顔を覗かせた太陽が輝いていた。
――外に行かなきゃ。
眠気や肌寒さより、撮りたいという写欲が勝っていた。サンダルが雨に濡れた草むらに触れ、キュッと鳴る。道路の向こうは霧がかかっていて、まるで木々が呼吸しているかのよう。朝の澄んだ空気、鳥のさえずり、穏やかな風の音。自然の音しか聞こえない豊かな緑を感じるこの空間に、理想の暮らしを見た気がした。私は都市部での生活が好きだと思っていたけれど、本当は自然豊かな場所が理想なのかもしれない。利便性という立地で選んだ東京の家も、窓を開けるとひっきりなしに聞こえる電車や工事の音に現実を突きつけられ、わずかながらもストレスになっているのだと気付く。朝露に濡れた植物たちはいっそう生命力を増し、みずみずしく、生き生きとしているように見えた。私も自然の中に暮らしたら、もっとのびのびとできるのだろうか。
ひととおり朝の庭を撮り終えて、宿へ戻る。まだ誰もいない室内の静寂と、それを照らす陽の光、そして影。少しずつ光が差し込む何とも言えない美しい時間だった。私しか知らない、私だけが見て感じることができた光景を心に焼きつける。この時間に起きるべくして起こされた、そんな気がしていた。
朝の静けさと清々しさは屋外も室内も心地良かった。誰もいないダイニングキッチンにいると、楽しかった昨日の余韻、これから始まる新しい一日、ここで過ごした何組ものお客さんの姿……さまざまな光景が次々と目に浮かび、想像力を掻き立てる。ここにいるだけでクリエイティブな力が沸き立つかのよう。これほどまで物語性を強く感じた瞬間は、今まで経験したことがなかった。なんだか心が満たされたので、もう一度ベッドに潜り込む。再び目を覚ますと、キッチンから小気味良い包丁の音とパンが焼ける香ばしい匂いが広がっていた。
素敵な宿と理想のごはん
気持ちの良い朝を迎えた宿は、1日1組限定の「かまいたい宿 ONE and ONLY」。美瑛では有名な写真スポット「赤い屋根の家」の近くに佇む。オープンして1年足らずなのに既に二度目の滞在。私はすっかり虜だ。宿の雰囲気、おいしく健康的な食事、ラベンダーが香るサウナ、美瑛の丘の風景、付かず離れずの距離感でかまってくれるオーナー夫妻の人柄に、訪れる人はたちまちファンになってしまう。最初の訪問はマイナス25度にもなる真冬だった。ウィンタースポーツを一切やらない私が冬旅を大満喫し、宿と美瑛にすっかり魅了されてしまった。あまりに楽しかったので、数ヶ月後に旭川に行くことを思い出し、帰り際に次の宿泊予約を入れたのだ。
宿は素泊まりも可能だが、一番の魅力は食事だと思っている。今回一緒に行くメンバー(私以外初訪問)にも「食事は宿で」と提案していた。その言葉を一口食べるごとに納得し、魅了されていく様子を見ながら私は終始ご満悦。特にジビエは驚くほど臭みがなく、鹿を食べていると言われなければわからない。元自衛隊のスナイパーさんが仕留めてすぐに処理がされていることが理由なのだそう。
美瑛の野菜は素材そのものの味が濃い。無農薬にこだわった農家さんの新鮮な野菜が鮮やかに並び、自家製発酵調味料を使った料理の数々は、おいしさもさることながら見た目も美しい。不思議なことに、食べ過ぎたなぁと思うくらいにお腹いっぱいの夕食でも、翌朝にはすっきりお腹が空くのだ。目覚めるころにはぐぅーっと音を立てて、私のお腹はしっかりと理想の朝食を迎える準備ができている。
そして旅から帰ると、すぐに宿のごはんが恋しくなる。目にもお腹にも優しいごはんは毎日でも食べたいくらい。有名店のコース料理でも前菜からデザートまで全てがおいしいお店は意外と少ないが、ここでいただく食事は毎回毎食全てのメニューに感動している。誰かに教えたい、でも自分だけのとっておきの秘密の場所にしておきたい……そんな葛藤を抱えながら執筆しているほど、本当に素敵なお気に入りの宿だ。
◆かまいたい宿 ONE and ONLY
住所:北海道上川郡美瑛町福富美沢
電話:0166-74-6794
旭川は家具のまち
今回の旅の目的は「旭川デザインウィーク(ADW)」という毎年6月に開催されるイベント(今年は6/23に会期終了)に参加すること。家具やクラフトをはじめとした建築、機械金属、食、観光などの地場産業に加え、デザイン関連のさまざまな団体、近隣自治体、教育・研究機関が参加している。意外と知られていないのだが、旭川市は福岡県大川市、静岡県静岡市、岐阜県高山市、広島県府中市に並ぶ「日本5大家具生産地」のひとつで、“家具の聖地”を掲げているのだ。公園や旭川空港の休憩スペース、旭川駅のラウンジなど、まちのあちこちで旭川家具が体感できる。
イベント期間中は3年に一度開催されるIFDA(国際家具デザインコンペティション旭川)の入選作品の展示や、ものづくりの現場を間近に見られる工場見学、ショールームでの特別展示、ワークショップなどが催されており、大いに刺激を受けてきた。
特に旭川を代表する家具メーカー「カンディハウス」のショールームは広大で見どころが多く、ついつい長居してしまった。木の家具がもたらす心地良い暮らしの空間が提案されている。技術や思い、デザインのこだわりを知る。どの椅子も木部の手触りが良く、腰や背もたれのフィット感が落ち着く。北海道の木材を積極的に使用しているカンディハウスでは、これまで家具の材料に活用されてこなかった広葉樹「ニレ」「サクラ」「セン」を使った家具づくりに向け、研究・開発を進めているそうだ。北海道の森と持続的に共存していくことを第一に考える取り組みに頭が下がる。どうかこれからも北海道の豊かな森の風景が守られますように。家具は実際に見て、体感することが一番。旭川に来たらぜひどこかで木製家具に触れてほしい。
大自然と素敵なデザインを堪能して
もしも目覚めた時に奇跡が起きて、いつもと違う日常が繰り広げられていたとしたら、窓の外にはどんな景色が見えるのだろう……そんなことを時々妄想する。宿の庭の風景は、その時に見る景色にどこか似ていて、庭でコーヒーを片手にリモートワークや執筆する姿を思い浮かべたりするのだ(リモートワークできないのに)。
実は心身がかなり疲弊した状態で出かけた今回の旅。帰った翌日に会った人からは、私が発するオーラが柔らかくなったと言われた。どうやら他人が見てもわかるくらいに、身も心も北の大地に癒されたようだ。大自然と旭川家具のデザインに触れ、未来に向かってクリエイティブな意欲も戻ってきた。美瑛と旭川、エネルギーチャージのためにこれからも定期的に訪れるかもしれない。