小林エリカの旅と創造 ラグジュアリー物件

小林エリカの旅と創造

#32 ラグジュアリー物件
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高台にあるガラス張りの巨大な家。
高い天井と、陽当りのよいリビングルーム。
ベッドルームとバスルームは各々8つずつ。
メインキッチンの他に、使用人用のキッチンがあり、
ワインセラーは一部屋ぶんの大きさ。
庭に広がるのはインフィニティープール。

昨今どこへも出かけられず、引越しの物件探しにも鬱々としていたら、友人がお勧めのYouTubeチャンネルを教えてくれた。それは世界の超高額不動産物件を紹介するEnes Yilmazer(エネス イルマゼル)という人のチャンネル。

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たとえば、ニューヨークマンハッタンの高層階に位置する、杉本博が内装を手掛けたアパートメント748平米、1憶3500万ドル也、など。

深夜にそれを観だしたらとまらない。
旅気分もさることながら、桁外れのラグジュアリーというやつは、なんて気持ちがいいんだろう。

2/7

思えば、ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』も、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』も、とんでもない金持ちの家を観ることができるというだけで、なんだか得した気がする。
かつてエジプトの王がピラミッドを建てたのも、マリー・アントワネットがベルサイユ宮殿で着飾ったのも、なんだかわかるような気がする。巨大さや華やかさや豪奢さという明快なやつは、もれなく人を興奮させるものなのかもしれない。

3/7

ひとまず、私がやらなくちゃならない実際の引越しはさておく。
我が身の予算と東京の家賃の高さを前にすると、楽しいどころか、突きつけられる現実に心が折れそうになることの方がずっと多い。10万円と15万円の違いには胃がキリキリする。
しかし100億ドルと150億ドルの違いは、わくわくする(少なくとも私は!)から、不思議なものだ。

4/7

かくして私の昨今の楽しみは、かの超高額不動産物件の品定め。
そうねえ、おなじ100億ドルくらいならやっぱりニューヨークよりロスのプール付きの家がいいわよね。
マイアミのオーシャンフロント? まあ、いいかも知れない。
でも、いくら広くて高級でもちょっとこのデザインはないわ!
え、これがたったの2550万ドルなの? お安いじゃない!
酒を飲みながらの独り言である。

5/7

とはいえ根が貧乏性な私は、こんなに広い家だと掃除も大変そうだし、夜はひとりだったら超怖そう、という気持ちをどうしても拭いきれないのだが。

6/7

待ち望むのはVRゴーグルの進化。
私は東京の狭い家のベッドに寝転びながら、今日は南フランスの城に暮らす気分を味わい、明日はマンハッタンの99階からセントラルパークを見下ろしたい。
結局のところ、それでもやっぱりどこか旅へでかけたくなって、本物の列車や飛行機に乗ってでかけるために、いそいそ荷物をまとめることになるのだろうけれど。

7/7
小林エリカ
Photo by Mie Morimoto
文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)など。2021年7月にシャーロキアンの父を書いた『最後の挨拶His Last Bow』(講談社)、8月25日に自身初となる絵本作品『わたしは しなない おんなのこ』発売。