【倉方俊輔の建築旅】和歌山県・南紀白浜に浮かぶ夢の城「ホテル川久」と周辺建築

和歌山県

2022.02.25

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【倉方俊輔の建築旅】和歌山県・南紀白浜に浮かぶ夢の城「ホテル川久」と周辺建築

建築をきっかけに、その街を新しい視点で見つめる「建築旅」連載。和歌山県・南紀白浜にバブル景気の名建築を訪ねます。

文・写真/倉方俊輔

目次

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リゾートのあるべき建築を体現する「ホテル川久」

環境と呼応する周辺建築

おわりに

リゾートのあるべき建築を体現する「ホテル川久」

ホテル川久

「ホテル川久」は日本が好景気の絶頂を迎えていた1991年に開業しました。総工費は400億円。今だと超高層ビルが1棟建つ金額が、この85室のホテルに投じられたのです。
岬の突端に位置しているので、遠くからもその姿が見えます。近づくと、お城のようです。外壁には73種類もの煉瓦が使用され、職人が手で積み上げた凹凸の文様が味わいを添えています。
屋根に使われているのは瑠璃瓦。中国の紫禁城にも用いられた瓦で、技術を受け継ぐ中国の工場で焼かれました。海を渡って運ばれた47万枚の瓦は、強い光に負けない輝きを放っています。

ホテル川久

このホテルの魅力は、世界的な工芸とアートの共演にあります。正面左右で出迎える八角塔の上には、青銅でつくられたウサギが載っています。これは各地の美術館に作品が収蔵されているイギリスの彫刻家、バリー・フラナガンに特注したもの。高い位置に据え付けられているので気づきにくいのですが、全長は6mもあります。世界最大級のフラナガン作品です。

ホテル川久

内部に足を踏み入れれば、スケールの大きさをさらに実感するでしょう。2階吹き抜けになった広大なロビーには、アーチ型を描いた天井が続き、ガラス窓の彼方に海が広がっています。
天井一面の金箔は、フランスの人間国宝に認定された職人によって施されました。床はローマンモザイクタイルで仕上げられています。こちらはイタリアから招き寄せた熟練の職人たちの手仕事で、硬質な織物のような感覚が独特です。
天井と床を柱の列が結んで、空間に折り目正しさを与えています。ヨーロッパの宮殿を彷彿とさせますが、上下がぐっと太くなった柱の形からは、古代遺跡のような骨太さも感じられます。深みのある色彩は、左官職人の久住章氏がドイツに渡って習得した高度な擬大理石の技法によって実現されています。

ホテル川久

このように天井や柱や床に用いられている技法は、世界の各地に由来します。けれど、チグハグな寄せ集めではありません。いずれも手仕事による本物の質感が溶け合って、外からの光に映えています。
そして、空間の雰囲気が天気や時間にともなって移りゆくのがいいのです。素材も自然も、元来は細やかな変化の妙を湛えているもの。そのことを都会では忘れがちです。リゾートは、そうした感受性を取り戻す場所と言えるでしょう。リゾートにあるべき建築とは何かを「ホテル川久」は真正直に考えてつくられているのです。

ホテル川久

2世紀につくられたとされるビザンチンモザイク

ホテル川久

モロッコ・ベルベル民族の様式を取り入れた創作フレンチレストラン「イゾラベラ」

それにしてもなんでしょう、このスケールの大きさは! ロビーの壁には2世紀にシリアでつくられた本物のモザイク画が埋め込まれ、古代ローマ帝国の栄華へと想像の翼ははためきます。天井にモスクのように精巧なアラベスク文様が施されていたり、中世の海洋都市を思わせる部屋が用意されていたりと、世界の文明が海を介して影響しあっていたことを思い起こさせるデザインです。

川久ミュージアム

2020年7月から、ロビーまわりが「川久ミュージアム」として宿泊者以外にも公開されるようになりました。創業時のオーナーが買い付けた中国清代前期の七宝焼きやダリ、シャガール、横山大観などの作品が吹き抜けに面した回廊に展示され、その途中にあるイタリアのアーティストに依頼した天井画「愛と自由と平和」が圧巻です。
この小さな島国が繁栄を極めた時代、海に囲まれている成り立ちを思い起こさせる場所に「ホテル川久」は築かれました。そのデザインは、土地や資源の大きさというよりも交易や技術の巧みさによって栄えた古今東西の都市に光を当て、当時の自国を重ね合わせています。世界史上、栄華を極めた国がそうであったように金に糸目をつけず、いいと思った工芸やアートを国外から取り寄せ、どこにもなかったお城が生まれました。これまで主流でなかったものが、未来の正統をつくるのだ。30年前のそんな空気が実感できる、今や歴史的な遺産です。

南紀白浜温泉 ホテル川久

和歌山県西牟婁郡白浜町3745

南紀白浜温泉 ホテル川久

環境と呼応する周辺建築

熊野古道なかへち美術館

建築について言えば、その後も世界的な躍進は続きます。南紀白浜から少し山の方に足を伸ばして「熊野古道なかへち美術館」(1997年)を訪れましょう。「金沢21世紀美術館」(2004年)、パリのルーブル美術館の分館である「ルーヴル・ランス」(2012年)などの設計によってその後国際的な名声を獲得した、妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニット「SANAA」が手がける初めての美術館建築です。
平屋建ての建物は見たところ、公共の美術館らしくないかもしれません。四角形の展示室がガラスで囲われ、そこから事務室や収蔵室などの必要な部屋が突き出しています。石張りだったり、左右対称だったりといった気張った構えではありません。ですから、熊野の山と日常的な住宅からなる風景に似合っています。

熊野古道なかへち美術館

とりわけ裏手の交流スペースは、山々の彩りや川のせせらぎに気づかせる、とっておきの場所。特別な形ではなく、新たな場をつくり出す、SANAAの出発点に出会えます。


◆熊野古道なかへち美術館
住所:和歌山県田辺市中辺路町近露891
※展示替えのため2022年3月末まで休館中

南方熊楠記念館

南紀白浜の中心地にある「南方熊楠記念館新館」(2016年)も、周辺環境と呼応した現代建築です。曲線的な、それでいて全体が把握しづらいような姿をしています。

入館してすぐに目を引くのは、屋上まで続いた円筒形の明かり取り。内側には、安東陽子氏がデザインしたテキスタイルが吊り下げられています。見上げると、南方熊楠氏が書き残した文字やスケッチを転写した上で編み上げた、植物の生命力を抽象的に表現したリボンがあります。

南方熊楠記念館

うねるような白い壁が1965年に開館した旧館との間をつないでいます。微妙にゆらぐ細長い空間が、豊かな自然に目を向けさせます。すでにあるものと新しいものとの間に鋭い対立をつくりだすのではない、場に対する発見的なデザインです。
設計したのは「CAt(シーラカンスアンドアソシエイツ東京)」。代表者の一人である小嶋一浩氏の遺作の一つとなりました。バブル崩壊後の建築のありようと、知の巨人として再評価されている南方熊楠の思想、変化に富んだ景観が重なって、未来を大きく思考できます。


◆南方熊楠記念館
住所:和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1
開館時間:9:00~17:00 ※入館は午後16:30まで
休館日:毎週木曜日、6月28日~30日、12月29日~1月1日
※7月20日~8月31日は無休

おわりに

ビーチに、温泉に、パンダと見所の多い南紀白浜ですが、それ以外にも訪れるべき理由が多々あります。南紀白浜空港からもアクセス良好なこの地に、バブル景気だからこそ実現できた名建築を端緒とした建築旅に出かけてみてください。

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#ホテル #和歌山県 #建築

Author

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「朝日カルチャーセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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