小林エリカの旅と創造 りんごと軍の街

小林エリカの旅と創造

#26 りんごと軍の街
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駅を降りてまっすぐに道を歩く。
正面に岩木山が見えた。
頂にはまだいくらか雪が残っている。
道端に咲く、たんぽぽの花の茎が細くて極端に長い(しかし実はこれ、たんぽぽではなくブタナという名前の花だと先日教えてもらった)。
風に揺れるその花を見つめながら、北へやってきたのだ、と私は思う。

青森県弘前の街を訪れた。
今年9月から、「弘前れんが倉庫美術館」で開催される予定の「りんご前線―Hirosaki Encounters」というグループ展に参加するためのリサーチ旅行である。
「弘前れんが倉庫美術館」は、かつて日本酒やシードル工場だったというれんがづくりの歴史ある倉庫を改修し、2020年7月にオープンしたばかりの美術館だ。
その素晴らしい建物と豪華な収蔵作品たちとともに展示をできること自体最高なのだが、なによりここ弘前の街で展示ができるということに、私は興奮を隠せない。

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私の父の生まれは弘前だ。
陸軍軍医だった祖父が弘前陸軍病院に勤めており、父はそこで二歳までのときを過ごした。日中戦争、太平洋戦争間近のときのことである。
その後、祖父の転勤とともに一家は金沢やハルビンなどを転々とするのだが、生まれ故郷でもある弘前には特別な思い入れがあったのか、父はよく私に弘前の話をしてくれた。
無論、幼かった父が詳しく覚えているはずもなかったが、大人になってからも弘前が父にとっての故郷だったのかもしれない。

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こぢんまりと端正で、文化の厚みがあり、あちこちに戦前からの建築物が残る弘前の街。そこは、かつて日清戦争後に対ロシア防衛を目的とした第八師団の軍都として栄えた街であった。祖父もまた第八師団の軍医としてそこに滞在していた。(ちなみに、父の名付け親は同師団の軍医であった作家・井上靖の父君だったとか。)

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旧第八師団長官舎はモルタル造りと切妻破風の瓦屋根がモダンな建物で、現在はスターバックスコーヒーになっていた。すぐ脇には、船乗りを魅了して溺れさせる人魚「セイレーン」をモチーフにした馴染みのマークが掲げられていた。
日本の軍国主義から資本主義への変遷である。
皮肉なものだが、建物はすごく可愛い。

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これから私は「弘前れんが倉庫美術館」の展示にあわせて、弘前の歴史へ潜ってゆきたいと考えている。
いま目の前に広がるりんご畑と岩木山の美しさとともに。

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「りんご前線―Hirosaki Encounters」

会場:弘前れんが倉庫美術館
住所:青森県弘前市吉野町2-1
会期:2021年9月18日(土)~2022年1月30日(日)※予定
開館時間:9:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:火曜日 ※ただし11月23日(火)は開館、翌11月24日(水)は休館

小林エリカ
Photo by Mie Morimoto
文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)発売中。