【倉方俊輔の建築旅】水の都・島根県松江市で出合う美しい建築

島根県

2022.06.28

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【倉方俊輔の建築旅】水の都・島根県松江市で出合う美しい建築

建築史家の倉方俊輔さんが案内する、建築をきっかけにその街を新しい視点で見つめる「建築旅」連載。今回紹介するのは、国宝の松江城が見守り、文化が香る島根県松江市。近現代の建築も、受け継がれてきたものと向き合って新しい美しさを誇っています。

文・写真/倉方俊輔

目次

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西洋建築と和のデザインが独特の調和を生む「興雲閣」(1903年)

銀行時代の面影が残る「カラコロ工房」(1938年)/長野宇平治氏

宍道湖の自然と向き合う「島根県立美術館」(1999年)/菊竹清訓氏

おわりに

西洋建築と和のデザインが独特の調和を生む「興雲閣」(1903年)

興雲閣

「興雲閣」は、明治36年(1903)年に完成しました。その頃には珍しい、立派な洋風の造りです。山陰地方にとって悲願だった、明治天皇の巡幸を念頭に置いて建設されました。

興雲閣

けれど、ここには明治時代の重々しさという以上に、風が抜けるような爽やかさがあります。
テラスが効いているのでしょう。建物の周囲に、天井を持つけれども外部になった空間があります。1階にも2階にも巡っていて、涼しげです。ほっそりした軒先の柱も、軽快な印象につながっています。
通常の西洋建築は、まず壁の存在が感じられるものです。外側の壁が、建物の輪郭を確かなものにします。それが遠くからも分かる威厳をかもし出します。
しかし、興雲閣は異なります。外壁との間に細い柱で区切られた、いわばテラスの空気層がはさまっています。ここからが内部ですよ、といった区切りが曖昧になります。建築を構成するどの要素が特に強いのでもない、独特の調和が生まれています。
そんなハーモニーを織りなす一つの要素が、木の板を横方向に渡した下見板張りの壁です。壁にあいた1階の縦長窓も、2階のアーチ窓も、深い車寄せの奥にのぞくアーチ型の入り口も、近代に入ってから取り入れられた、西洋建築に由来する要素です。
ただし、屋根は瓦葺きで、入母屋造り(いりもやづくり)です。屋根の一番高いところには、懸魚(げぎょ)が下がっています。これらは格式ある日本建築の要素です。でも、古臭い感じはしません。

興雲閣

懸魚:屋根の中央に配された装飾

懸魚に注目しましょう。輪郭線は、伝統的な形式を踏まえています。けれど、お寺や神社にあるものとは違って、細い唐草がくるっと回った形です。自由にデザインされ、向こうが見通せて、明るい感じがします。

興雲閣

玄関のアーチにも装飾が見られる

興雲閣

持ち送り:写真中央、軒下の装飾部分

よく似た曲線が、玄関の柱の上部に使われています。中央のアーチの装飾にも見つかります。軒下の持ち送りも同様です。こちらは花弁型の透かし彫りがあいて、洒脱な印象。設計にあたって、日本建築のデザインを洋風にアレンジしたことが分かります。あるいは、西洋建築に和風の味付けを施したとも言えます。

興雲閣

2階 大広間

興雲閣には和と洋が、モダンに混ざっています。それは内部も同じです。
完成後の建物に明治天皇の巡幸は実現しませんでしたが、1907年の皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の山陰道行啓の際、迎賓館として用いられました。その後、旧松江藩主家の当主である松平直亮が「興雲閣」と命名。1912年には各種の会合や展覧会会場にも使えるよう、現在の姿に改良されました。

興雲閣

2階 貴顕室

興雲閣

天井隅の空気抜き

行啓の際、御座所や御寝所として使われたのが、2階の一角にある貴顕室です。畳敷きで、縦長窓に本格的なカーテンを備えています。天井隅の空気抜きも美しい形です。工芸のような繊細さにも、階段室や2階の大広間の伸びやかさにも、日本と西洋の木造技術が融合されています。
興雲閣には、木造を洗練させてきた日本の伝統と、近代に入ってから取り入れられた西洋建築の形が合わさっています。木の文化に基づいた創意工夫が、和と洋を架け渡しています。それが風通しの良い、健やかさの理由です。

◆興雲閣
住所:島根県松江市殿町1番地59
電話:0852-61-2100
開館時間:<4月1日~9月30日>8:30~18:30 ※最終入館時刻は18:15
<10月1日~3月31日>8:30~17:00 ※最終入館時刻は16:45
休館日:年中無休
入館料:無料

銀行時代の面影が残る「カラコロ工房」(1938年)/長野宇平治氏

カラコロ工房

「カラコロ工房」は、松江市内の堀川沿いに位置する建築です。水面に映える姿が印象的です。日本銀行松江支店として1938年に建てられました。
先ほどの興雲閣は、当時の島根県庁の技術者によって設計されました。それに対し、こちらの設計者は、全国的に著名な建築家の長野宇平治氏です。
彼は日本初の本格的な建築家の一人である辰野金吾氏の下で、日本銀行の大阪や京都の支店の設計に携わりました。そして、辰野の没後、自らの強い意志で銀行建築の設計にあたりました。

カラコロ工房

西洋建築の真髄を正しく理解し、応用してこそ、和も洋も超えた永遠の質が保証できると長野宇平治氏は考えました。通貨の安定を保証する銀行には、時を超えた感覚を与えるデザインがふさわしい。第二次世界大戦の前は、社会一般にそう考えられていました。
日本銀行松江支店としての営業を終えた後、地元の人々の運動によって建物は保存され、2000年から「カラコロ工房」として使われています。
古典的な柱が配列された吹き抜けの元営業室を中心に、手作りのアクセサリーやファッションなどが並びます。流行を超える凛とした空間が、市民の活力を抱きかかえています。かつての1階カウンターや2階支店長室の暖炉、地下金庫室の大扉なども残されています。探索してみましょう。

カラコロ工房

正面は古代ギリシアに由来する4本のドリス式の柱が整然と並んで、不動の感を与えます。城下町ならではの堀川に向き合った建築は、建物が建て替えられても街のつくりは長く残るのと同じように受け継がれ、建築家の意志を伝えています。

◆カラコロ工房
住所:島根県松江市殿町43番地
電話:0852-20-7000
営業時間:<工房>9:30~18:30、<飲食>11:00~18:30 ※びいどろのみ22:00オーダーストップ
休館日:12月30日~1月1日 ※工房によっては一部定休日あり

宍道湖の自然と向き合う「島根県立美術館」(1999年)/菊竹清訓氏

島根県立美術館

「島根県立美術館」(1999年)は、宍道湖に向き合っています。設計者の菊竹清訓氏は、前衛的な考え方と数々の名作によって、第二次世界大戦後の建築をリードした建築家です。
菊竹清訓氏と松江の関係は深いのです。「島根県公文書センター」(旧島根県立博物館、1959年)はおよそ30歳の時に完成した建築で、その後つくられた「島根県立図書館」(1968年)、「島根県立武道館」(1970年)、「田部美術館」(1979年)も今も現役です。

島根県立美術館

若き日の作品と比べると、大家となってからの島根県立美術館は一見、おおらかです。大きく曲線を描いた天井が軒先まで続いて、一面のガラス越しに見える宍道湖を自然と意識させます。空気が流れるように、エントランスロビーやギャラリーなどの空間が連なっています。ここに身を置くと、心の角も取れていくようです。

島根県立美術館

しかし、建築のすべてを覆う屋根は、見たことがない形をしています。一部が丸く切り取られ、宍道湖の夕日を眺められる展望テラスになっています。2022年6月にリニューアル工事を終えて再開館し、魅力がいっそう増しました。
ぜひ、遠くからも建築を眺めてください。チタンで葺かれた巨大な屋根が、人工的な輝きを放っています。その姿は当地の穏やかな山並みや、刻一刻と変化する宍道湖の水面と共鳴しているかのようです。

人工と自然、建築と都市とを架け渡すアヴァンギャルド建築。松江の財産を深く知る建築家だからできた到達点がここにあります。


◆島根県立美術館
住所:島根県松江市袖師町1-5
電話:0852-55-4700
開館時間:<10月~2月>10:00~18:30 ※展示室への入場は18:00まで
<3月~9月>10:00~日没後30分 ※展示室への入場は日没時刻まで
休館日:火曜日、年末年始(12月28日~1月1日) ※企画展の開催日程にあわせて変更する可能性あり
観覧料:<企画展>企画展により異なる、<コレクション展>一般300円、大学生200円、小中高生無料

おわりに

江戸初期の城下町の趣に、宍道湖や中海に囲まれた水の都としての顔を持つ島根県松江市。建築に目を向けると、かつての歴史の歩みを感じる近現代の建築が軽やかに迎えてくれます。

▶“ローカルの旅の魅力を発見する”FO-CAL松江特集はこちらから

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#建築 #島根県 #松江市

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「朝日カルチャーセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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