その香りの高さから香魚とも呼ばれる夏の風物詩。
塩焼きをはじめ煮浸しや刺身、鮎飯など、
古くから千姿万態の料理が供されてきました。
今回は、作家・池波正太郎といった食通からも愛された、
鮎を食べるならここと言われる関東屈指の名店へ。
荒川のほとり、絶好のロケーションで鮎づくしに興じます。
写真、文/佐藤 潮.(effect)
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大正時代に一世を風靡した歌劇「浅草オペラ」の創始者であり、作曲家やグラフィックデザイナーとしても活躍した佐々紅華(るび:さっさこうか)の養女。18歳から和食の料理人であった弟と協力しながら宿を盛りたて、60年以上の歳月が流れています。この地で粋人たちをもてなしてきた生き字引です。
額縁のように美しい欄間や鴨居。少し揺らぎのあるレトロなガラスの向こう側には荒川の雄大な流れも広がります
宿泊せずとも食事だけで貸し切れる2階の広間。全4部屋それぞれ趣向の異なる風情豊かな空間で鮎料理を楽しめます
1931年に新居である「枕流荘 虚羽亭(きょうてい)」の建設に取り掛かり、晩年までこの地で過ごした佐々紅華。作曲を手がけた大ヒット曲「祇園小唄」にちなみ「京亭」と名を変え「すばらしい景観をひとり占めするのではなく、多くの方に楽しんでいただきたい」と戦後すぐに宿をはじめたそうです。女将の靫江さんは凛とした口調で「養父の紅華は今で言うマルチタレントでした」と話します。
看板料理は香魚の魅力を丸ごと囲炉裏鍋に閉じ込めた鮎飯。ふたを開ければ炊きたての芳醇な香りがお部屋いっぱいに広がりました
「年魚とも言われる鮎は1年で一生を終える魚です。河口で生まれて海で育ち、春になると川を上ります。真夏にならないと縄張りを持たないため、友釣り漁の解禁後もなかなか純粋な天然物は手に入りません」。靫江さんは手際よく鮎飯を盛り付けながら、穏やかな口調で鮎や宿にまつわるエピソードを教えてくれました。日本庭園と自然が織りなす絶景、素材を活かした鮎料理、ロマンを感じる逸話の数々……すべてのエッセンスが最高の夏のひとときを盛り上げます。
手慣れた箸さばきで鮎の骨や頭を外す靫江さん。洗練された所作を眺めているだけでも食欲がどんどん刺激されます
取材日は漁の解禁前のため鮎はまだ養殖もの。香りは天然物にかないませんが、脂はしっかりと乗っていました
仕上げに薬味として小葱とシソを混ぜ入れて鮎飯の完成。鮎ならではの香りとうま味が噛みしめるほどにこみ上げます
「鮎料理が名物になるきっかけを作ったのは、作家の池波正太郎さんでした」と靫江さん。1977年ごろ、対岸にある「鉢形城址」を舞台にした小説『忍びの旗』の取材旅行で池波さんが訪れたそうです。「当時は庭園の手入れも行き届いていない状況で、料理も鮎飯、塩焼き、お新香ぐらい。それなのに雑誌5ページにも渡り褒めてくださって。エールの意味合いも強かったと思います」。池波さんの期待を裏切ってはいけないと料理の開発やお庭の整備に力を入れるようになり、鮎の宿としての名声が高まっていくのでした。
住所/埼玉県大里郡寄居町寄居547
電話/048-581-0128(要予約)
営業/11:00~21:30
(コースの提供開始は19:00から最終)
定休/火曜日
アクセス/東武東上線 寄居駅から徒歩10分
駐車場/26台

鮎が名物になる前までは普通の宿でした。アメリカ文化研究者として著名な常盤新平さんや『ライ麦畑でつかまえて』の翻訳者として有名な野崎孝さんなど、いわゆる「カンヅメ」で執筆活動をされる先生方がよく長逗留されていたものです。朝になれば調理担当の弟が「先生これから鮎を釣ってくるよ」と友釣りに出かけて。釣りたてを七輪で提供するような時代もありました。現代では同じように仕入れることは難しいですが、全国各地の名所で朝釣れたものを釣り師さんから送ってもらえるようにしています。
緑酒(りょくしゅ)とは、緑色に澄んだ高品質な美酒のこと。
当然、鮎の宿では料理にぴったりの銘酒を用意しています。
なかでもオススメしたいのが、この地ならでは、とっておきの一杯です!
住所/埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1158
電話/0494-69-0001
営業/10:00〜17:00
定休/火曜日、水曜日
アクセス/秩父本線 長瀞駅から徒歩8分
駐車場/30台
![[月刊旅色]2022年6月号](https://tabiiro.brimgs.com/book/monthly/202206/images/common/cover.jpg)