小林エリカの旅と創造 ワニ

小林エリカの旅と創造

#29 ワニ
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寝ても覚めてもワニのことを考えている。
ワニに会ったらどうしよう。
子どもがワニに食べられたり、
池に引きずり込まれたというニュースを思い出してはぞっとする。
とにかく、ワニに会ったら、まっすぐ逃げる。
(ジグザグは追いかけられるので×らしい)
それが無理なら、目か鼻先を狙ってパンチ、らしい。

子どもの頃、近所だった石神井公園の三宝寺池に巨大なワニがいるらしい、という噂が立ったことがあった。テレビでも報道されていたし、確か『進め!電波少年』かなにかでも松村邦洋氏がワニの格好をしてわざわざ三宝寺池にやってきていた。捕獲大作戦も行われたらしいが、結局ワニは捕まらず、実は川の下流でワニの死体があがっただとか、いやいやただの都市伝説だとか、噂ばかりが飛び交った。

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ところで最近の私の楽しみは、ふたたび海外旅行へ気軽に行けるようになったら行きたい場所を探すことと、その旅の計画を練ること。
無論、南の島やリゾートなどもリラックスするには最高には違いなかろう。
しかし、やはり気合が入るのは、作品づくりのリサーチプランを立てることにある。

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現在の最有力候補は、オーストラリアのカカドゥ国立公園。
先住民アボリジニが2万年前に描いたという壁画もあるというその場所。
実は、ウランの産出地でもあり、そこで採掘したウランが東京電力福島発電所へも運ばれていたのだとか。
かつてその記事を読んで以来、ずっとその地を訪れてみたかった。
早速、オーストラリアの主要都市や空港からのアクセスを調べ、ホテルやレストラン、トレッキングのルートまで検索しはじめる。

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国立公園の写真を眺めると、荘厳な滝や、雄大で美しい光景が広がっている。
ドライブやトレッキング、滝壺で泳ぐのもいいなあ、と観光ガイドを読み進めてゆくうちに、しかしその地にはワニが群生しているらしい、ということを知る。
その数、推定1万頭。

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1万頭のワニ・・・・。
ワニの形を象ったロッジや、クルーズ中にワニに肉の塊をやっている観光客の写真まであった。
臆病者の私は急に不安になりはじめる。
行きたい、めちゃくちゃ行きたい。
でも万一、ワニに会ってしまったらどうするのだ。
考えているうちに眠れなくなる。
眠れないからまた検索を始める。
ワニ、ワニ、ワニ・・・・。

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検索を続けるうちに、私は東京にまたワニが出たらどうしようかと本気で心配になってくる。
石神井公園のワニはまだ捕まっていないというからまだあの三宝寺池に・・・・。
震えながら調べてみたところ、なんとそこでは「こわい?こわくない? わにわにの絵本展-石神井公園生まれのワニのおはなし-」(2021年1-3月)という展覧会が開催されていた。
絵本『わにわにのおふろ』文・小風さち、絵・山口マオ(福音館)にはじまる人気のワニのシリーズがあるらしい。
面くらいつつも、ほのぼのした。

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ところで、私の旅の計画はどうなったんだったっけ。
結局のところ、いらない心配と謎の調査を繰り返す、こんなことが私にとっての旅の醍醐味なのかもしれない。

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小林エリカ
Photo by Mie Morimoto
文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)など。2021年7月にシャーロキアンの父を書いた『最後の挨拶His Last Bow』(講談社)、8月25日に自身初となる絵本作品『わたしは しなない おんなのこ』発売。