旅するように暮らす、日常が非日常になる朝時間
旅をするように暮らし、暮らすように旅をしたい旅色LIKESライター・リリのフォトエッセイ。皆さんは旅先での心地よさや非日常感はどこから来るのか考えたことはあるだろうか? 私はある朝の感動をきっかけに早起きを始め、朝の過ごし方をブラッシュアップし続けている。その中で気がついたことを書き留めておきたい。五感を意識し日常の感度を上げ、自分の心地よさを追い求めたら、日常が非日常になったのだ。気づき、感じ、発見し、表現する――自分のための豊かな時間は、いつの間にか目標にしていた“旅するように暮らす”に近づいていた。
目次
旅からヒントを得た、日常を非日常にする朝時間
私はかれこれ2カ月以上にわたり、日の出前に起きる生活を続けている。旅先で、日常で、これまで幾度となく朝の素晴らしさに気づく瞬間はあったが、早起きが習慣化されたことはこれまで一度も無かった。きっかけとなった話……は長くなるので割愛するが、早く起きた朝の過ごし方は私に多くの気づきをもたらした。自宅のダイニングから半径3m以内に、旅するように暮らすヒントが転がっていたのだ。
出掛けなくても大丈夫
自宅の窓から見える景色には、何の魅力もないと思っていた。都会暮らしなので見えるのは背の高い建物だけ、木々の緑1本も見えない環境。ところが早く起きたある朝、ひょんなことから自宅のダイニングが私にとって“心が動く場所”であると気づき、朝の心地よさを追求し始めた。この時間をブラッシュアップし続けたら、理想の暮らしに近づけるという確信めいたものがあったからだ。それは私が旅先で過ごす朝の時間が好きだと、無意識ながらも気づいていたからかもしれない。何もせずにぐっすり寝るでも、朝ごはんがおいしいでも、朝の散歩やヨガが気持ちいいでも、何でもいい。旅先の朝に感じてきた、心が動く、身体で感じる幸福感を体感できた時に生まれる心地よさ。これを日常生活に落とし込む生活が始まった。
何をしたのかというと、五感を意識して日常の感度を上げてみた。すると、窓から見える外の様子や家の中の些細な発見に日々心を躍らせるようになったのだ。この家に10年も住んでいるのに初めて知ることばかり。秋の気配を告げる虫の声、夜明けのグラデーションが美しい空の色、ダイニングから見るバルコニーの手すりに反射する朝陽の美しさ、植物の影がくっきりと映る瞬間、ガラス瓶に反射する光が壁に映り込む様子、カーテンの隙間がつくる光と影……本当に些細な「こんなのが見られるのか!」という瞬間に心が動く。そのワクワクした楽しい発見が、豊かな心と感謝に溢れた1日をもたらしてくれた。
この景色は、客観的に見たら全く魅力的でないことはわかっている。あのビルに映るこの瞬間の朝陽が好きといった具合の、私だけが感じるニッチな美しさだ。でもそれが見られるのは当たり前のことではない。毎日眺めているから知っている。同じ瞬間は二度とないということを。その日その時だけの特別な儚い光景。夏の終わりによく見られたあの光は、今はもう見られない。でもこっちのビルに差し込む光のラインは、秋の晴天のこの時間だけ。わざわざ桜や紅葉を見に出かけなくても、家の中から空や太陽の光を眺めているだけで季節の移ろいがわかる、それはもう豊かな時間だ。
旅先で感じる心地よさとは
朝の心地よさを探求していく中、朝食の準備や食事中は、川のせせらぎや鳥のさえずりなどの自然環境音とウクレレやピアノが奏でるボサノヴァやジャズをBGMにしてみた。これが何故かいい宿に泊まっているかのような非日常感につながったのは大きな発見だった。インドネシアの民族音楽であるガムランなど、ワールドミュージックをかければ脳内で海外旅行気分が味わえる。そうか、テレビをやめたらいいのか。これは“旅するように暮らす”に近づくための大きなヒントだと感じた。これまで時計代わりに一日中テレビをつけている暮らしをしていたが、テレビを排除するのが一番効果的だった。ネガティブなニュースを見ながらなんとなく食べる朝食より、朝日を感じて、心地よい音楽を聞きながら食感や味覚を意識して食べた方が、同じものでもずっとずっとおいしい。
旅先での心地よさや豊かさ、非日常感はどこからくるのかと考えたことはあるだろうか。景色が変わるだけではないはず。家も宿も「寝る」「食べる」「くつろぐ」という同じことをする場所なのに、宿でリフレッシュするのはなぜだろう。リラックスできるように好きなインテリアでコーディネートした部屋なのに、旅先に癒やしを求めるのはどうしてだろう。“旅するように暮らす”は月の半分を旅行に充てるとか、二拠点生活をするとか、ホテル暮らしをするといったことではない。もちろんそれは理想かもしれないけど、もっと簡単に考えてよかったのだ。
旅先で心地よさや非日常を感じるのは、デジタル機器やテレビといった現実感の塊に触れる機会が減るからではないだろうか。日常に疲れてしまうのは、目や耳にする情報量が多すぎるせいかもしれない。意識せずともメディアからさまざまな煽りを受け続け、頭も心も疲弊してしまう。一方、旅先では好奇心いっぱいに五感をフルに使って色々なことを感じ、吸収しようとする。何がしたいか、何を食べたいか真剣に考える。新たな発見や気づきに出会い、心が満たされる。今この時間を精一杯楽しむ。そんな瞬間を日常生活でたくさん持てるようになればいい。タスクに追われるのではなく、カーテンの揺らぎに気がつくくらいの心と時間のゆとりが豊かな暮らしを育むのだ。空間も心も余白が大事。毎朝の数時間は私に多くのことを教えてくれた。
至福の朝ごはん① 〜鎌倉で和朝食〜
まだまだ発展途上な朝の過ごし方だが、家での朝時間が充実してきたら外で過ごす朝時間も体験したくなった。朝ごはんは旅の満足度に大きく貢献する。どこで何を食べるか、誰とどんな時間を過ごすか。
いつもパワーとインスピレーションをくれる大好きな友人との朝時間に選んだのは、江ノ電が目の前を通る人気のお店「ヨリドコロ 稲村ヶ崎店」。鉄道ファンでなくてもテンションが上がる。古民家の温もりを感じながら、鎌倉の日常を味わう。線路の上を大きな荷物を持って歩く人の姿を見て、私たちが非日常を求めて訪れる場所は住人にとっての生活の場(日常)であることを思い出す。
オーダーしたのはASA定食+トッピングのこだわり卵(1,280円)。店内は焼き魚のいい匂いに包まれていた。卵は定食を待つ間に自分でメレンゲをつくる。おいしそうな卵かけごはんが運ばれてくるものだと思い込んでいたのでびっくりしたけど、これもまた楽しいひと時。待ってる時間も無駄がない。写真にメレンゲづくりにおしゃべりに……2人ともずっと笑顔。一心不乱にかき混ぜるも、腕は痛いし、なかなかメレンゲは完成しない。果たして定食が運ばれてくるまでにメレンゲは完成するのだろうか? 案の定間に合わず、店員さんにお願いすることに。あっという間にふわふわのメレンゲができ上がる。さすがはプロの技。ある程度かき混ぜたら、空気と優しい気持ちを込めて火おこしの動作のように両手を使うのがコツのよう。店内に響く卵をかき混ぜるリズミカルな音も心地よい。ASA定食は脂がのった鯖と鯵の干物のセット。肉厚で今まで食べてきた干物の中でも群を抜いておいしかった。メレンゲに絡むトロリとした黄身の卵かけごはんも最高。またひとつ、素敵な朝の過ごし方のヒントを得た。朝から大充実。気持ちのいい1日のスタートだ。
次の休日の朝、土鍋ごはんが炊けるのを待つ間に、私が無心でメレンゲをたてていたのは言うまでもない。自分のためにかけたひと手間が幸せをつくる。丁寧な暮らしとは無縁だった私でもできた。面倒だと思うか楽しいと思うかは自分次第だ。店を出て海岸沿いへ向かうとたくさんのサーファーの姿があった。朝、大好きな海で波に乗り、お腹が空いたら家に帰って家族とごはんを食べる。サーフボードを抱えて家路につく人たちを見ながら、豊かな暮らしとはこういうことだなと心から思った。
◆ヨリドコロ 稲村ヶ崎店
住所:神奈川県鎌倉市稲村ガ崎1-12-16
電話:0467-40-5737
至福の朝ごはん② 〜世界の朝食を食べに表参道へ〜
日本の朝ごはんを堪能したら、次は世界の朝ごはんを食べに出かけてみよう。朝ごはんを通して海外旅行気分を味わうのだ。向かったのはかねてより気になっていたお店「TASTE THE WORLD 外苑前店」。11月に店名を変更したのだが、これまでは世界各国の朝ごはんをテーマに2カ月ごとに特集する国を変えながら「WORLD BREAKFAST ALLDAY」という名で、世界の朝ごはんを1日中提供する店として営業していた。
私が訪れた日の朝ごはんはクロアチア共和国。「アドリア海の真珠」とも謳われるほど美しい街並みのドブロブニクはいつか行ってみたい旅先の一つ。クロアチア料理は初めてだが、91年に旧ユーゴスラビアから独立するまで周辺地域との合併や分離が繰り返されてきた歴史から、イタリアやフランス、ハンガリー、トルコなどの食文化の影響を色濃く残しているという。どこも美食の国ばかり。おのずと期待が高まる。
きっと私が外国人観光客なら、何度も通ったことのあるこの道も好奇心いっぱいにワクワクしながら歩いていることだろう――そんなことを思いながらお店に到着。先客は一組だけだったが、こじんまりとした店内はあっという間に満席に。しかも私以外はほとんどが外国人。よりいっそう海外旅行気分が高まる。
ワンプレートで運ばれてきた料理は初めてのものばかりだけど、どれも本当においしい。シュトゥルクリというパイのような伝統的な家庭料理は、首都・ザグレブの無形文化遺産に登録されている。スパイスで味付けされた挽肉料理のチェヴァプチチはトルコ料理のケバブが起源。どれも魅力的な料理ばかり。美食の国に囲まれたクロアチアは、各国の影響を受けた食の宝庫だなと改めて思う。料理を知って歴史に興味を持つ、これも旅の醍醐味だ。
◆TASTE THE WORLD 外苑前店
住所:東京都渋谷区神宮前3-1-23
電話:03-3401-0815
身も心も軽やかに、旅に出なくても旅するように暮らすコツ
現実逃避したい人、日々の生活にモヤモヤを抱えている人は、朝に限らずほんの少しでもいいから五感を意識して過ごしてみてほしい。自分のために心が喜ぶ心地よさを探すのだ。たったそれだけで人生が、見える景色が変わる。毎日がワクワクし、楽しくなる。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、私が実証済み。きっと旅のように非日常感が垣間見れる瞬間があるはずだ。
大事なことは、いかに自分にとって心地よいものを主体的に選んでいくか。一度意識し、体感し、納得し、それが身体・心・脳で“快”と認識されると、あとは自動的に「あ!」という心動く瞬間を探せるようになる。気づく力がアップし、努力せずとも継続することが可能になるのだ。人は自分が見たいものしか見えていないとよく言うが、Google検索の広告のように一度意識したものは勝手に入ってくる。ただ、人は自分で気づくことができないと変われない。だからまず感じる、気づくことが必要。それが実践への第一歩だ。
人は無いものばかりに目が行きがちだけど、幸せになる瞬間は全てここにある。ただ自分が気づいていないだけで。だから五感を意識して、もっと軽やかに心豊かに暮らしてみよう。日常が非日常に、旅で味わう心地よさに似た体験ができるようになる。そして旅から帰った時、日常のよさに気づくことができるようになる。心地よさが詰まったいつもの朝を大切にしたい――と旅から帰った翌日、私は朝ごはんを食べながら感慨にふけっていた。