高橋久美子の旅のメモ帳vol.12 「福岡 ぶらりと食の旅(お昼編)」
作家・作詞家として活躍されている高橋久美子さんが、旅先でとったメモを起点に心にとまった風景を綴る連載エッセイ。今回は、そのままそっくり真似してみたい、自転車で巡る福岡食い倒れの旅へ。
ときどき福岡へ行きたくなる。特に目的があってというわけではないけれど、昼も夜も、なんとなくぶらぶらしたくなる街なのだ。東京から飛行機で約2時間、福岡空港から博多までは地下鉄で10分で出られる好立地ということもあって、「そうだ福岡、いこう」の感覚で出かけられる。西の美味しいものを食べに、いつもの鞄とサボを突っかけて。
東京っぽいスマートさの中に地元のような懐かしさもあって、都会と田舎の良いところが混ざった街だなと思う。九州ならではの文化を持ちながらも、適度な風通しの良さがあり、その付かず離れず感が適温なのだ。観光というより人々の生活の中に入って自分も日常生活を送っていることに気づく。福岡に行くと必ず利用するのがシェアサイクルだ。市内は街中に赤い自転車が配置されており、誰でも簡単に利用できる。
自転車に乗り、風をきって走ることが間違いなく地元感につながっていると思う。駐輪場のあるところなら、どこでも乗り捨てができ、安価なので、この赤い自転車で通勤している人もいるそうだ。博多や天神を中心とした都市部は意外とコンパクトだから、三泊ほどの旅行であれば、自転車で事足りる。
天気のいい日は、自転車で大濠(おおほり)公園を目指す。ランナーが昼夜走っていく。お城の外堀を巡る広大な敷地で、園内にはスターバックスもあれば福岡市美術館もある。この美術館もまたいいのだ。建物も素敵だし、いつも惹かれる展示をしているので、散歩ついでについ立ち寄ってしまう。暮らしの中にあってふらっと足が向く、美術館として自然体なたたずまいだ。
美術展を見たあと、芝生の上で持ってきたサンドイッチを広げることもあれば、老舗のお好み焼き「味美(みみ)」で予約をして、顔のでかさほどあるお好み焼きを取りに行くこともある。青空の下で熱々のお好み焼きを頬張る幸福感は何ものにも代え難く、福岡ぶらり旅は、私の生活の延長にあるのだと気付かされる。
福岡へ来たら外せない食がうどんだ。福岡というと博多ラーメンのイメージがあるけれど、負けず劣らずうどんも美味しい。地元の人に聞くと、むしろうどんを食べに行くことの方が多いそうだ。
私は「うどん平(たいら)」のうどんを食べるために福岡に行っていると言っても過言ではない。今書きながら食べたくて仕方ない。私の地元は愛媛の中でも香川県との県境にあるので讃岐うどんの聖地である。福岡のうどんは讃岐うどんのようにコシが命のごん太というわけではなく、どちらかというと柔らかくて、温かいお汁に入った優しい麺だ。平は数年前に繁華街から少し郊外へ移転したけれど、それでもお昼前から長蛇の列ができている。並んでもいい。毎日通いたい。3日続けて食べてしまうときもあるくらい好きだ。常連さんを見ていると、丸天うどんや、ごぼう天うどんを頼んでいる人が6割。もちろん私も最初のうちは人気に則って攻めた。たまらん。ごぼうはごりっとして汁を吸ってふやけてくる衣もたまらん。しかし最近これが一番と思うのが、きつねうどんなのだ。透き通った出汁の中に浮かんでいるお揚げは、甘じょっぱくてうどんと交互に食べていくと胃袋にすんなりとおさまって、なんならもう一杯! と手を上げたくなるくらいだ。他にもうどん屋さんを攻めに攻めまくって、食べ歩いたが、やっぱり平に戻ってきたのだった。
福岡は海が近いこともあって、美味しいものが集結している街だ。ここもあそこも、自転車で行ける範囲に行きたい店がありすぎて、胃袋が追いつかないのだ。
うどん平から出て、しばらく街を散策したあと、少し行った先にある「COFFEE COUNTY」に向かう。今流行の浅煎りの……とはひと味違うコーヒー店。軽やかでフルーツ感のある味わいだけれど、ロゼワインのような奥行きもあって、初めて飲んだときは本当に驚いたし、私のコーヒーの概念が変わった。果実を飲んでいる感じさえする。コーヒーの向こう側に広がる景色が見えるのは、一杯ずつ時間をかけてドリップしてくれる時間や、空間、香り、コーヒーについての説明をしてくれるスタッフさんの熱をゆっくりと感じられるからでもある。
福岡市内には薬院駅からすぐの2号店と、天神のパン屋が併設されたSTOCK店があり、ここのコーヒーを飲みに行くのも福岡へ来る楽しみの一つだ。カウンティは実は久留米店が本店なのだが、本店のアフリカっぽさのある土壁の内装が素敵で、太宰府天満宮へ行く前に立ち寄ることもある。
自分の生活圏を離れた場所でいただく一杯のコーヒーやうどん。福岡の人たちの日常や、職人たちの熱を私の体内にもらって、その繰り返しで私は自分に風を起こしているのだと気づかされる。
夕方になって、橋の上から川に沈む夕日を眺める。新しいビルがぐんぐんと立ち、変わりつつある街の中で、長屋のような古い建物もちらほら残っていて、そこでお店をはじめる人がいたりもする。いろんなベクトルが交差しあっている自由な街だ。
夕方、「梅山鉄平食堂」で焼き魚の定食をいただいて私の食い倒れ旅の、昼の部は終わるのだった。
さあ、来月は夜の部! 「福岡 夜のはしご酒」を書きます! お楽しみに。