【川瀬良子の農業旅】「代官山青果店」色川裕哉さんの畑で“東京の八百屋”の魅力を探ってきました!
旅色アンバサダーの川瀬良子です。今回は「代官山青果店」のディレクター・色川裕哉さんの元を訪れました。主にバッグのデザイン、製造、販売を行っているアパレル会社「キュー」が、コロナ禍の2020年7月にオープンした新しい形態の八百屋さんです。店舗のほか、野菜がつくられる畑に足を運びお話を伺うことで、東京の都心で農業を伝える魅力が見えてきました。
目次
異業種から農業界をアピール/色川裕哉さん
色川さんとの出会いは、2020年10月。私が商品開発に携わっている、畑で汚れを気にせず使えるトートバックZAB(ザブ)を、農業関連の大きな展示会に出展したときでした。会場を見て回っていた色川さんが「なんで農業展にバッグが?」と気になり立ち寄ってくれたのです。共通の知り合いの方がいたこともあり、出会ってすぐに「農業をいろんなカタチで盛り上げたい」と意気投合。土に触れることが好きな人達は自然と繋がるんだな、とご縁を感じました。
立ち話中に、八百屋をオープンした、というお話は聞いていたのですが、改めてSNSなどで色川さんの情報を見てみると、なんとあの代官山に“八百屋”をオープンしたというではないですか! 私のイメージでは東京の中でもセレブの方が多く住む高級住宅街。そんな場所に八百屋さん!? さらには、農作業に特化した服や帽子といった農業プロダクトの立ち上げもされるなど、今までにない角度で農業界をアピールする色川さんの姿に感銘を受けました。
「代官山青果店」は、代官山から徒歩約5分の場所から、2022年4月にさらに駅近に店舗を移転しました。初めてお店を訪れて、まず驚かされるのはやはりその立地。大型のショッピング施設、飲食店が並び、美容院などもある中で、「芽」と書いてある看板が目を引く異色の八百屋さんが現れます。入ってみると、トマトの赤、ピーマンやズッキーニの緑などカラフルな野菜に加え、調味料や冷蔵・冷凍食品にスイーツ、ショーケースには色鮮やかなフルーツサンド……洋服屋のようなおしゃれな陳列に気分が高まります!
「規格外野菜の詰め放題をやっているのでぜひ」と案内されたのはお店の外に並んだおいしそうな野菜たち。実はこれら、形や大きさなど、市場でのそれぞれの野菜の規格に合わなかった“規格外”のもの。市場ではその多くが廃棄されてしまうのですが、野菜に込められた農家の想いや味は同じです。「代官山青果店」では、こうした規格外野菜の詰め放題のほか、規格外野菜を使ったお弁当を販売することでも、フードロスに取り組んでいます。オフィスも多い代官山では、オープンと同時にこのお弁当目掛けて行列ができることもあるのだとか! 八百屋の粋を超え、さまざまな取り組みをされている「代官山青果店」。まずはその成り立ちを聞いてみました。
「困っている人を助けたい」強い思いで企画を実現
2020年4月、一度目の緊急事態宣言が発令され、オーダーのキャンセルが続いたアパレル業界の状況は深刻だったと言います。そんなとき、同僚から「地元の農家が、学校給食用や飲食店に野菜を卸すことができず、廃棄するしかなく困っている」という話を聞いて「とにかく助けたい」と思ったのがきっかけだったそう。とはいえ、野菜=できているものはできるだけスムーズに、素早くなんとかする必要があります。そこで「自分が八百屋をやるのが一番早いのでは?」と思い、会議で「八百屋をやりたい」と提案したところ、社長の功刀正行さんが賛同。次の日には店舗の物件を決め、その翌日には畑も借りた……という、映画のような展開に驚きます。
アパレル会社の会議で「八百屋をやりたい」と発言する色川さんの強い思いと、「困っている人がいるなら助けよう」と賛成する社長の行動力。お二人の長年の信頼関係があるからこそだとは思うのですが、このときに代官山青果店の運命が動き出したと言えそうです。
野菜嫌いが野菜づくりに挑戦!?
とはいえ、野菜づくりは全てが初めて。畑を借り、土を耕し、畝を立て、苗を買いに行くところからスタートします。「もともとやったことないことに挑戦するのがめっちゃ好きなんです。やってみたら畝を立てる作業なんて超アート。モノづくりの感覚で楽しかった」と色川さん。なるほど~ここにもアパレル業と通じるところがあるわけですね! 私も畝を立てる作業を何度も経験していますが、アートと捉えたことはなかったです。さすがの感性! さらに、野菜づくりのために借りた畑は、会社ではなく個人で契約したというから驚き。「今考えるとそれがよかったと思います。会社のお金だと、しっかり通わなかったかも(笑)」。
さぞや野菜への愛があったのかと思いきや、もともと野菜嫌いだったという色川さん。野菜のことはもちろん、微生物のことまで猛勉強した末、初年度はエダマメ、ナス、ピーマン、キュウリ、トマトなど夏野菜にチャレンジしました。「これが、1回目から上手くできたんです! しかも採れたてがめちゃくちゃおいしくて! 今思うと野菜が苦手だったことも、1回目からうまくいったこともよかったかもしれない。失敗して、おいしくなかったら楽しめなかったと思います」。
作業の予習をしたうえで、毎回友人やスタッフを畑に連れて行き農作業を教えているという何とも熱心な姿勢。そして、畑の中ではとにかく“楽しむ”ことを重視し、採れたてを食べていくうちに、苦手な野菜がなくなっていったそうです。
元気な野菜が育つ畑は千葉県にありました
「週に2回は畑に行きます」という色川さん。お店で元気な野菜を見るたびに「いつか畑に行ってみたい!」と思っていたこともあり、今回念願かなって同行させてもらいました! 都内から車で約1時間半、千葉県成田市にある色川ファーム。綺麗に並んだ畝には、ズッキーニやカボチャなどが育っています。数時間後には雷雨の予報だったため、この日は急ピッチで雑草取りや間引きをお手伝いすることに。
一緒に来ていた青果店のスタッフや、同じく手伝いに訪れていた友人に、伸びたカボチャの蔓の手入れや支柱の立て方を教え、手際よく作業を進めていました。指導をしている色川さんの姿は、農業歴3年目とはとても思えない堂々としたもの! 集中する静かな時間があったり、ときには笑い声に包まれたり。「畑をとにかく楽しむ」という色川さんのスタイルが、参加者にしっかりと伝わっていました。
でもですね(笑)、楽しむと言っても、実際の農作業は大変なこともたくさんあります。作物を植え付けたら暑い日も寒い日も作業は欠かせませんし、重い肥料をひたすら運ぶ日もあれば、この日のように天候で作業内容が変わることも日常茶飯事。腰をかがめて行う作業が多いので、足腰に負担もかります。私の場合、農作業の帰りは必ずと言っていいほど全身筋肉痛! 大変なこともあると思うのですが、SNSなどの表にまったくその姿を見せないことも、ブランディングのひとつなのかもしれません。
農業の魅力をお聞きすると「早起きして畑に行って作業をすると気持ちがスッキリするんですよ。自然の中で無心になれる時間のお陰で、アパレルの仕事の方のアイデアがパッと浮かんできたり、相乗効果がある」「やった分だけちゃんと返ってきて、成果がわかるのもいいですね。畑には曖昧なことがないんです」と教えてくれました。緑が多い千葉の景色から、高いビルが建ち並ぶ東京の風景に変わっていく帰りの車中では「この、全然違う景色になる感じも好きなんですよ」とぽつり。と畑モードから仕事モードにスイッチが切り替わっている様子からも、農作業が与えるプラスの効果を実感しました。
批判を乗り越えて農家さんとのコミュニティを構築
スタッフと一緒に楽しみながら運営している色川さんですが、青果店オープンまでには苦悩もあったと言います。「なぜいきなり八百屋なのか」周囲の批判の声や、朝早くから畑に行くことが増えて付き合いを断るようになった結果、陰口をたたかれたことも。「覚悟を決めていたし、農家さんとの新しいコニュニティを大事にしたかった」そんな思いが、批判の中でもオープンを諦めない原動力になったのだそう。農家さんも最初から受け入れてくれたわけではありません。仕入れ先の市場の人や農家さんにも“本気ではないだろう”と、軽くあしらわれることも。「とにかく知ったかぶりをしないで、格好付けないことですね。わからないことはわからないと伝えて、0から教えてもらいました」。こうして毎日のように市場や畑に通っているうちに徐々に打ち解け、ある農家さんとは今や家族のような関係に。年越しもお正月も一緒に過ごしたのだとか……なんてコミュ力!(笑) 色川さんの真摯な姿が周りの方々にしっかりと伝わっていったのだと思います。
“代官山の八百屋”が取組む農業の課題とは
アパレルの思考で農業を捉えると「スキルが高い農家はたくさんいても、野菜を売る“営業マン”がいない」「販売にあたり、現代のトレンドに落とし込んだブランディングができていない」といった課題も見えてきたと言います。だからこそ、農家が作った作品(野菜)の価値を高め、ブランディングして消費者に届ける、青果店の役割を強く意識しているのだそう。接客時の言葉に説得力を持たせるため、スタッフを必ず畑に連れていく理由もそこにあるのだとか。
こうして全く違う角度から農業を見ることで、農業や八百屋、野菜そのもののイメージを変えた色川さん。代官山、という場所に八百屋を出す話題性はさることながら、農家さんの気持ちに寄り添い、理解し、売るだけではなく野菜とともに想いを届ける。格好を付けない楽しむ姿勢が、農業関係者や、周りの人たちを動かしているのかもしれません。
八百屋やっててよかった~! と思うことはなんですか? と伺ったところ「素直にいろいろな人に喜んでもらえたり、つくり手とも消費者とも向き合うことができたことですね!」と色川さん。どんな仕事にも“人”が関わっています。ところが、野菜、さらにはお弁当やお総菜、加工品になっていくと、作った人はどんどん想像しにくくなります。そこに色川さんのようなどちらの気持ちも理解し、フラットな目線で伝えることができる人って、大切な存在なんですよね。
代官山青果店は今年8月に、駒沢公園近くに新店舗をオープン予定。野菜、農家さんを助けたい。と始まったお店はたくさんのファンをつくり、勢いが止まりません。最後に、お店に来てくれる方へ一言ありますか? と伺うと「ん~。僕に会いに来てください♡」と、一言。照れ隠しでふざけるお茶目な人柄も、周りを惹きつける色川さんの魅力です。色川さんや代官山青果店のみなさんとお話をしていると、農家さんの気持ちやストーリーを知ることができるので、きっと、野菜の味わいが変わると思います。みなさんぜひ、代官山青果店に足を運んでみてください。
◆代官山青果店
住所:東京都渋谷区代官山町19-10加藤ビル1F
電話:03-6804-2695
営業時間:<平日>11:00~20:00、<土日祝>11:00~19:00
HP:https://daikanyamaseikaten.jp/