高橋久美子の旅のメモ帳vol.4「I’m from Earth」
作家・作詞家として活躍されている高橋久美子さんが、旅先でとったメモを起点に心にとまった風景を綴る連載エッセイ。あの入場行進にワクワクした人は多いはず。知らない国、遠い国、そこに生きる人に思いをはせます。
文・写真/高橋久美子
オリンピック・パラリンピックの中で、個人的に一番燃えるのが入場行進だったりする。国という枠を超えて自治区代表として参加できるので、初めて聞く地域もありワクワクする瞬間だ。コロナで海外に行けない今は余計に楽しく感じるし、行ったことのある国が出てくると友人を見ているような気持ちにさえなってくる。
2021年の東京五輪は、205の国や地域が参加したそうだ。サントメ・プリンシペ、セントクリストファー・ネイビス、セントビンセント……なになに? 聞いたことない名前だな。アナウンスされる国名や紹介を私は急いで書き留める。どこにあるんだろう。どんな場所だろう。後で調べて、コロナが収まったら行ってみたいななどと妄想を膨らませるのも楽しい。きっと、私と同じように入場行進を見ながら、次の旅の候補地を決めている人もいるんじゃないかな。そういう意味では、入場行進はオリパラで一番の見せ場でもある。
民族衣装の腰みのを着け、上半身裸のトンガの選手に釘付けになった人も多かっただろう。キルギスや、カザフスタン、コロンビア、ハイチ、カメルーン……カラフルで目の覚めるような民族衣装が一挙に見られて、私の興奮は高まっていくのだった。
しかし、楽しいことだけではない。ツバルは最初に沈む国と紹介されていたし、モルディブも水没の危機だとアナウンスされた。酔いが覚めていくようだった。同じようにスポーツで競い合うけれど、同じ環境、同じ条件ではないということ。もうすぐ国自体がなくなってしまうかもしれない危機の中で、選手たちはここへ来ているのだと知った。ニュースで見る環境問題よりもぐっと身近に感じた。
プエルトリコやサモア、バージン諸島はアメリカ領だというアナウンスにも驚き、書きとめる。この「〜領」という言い方も、これまであまり意識していなかったことだった。つまりそれは、長い歴史の中で戦争や侵略が繰り返された結果、今はこの国の自治領として存在しているということで、自国ではないということなのだろう。
台湾は、IOCの規定で会場では「チャイニーズ・タイペイ」と紹介されたが、日本の放送ではNHKアナウンサーが「台湾です」と言ったことで私は胸が熱くなった。きっと、私達が想像するよりもずっとたくさんの思いを抱えて選手たちは入場行進しているのだと思う。入場できる国々の影で、未だに参加できていない国や地域がたくさんあることも考える。
華やかな入場行進を見ていると、国の伝統や歴史があってこそこの人達が存在しているのだと思う反面、スケートボード等のように若い選手が多い競技では、もはや国境を超えて人間同士として認め合い称え合っている姿に感銘を受ける。近い将来、国という垣根を取っ払って人と人として競い合う時代が来るんじゃないか、それもいいなと思ったりした。
海外へ行っても「where are you from?」と聞くことも聞かれることも殆どなくなった。昔は必ずと言っていいほど聞かれていたこの言葉は、2015年頃からはナンセンスになっていると感じた。しかし、繰り返される戦争や侵攻により、せっかく取れかかっていた「国と国」という鎖がスポーツ選手や芸術家、そして私達旅人を縛り付ける。
旅人同士ならば、スポーツ選手同士ならば、国なんて関係ないのに、誰とでも握手できるのに、ウクライナという土地に暮らしていたことで空爆を受け、ロシア国籍だということで国際大会に出られない人たちが今この瞬間もいるということ。なんで? なんで? と疑問符ばかりが渦巻いていく。「where are you from?」と聞かれたなら「I’m from Earth」と答えたい。私達はみんな地球出身だ。それだけは変わらない、代わりのきかない私達のふるさとだ。