【倉方俊輔の建築旅】大阪で受け継がれる建物を「食」を通して巡る旅

大阪府

2023.05.18

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【倉方俊輔の建築旅】大阪で受け継がれる建物を「食」を通して巡る旅

大阪を訪れるべき理由は多くあります。その一つが、時に一部改築されながら、長く使い続けられている、立派な建物が多数あること。今回は「食」つながりで、今から100年ほど前に造られた「生きた」建築を巡りましょう。

目次

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過去の大阪建築旅はこちら

水都大阪の伝統を感じる「北浜長屋」(1912年)

蔦に覆われた洋館「青山ビル」(1921年)/大林組

“自由様式”が目をひく「大阪ガスビル」(1933年)/安井武雄

おわりに

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水都大阪の伝統を感じる「北浜長屋」(1912年)

北浜長屋

ほんの少し前まで、川はいわば「高速道路」でした。水に浮かべる船さえあれば、重い荷物も動かせます。単純な地図上の距離よりも、水がどこを走っているかのほうが大事。海流がある海に比べても、川は安定した高速ルートだったのです。大阪はそこで有利な位置を占めていました。瀬戸内海の港に着けば、そこから京都や琵琶湖まで高速道路「淀川」が走っています。古くからの街道や水路とも接続しているのです。

北浜長屋

「水都大阪」とは、こうした水の利から花開いた文化を指す言葉。その昔と今がわかる名建築が、大阪メトロ・京阪の北浜駅の近くにたたずむ「北浜長屋」。瓦屋根が乗った2階建ての木造建物です。むくった(内向きのカーブを持った)屋根は関西風で、優しい印象を与えます。オフィスビル街の中、古き良き雰囲気ですが、それだけではありません。この建築は1912年に完成した当時、最新の意欲作だったのです。

北浜長屋
北浜長屋

2階の窓は小さめで、頑丈な扉があります。これは関東風の土蔵造のあり方を組み合わせたもの。窓が上げ下げ窓なのは、その奥が洋館の造りを取り入れた応接間であることに対応しているため。ハイカラな洋風デザインは、2階に上がる階段や玄関にも潜んでいます。

北浜長屋

ここには今、和洋の素材を独創的に取り合わせた人気のカレー店「オクシモロン 北浜(OXYMORON)」が入居しています。窓から水面が臨め、光や風が通り抜けます。川は効率的な存在から、都会人をほっとさせるものへと変化しました。水都大阪という伝統の最新版を満喫してください。

◆北浜長屋
住所:大阪市中央区北浜1-1-22

◆オクシモロン 北浜(OXYMORON)
電話番号:06-6227-8544
営業時間:11:00~17:00(LO16:30)
定休日:水曜日(祝日の場合は翌木曜日)

蔦に覆われた洋館「青山ビル」(1921年)/大林組

青山ビル

「北浜長屋」から南側に500mほど歩けば、蔦で覆われた建物に出会います。いったい何でしょうか? 蔦が絡まってロマンチック……といえば洋館。それとも市街地なのでビル? どちらも正解です。「青山ビル」と呼ばれるこの建物は今から約100年前、1921年に誕生しました。まだ鉄筋コンクリート造のビルも珍しかった時代に、鉄筋コンクリート造の住まいとして建てられたのです。建てたのは野田源次郎という人物。天満橋と北浜に洋食店や輸入食材店を開いた実業家です。最先端の考え方は、建物の造りにも反映されています。

かつては1階に食堂とキッチン、バスルームなどがありました。2階が主人の両親や子どもたちの部屋、書斎や仏間になっています。3階に夫妻の部屋があり、4階は電話交換室がある以外は、洋風の屋上庭園が広がり、地下をダンスホールとして使用していました。土地を立体的に活用して、さまざまな居場所を収めていたのです。

第二次世界大戦後、青山家が建物を譲り受けて、テナントビルとして現在も使われています。1階に入っているのは、オムライスで有名な洋食店「北極星 北浜店」。創業は1922年。青山ビルと1年しか違わない、ともに大正時代の生まれです。

青山ビル
青山ビル

伝統の味を楽しんだ後は、改めて振り返り、蔦の向こうに目を凝らしてみましょう。縦長の窓がレトロです。玄関のアーチが柔らかな曲線で飾られていて、その上の大きな鉢のような装飾も凝っています。向かって右手にはステンドグラスがのぞいています。それぞれの窓の奥に暮らしの場所があり、上から下まで吹き抜けになった階段を人が行き来していたのです。西洋的なものへの憧れが、大阪のような大都市で人びとの間に広がっていきました。「青山ビル」は都会の真ん中で想像をかきたて、大正ロマンの時代に心を近づけてくれます。

◆青山ビル
住所:大阪府大阪市中央区伏見町2丁目2-6

◆北極星 北浜店
電話番号:06-6222-0255
営業時間:昼:11:00~15:00(LO14:30)、夜:17:00~21:00(20:30)
定休日:月・木曜日

“自由様式”が目をひく「大阪ガスビル」(1933年)/安井武雄

大阪ガスビル

「青山ビル」から歩ける距離の御堂筋沿いに「ガスビル食堂」があります。名前が今らしいと思いませんか? モダンで、正統で、日常に根ざしたちょっといいものがいただけそう。心くすぐる「ガスビル食堂」という名は、1933年に「大阪ガスビル」が完成すると同時に開業したころからのものです。

レストランの開業にあたっては、初代の料理長が帝国ホテルから招聘(しょうへい)されました。今も名物料理の一つとして、開業時から変わらぬ製法で時間をかけて煮込んだ「特製ガスビルカレー」があります。他で見ないのが「ムーサカ」でしょう。こちらはギリシャの家庭料理の羊を牛肉に変え、伝統のドミグラスソースとマッシュポテトでアレンジしたオリジナル料理。戦後のガスビル食堂の発展に力を尽くした三代目料理長の考案です。

「大阪ガスビル」はその名の通りに、大阪ガスの本社ビルとして建設されました。洋食料理店が珍しかった昭和初期に、なぜその最上階にレストランが開業したのか。それはビル建設の目的の一つが、当時まだ普及過程にあったガスを広く知らせることだったからです。

大阪ガスビル
大阪ガスビル

誇りを持って受け継がれる、全国的にも貴重なものが他にもあります。この「大阪ガスビル」の建築です。白いタイル張りの壁にリズミカルに窓が開き、角にはガラス面がまわっていて、重々しい様式や装飾は見られません。世界でも最先端のモダンなデザインで、幅の広い御堂筋に向き合っています。

大阪ガスビル

ただ、他を真似したわけではありません。1〜2階の外壁にはあえて黒い御影石を用いて上階との対比的な美を生み出していたり、窓と窓の間にある付け柱(装飾を目的とした柱)の断面を放物線状にしていたりと、オリジナリティーにあふれた設計。2階で弧を描くバルコニーは豪華客船を彷彿とさせます。

大阪ガスビル

ビルを設計したのは安井武雄という建築家です。自分の手掛けた建築の様式を問われた時に「自由様式」と答えた経験豊かな建築家らしく、型にはまらず、長い時間に耐えうるデザインを工夫しました。それが大都会の一等地にありながら今も残され、時間の旅にもいざないます。

◆大阪ガスビル
住所:大阪府大阪市中央区平野町4丁目1-2

◆ガスビル食堂
電話番号:06-6231-0901
営業時間:11:30~21:30(LO20:30)
定休日:土日祝日

おわりに

「新しいもの好き」と言われる大阪の伝統。だからこそ、それぞれの時代で違った「新しいもの」が生まれ、残され、それが次の新しい流行にもつながったりします。あまり知られていない大阪の魅力を、建築を通じて味わってみてください。

月刊旅色6月号は「今体験したい あたらしいOSAKA」

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#建築旅 #大阪府

Author

建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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