特集 まちに、泊まる

ホテル評論家・瀧澤信秋さんに聞く まちに泊まり、まちを楽しむ 分散型ホテルの可能性

旅の目的が多様化するなか、今、注目を集めているのが
宿だけでなく、その周辺をも楽しむスタイルです。
複数の拠点という発想でまち全体をホテルに見立てて、
宿を拠点に回遊することで、
食、遊び、ショッピングがそこで完結。
「まち」に身を任せることで旅が何倍も楽しくなる、新しいトレンドです。
「分散型ホテル」とも言われますが、もっと柔軟にとらえれば、
新たな旅のスタイルが見えてくるのでは……?
ホテル評論家の瀧澤信秋さんに教えていただきました。

取材・文/合津玲子(ランズ)

この人に聞きました

ホテル評論家 瀧澤信秋さん

1971年生まれ。日本を代表するホテル評論家。国内ホテルを対象に、利用者目線やコストパフォーマンスを重視する現場取材を徹底し、忌憚のない評論、わかりやすい解説で知られる。「マツコの知らない世界」(TBS系)をはじめバラエティから報道番組のスタジオ解説まで、テレビやラジオ、雑誌などメディアにも多数出演。ポジティブな情報だけでなく、課題や問題点も指摘し、各方面から厚い信頼を寄せられている。

ホテル評論家 瀧澤信秋さん

「分散型ホテル」「分散型旅行」とは?

分散型ホテルの原型は北イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」です。これはイタリア語で「分散したホテル」を意味します。まちに点在する空き店舗や、廃屋をリノベーションし、客室、食堂、レセプションなどの機能をそれぞれ分散させ、エリア全体をホテルに見立てようという発想で、宿泊客はおのずと町を回遊するので、地域が活性化されるわけです。日本でも、兵庫県の丸山集落などで取り組みが始まり、やがてさまざまな形の「分散型的なホテル」が各地で誕生しました。アルベルゴ・ディフーゾをしっかり踏襲したものもあれば、日本的にアレンジを効かせたものもありますが、共通している概念は、「まちに泊まり、まちを楽しむ旅」ということでしょう。
まず、旅の行程のなかで長時間身を置く宿泊施設を、旅のひとつの装置としてとらえ、単に泊まるだけではない、魅力のある場所にします。さらに、ホテルを拠点に「まち」を回遊することでエリア全体が活気づき、旅行者もエリア独自の魅力に気づかされる。ホテルとまちが一体となって旅行者をもてなすことで、お互いが満足できる仕組みとなり、地方復興という面からも大変注目を集めている取り組みです。
今回は、いくつかある分散型ホテルのなかから、「温泉街スタイル」と「都市型ホテルスタイル」をご紹介しましょう。

湯巡り&散策はまさに分散型 「温泉街スタイル」

歴史ある温泉地は、もともと、温泉というポテンシャルのもと、コンパクトなエリア内に施設が点在し、湯巡りや食べ歩きで「まち」を回遊するシステムができています。その点で、分散型ホテルの定義にもあっています。代表例としては、城崎温泉(兵庫県)、有福温泉(島根県)、黒川温泉(熊本県)、道後温泉(愛媛県)、山中温泉(石川県)など。温泉街スタイルが成功する鍵は、「まち」の中心にシンボリックな建物や歴史ある古い街並みがあることではないでしょうか。たとえば道後温泉における道後温泉本館などですね。ここを拠点に、効能豊かな温泉を巡り、名物に舌鼓を打つなど、温泉きっかけで「まち」を丸ごと楽しむスタイルです。

たとえば黒川温泉

都市部をディープに楽しむ 「都市型ホテルスタイル」

人気の観光都市や大都市(東京、京都、大阪など)を楽しむのが、「都市型ホテルスタイル」です。代表的なのがTHE GENERAL KYOTOで、5軒の町家をリノベーションし、それぞれを回遊できる仕組みをつくっています。また、まち全体とホテルという意味合いにおいて、星野リゾートが展開しているOMOは、観光地とは少し違う「まち」(大塚、川崎、西成など)に、ビジネスホテルではなく、観光を主眼としたホテルをつくり、ディープなエリアを少しだけ覗きにいく旅を提供しています。ホテルを拠点にエリアを回遊するという意味で、「分散型ホテル」の発展形といえます。

たとえばTHE GENERAL KYOTO

分散型的なホテルって、どんな人に向いていますか?

旅行者が分散型旅行、分散型的なホテルを利用する最大のメリットは、ホテルを拠点にエリア内を回遊できるということ。旅慣れていない人は、旅先でどう過ごせばいいのか迷いがちですが、エリアのなかで点と点をつなぐように情報を発信してくれるので、身を任せられます。プランニングが楽になれば、旅も気軽に行けるようになりますね。
こうした旅は、アクティブに旅を楽しむ人に向いています。せっかく分散型ホテルに泊まるのだから、ひとつのホテルにじっとしていないで、「まち」に出て、好奇心を持って楽しいことを見つけてほしい。お膳立てはホテルと「まち」がやってくれるので安心ですし、知っている「まち」でも、知らない「まち」でも、分散型ホテルを利用することで再発見ができて、旅がまたひとつ、おもしろい体験になることでしょう。
ホテルには公共性があり安全性も担保されるからこそ身を任せることができて、「まち」にも出ていける。そこに親和性が生まれます。ブランドバリューや信用力は商品になります。このシステムはどの都市でも使うことが可能なので、これからも、全国各地で魅力的な分散型ホテルが生まれるのではないでしょうか。

瀧澤さんが選ぶ 「まち」を楽しむ分散型的発想のホテル

再生された老舗宿と温泉街を回遊 松本十帖

松本十帖

「松本十帖」とは、浅間温泉にある老舗旅館「小柳」の再生プロジェクトの総称。旅館だけでなく、温泉街全体をエリアリノベーションしました。旅行者は、まずレセプション棟でチェックインし、まちの雰囲気を楽しみながら3分ほど歩き、宿泊施設へ。「小柳」をリノベした2つのホテルはレトロで居心地抜群です。何万冊という本が並ぶブックストアで知的な時間を過ごし、バーでひと休みしたら、ふらりと温泉街を散策し、立ち寄り湯に行く。ホテルを拠点に浅間温泉をとことん楽しむための施設、それが「松本十帖」です。

松本十帖
住所/長野県松本市浅間温泉
電話/0570-001-810(12:00~17:00)

松本十帖

開発とレトロの狭間、大塚に潜入! OMO東京大塚by 星野リゾート

OMO東京大塚by 星野リゾート
OMO東京大塚by 星野リゾート

星野リゾートの代表・星野佳路さんが「日本のビジネスホテルを、滞在することが観光になるような宿泊特化型ホテルにしたい」と立ち上げたのが、OMO by 星野リゾートのシリーズ。私はOMO東京大塚に実際に宿泊しましたが、ゲストルームはカジュアルで革新的、居心地も最高でした。おすすめは、ご近所ガイドOMOレンジャーによるツアーです。地元民ならではの視点で厳選した、本当においしいお店やおすすめスポットに連れていってくれるのでワクワクできて、大塚のディープな魅力に触れられます。

OMO東京大塚by 星野リゾート
住所/東京都豊島区北大塚2-26-1
電話/0570-073-099(星野リゾート予約センター)

静岡駅前で癒しの時間を過ごす ビル泊

ビル泊

静岡駅前に点在する商業施設の一部をリノベーションした、ユニークな宿泊施設です。JR静岡駅から徒歩5分のレセプションで受付を済ませると、スタッフが荷物を運びながら宿泊施設まで案内してくれます。途中でおすすめの町グルメなどを紹介してくれるのもうれしいところ。点在する5つの施設は、一見、ごく普通のビルなのに、一歩ゲストルームに入ると、そこにはスイートクラスの空間が。駅前なので交通の便もよく、ワーケ―ションでの利用にもぴったりです。

ビル泊
住所/静岡県静岡市葵区紺屋町1-5 協友ビルB1
電話/054-292-6800

ビル泊