【島根県】恵比須さまと鶏肉の関係? 松江市・美保関に伝わる神話と氏子のしきたり
島根県東部の静かな港町・美保関。恵比須さま(=事代主神)の信仰で知られるこの地には、恵比須さまに関するユニークな神話があります。やさしい笑顔とぽっこりしたおなかでおなじみの恵比須さまですが、いつも片足を曲げていることを知ってますか? これは、その片足にまつわるお話―。
文/田中絵真(ランズ)
実は、鶏が嫌いな恵比須さま。その訳は?
美保関にいる恵美須さまは、女性好きの神様。中海をはさんで対岸・東出雲に住む溝杭姫に恋して、毎夜自ら船を漕いで、姫のもとに通います。明け方、一番鶏が鳴く声を合図に、また船を漕ぎ美保関へ帰る日々。ある夜、さあこれから姫と楽しもうとしていたときに、「コケコッコー」と、一番鶏の声が! 慌てた恵比須さまは船に飛び乗り、中海に漕ぎ出します。ところが、慌てすぎたせいか船を漕ぐための櫂が流されてしまいます。仕方なく、左足を水にいれて漕ぎ始めたのですが…なんということでしょう、ワニが現れて恵比須さまの足をガブリ! 左足を負傷しながらも、なんとか美保関にたどり着いた恵比須さま。やれやれと思ったそのとき、再び一番鶏の声が。そう、最初の鳴き声は、鶏が時間を間違えて鳴いていたのです。左足を失い、姫とも離れ離れになった恵比須さまは大激怒。それから、鶏は忌むものとされたのでした…。
鶏と卵を食べない氏子たち。氏子たちがまもるしきたりとは?
美保関では、この神話をもとに鶏肉と卵を避けている、といううわさがありますが、本当なのでしょうか? 美保神社の氏子である、福間治さんに話を聞きました。
「美保神社の氏子は、年に1回くじを引き、当たった人が恵比須さまに仕える仕組みがあるんです。その氏子は、1年間鶏肉と卵を控えるんですよ」とのこと。なるほど、うわさは本当でした。聞けば、この氏子の代表・當屋(とうや)を務めている間は、数々のしきたりに従って過ごすのだとか。
「當屋は、毎晩塩で体を清め紋付羽織袴をつけ、下駄をならして美保神社に参拝します。大事なのは、参拝中の姿を誰にも見られてはいけないこと。誰かにばったり会ってしまったら、塩で清めるところからやり直しです。だから、下駄の音が聞こえたら、みんな家の中に隠れるんですよ」とのこと。毎晩誰にも見られず参拝するとは、なかなか神秘的。実は美保神社には、氏子のみで行う祭りが多数あり、當屋はそこでもいろいろな役割を果たします。なので、その1年間は「神主さん」として、町の人々にとても大事にされるのだとか。
「実は、當屋を務め終わっても、そのあともいろいろな役割がめぐってくるんです。私は今氏子の長である頭人(とうにん)を務めているので、もう3年も鶏肉と卵を食べていないんです…」。なんと、1年食べなければ終わりじゃないそうです。
というわけで、とても、信仰心の厚い美保関の人々。神社を中心とした美しい町並みが今も残っているのは、そんな人々の心に秘密があるのかもしれません。
そんな美保関も巡った松江の旅を高梨臨さんが紹介します。