俳優 松重豊
“京都は旅で訪れる場所として
心惹かれる街”
俳優・松重豊さんの初の著書『空洞のなかみ』が発売。
連載のエッセイや京都を舞台にした小説のほか
役者ならではの新しい試みとなる
“朗読と音楽”の動画や旅の話を伺いました。
取材・文/嶌村 優
撮影/島本絵梨佳
スタイリング/増井芳江
ヘアメイク/林 裕子

新刊の『空洞のなかみ』が10月下旬に発売されました。雑誌・サンデー毎日で連載された俳優人生を綴ったエッセイに加え、書き下ろしの小説も収録。新刊はエッセイと小説の2本立てですね。

連載を2年間やってきて、今年の3月に編集部の人とそろそろ書籍化という話をしていたのですが、新型コロナウイルスの影響でステイホームになり、やることもないから小説を書き始めたんです。これが意外と心地よくて、というかとまらなくなっちゃって、編集部の方と相談してとりあえず12編という形になりました。ステイホームの時期は、ほかにも文章を書いている奴が山ほどいるだろうから、埋もれる前に発売しちゃおうということで(笑)、プラス小説という形になりました。

文章を書くのが心地いいとのことですが、これまでも書くことは好きだったのでしょうか?

これまで役者として、小説や漫画などのセリフをしゃべるという仕事を長いこと続けてきて、自分で書くという発想がないまま過ごしてきました。ただ、自分の中に日本語としてしゃべりやすい言葉と、言葉にしにくいセリフもあって、そこの違和感というのが自分のなかに蓄積されていって、いつか書きたいなと思っていたんです。小説を書くとなったら、自分が読んで“音”として楽しいものにならないと、私の書く意味がないと思ったので、YouTubeで朗読もやることになりました。

朗読もただ朗読するのではなく、ミュージシャンとコラボした朗読会になっています。第一回目は向井秀徳さんが登場してエレキギターを弾きながら、松重さんが朗読されていました。全12回あるそうですが、斬新な発想ですね。

僕はとにかく音楽が好きで、音楽からいろいろなインスピレーションを受けて過ごしています。一緒に登場していただくアーティストは、私がラジオパーソナリティをしている「深夜の音楽食堂」(FMヨコハマ)に来ていただいたゲストに直接交渉をしました。YouTubeで朗読と音楽を発信している人はまだあまりいないだろうという前提で、「新しいことを一緒にやってみませんか」と。

やはりこういう状況(新型コロナウイルスの流行)でも、なにか新しい表現というものが転がっていないかなと思い、始めてみました。それを考えるのが僕らの生業だし、生き様というか僕らの使命だと思っています。第1回はエレキギターでしたが、ベース、キーボード、ドラムなど、多彩なミュージシャンが登場します。ドラムを演奏しながら朗読は成立するのかという問題もありますが(笑)、YouTubeは無料なのでぜひ見ていただきたいですね。

向井さんとコラボした朗読を拝見し、松重さん特有の優しい語り口調もすごく心地よかったです。次は今回の新刊のタイトル『空洞のなかみ』に込めた思いを聞かせてください。

小説にも登場する京都の広隆寺に行った時の話なのですが、当時40代の僕が俳優として続けていく上で、重要なヒントを与えくれたのが仏像や仏教でした。人々から長い年月崇拝されている仏像のなかは空洞になっています。空洞にして軽くすることで、火事があってもすぐ持ち出せるし、かつ強度を出すための工夫でもあるそうです。これは僕の持論なんですけど、役者という仕事はある器に、医者が入ったり、殺人者が入ったりというのを繰り返しているんです。ではその器のなかみはなにかって言われると、空洞だからそれは分からない。“なかみ”を考えるのが僕らの作業で、与えられた役を自分なりに思案し、演じるということが役者の仕事だと思うんです。

松重さんの役者人生に多大な影響を与えたお寺は、どのあたりにあるんですか?

太秦映画村の近くにある、本当に古い名刹で、国宝の木造弥勒菩薩半跏思惟像(宝冠弥勒)もあります。場所も京都の中心街から離れているので、穴場的なスポットかもしれません。今回の小説のメインステージにもなっていますし、僕にとってはかけがえのない場所です。

今は秋の紅葉で京都の街が活気づく時期ですね。

僕にとって京都は職場みたいなもので、昔から春と秋は観光客が多く、いつもホテルの手配をするのに一苦労でした。なんで京都に撮影所があるんだ(笑)と思うくらい、ホテルを転々とする日々……。撮影の空き時間やオフの日は、やることもないんで、ひたすら街やお寺を巡っていましたね。それもあってか、京都の景色が頭にこびりついていて、小説を書く時も京都の風景がリアルに出てくるんです。念のための確認を含めて京都の街を改めて巡りましたが、やはり京都の街の“佇まい”はいいですね。本当に落ち着くし、目に優しい景色がずーと続いて、旅で訪れる場所として心惹かれる街なんだなと、改めて思いました。

最後の質問になりますが、旅へ行きたくなる本を教えてください。

少しピントがずれているかもしれませんが、時刻表はいかがでしょう。小学生の頃、必修クラブで旅行プランクラブというのに入っていたんです(笑)。当時の福岡は炭鉱がたくさんあり、国鉄が入り乱れていて、時刻表を見ながら120円でここまで行ける、というのを考える部活だったんです。そんな旅を夢想する子どもだったので、時刻表ってずっと見ていられるんですよね。今はネットがあるから買う人も少なくなってきているかもしれないけど、このご時世ということもあり、時刻表を見ながら仮想の旅へ出かけるのも楽しいかもしれません。

松重豊さんが旅に行きたくなる本

『JTB時刻表2020年10月号』

『JTB時刻表2020年10月号』

JTBパブリッシング
1,205円

創刊95年の歴史を誇るガイドブック。JR、私鉄のお得な切符や、各駅の駅弁情報など、鉄道の旅をより楽しめる情報が満載。「時刻表は、ここで降りて乗り換えを待つ時間があるから、何か買物に行けるかもしれない、ということを“夢想できる”楽しさがあります。ある意味、こんなにファンタジーな読み物はないと思うんです。あの分厚さがまたいいんだよね(笑)」(松重)。
INFORMATION
『空洞のなかみ』

『空洞のなかみ』

2020年10月発売

書き下ろしの連作短編小説「愚者譫言(ぐしゃのうわごと)」と、週刊誌「サンデー毎日」の連載エッセイ「演者戯言(えんじゃのざれごと)」を収録。連作短編小説「愚者譫言」は、京都へ撮影に出かけ、3行のセリフが出なくなった役者が主人公。広隆寺の弥勒菩薩に出会い、運命の歯車が動き始める役者を描いた12編を収録。全25編ある「演者戯言」では、俳優として日々の生活、修業時代のエピソード、食べ物にまつわる話を綴っている。また、旭川在住のイラストレーター・あべみちこさんの食べ物のイラストも、エッセイに彩りを添えている。

松重豊
毎日新聞出版
1,650円

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著書『空洞のなかみ』について
松重豊さんにひと言コメントをいただきました。

著書『空洞のなかみ』について松重豊さんのコメント動画を見る※音が出ます
Profile
松重 豊
松重 豊Yutaka Matsushige

1963年1月19日生まれ、福岡県出身。大学時代より芝居を始め、1986年に蜷川スタジオに入団。2007年に映画「しゃべれども しゃべれども」で第62回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。2012年に「孤独のグルメ」でドラマ初主演、2019年「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」で映画初主演。2020年放送のミニドラマ「きょうの猫村さん」で猫村ねこを演じる。「深夜の音楽食堂」(FMヨコハマ)でラジオパーソナリティーを務める。最新情報は、公式HP松重豊公式チャンネルをチェック。

あの人の旅カルチャー

今月のテーマ「古都」 「古都」をテーマに本と映画の“目利き”が作品をセレクト。
京都や鎌倉など古都ならではの魅力が詰まった本&映画は必見!

Book

  • 『病む月』

    『病む月』
    人気作家による金沢が舞台の短編集。美貌、成功、偽る心など、どれも「女の情念」に満ちていますが、もし東京や大阪ならありふれたお話になりそうなところを、この城下町独特の風情が品よく締めています。北の国にふさわしい恥じらいのある夜景、ある人が暖かいと思う二月の雪。風景への感性がすばらしく、街が単なる場所ではなく物語の共犯者のように女たちに寄り添っているのがなんとも魅力的。
    唯川恵/著
    524円/集英社文庫
  • 『ほんとうは教えたくない 
     京都の路地裏』

    『ほんとうは教えたくない京都の路地裏』
    京大出身の俳優による新書サイズの路地裏探訪記。車移動では掴めない古都の魅力が満載です。たとえば祇園南にある佐川急便の外観とは? 「ワインにたこ焼き」の名店はどこにある? 京都「とらや」限定の西京味噌を使ったお菓子は何? 奥の通りに足を踏み入れたからこそ得られた数々を読むと、こんな自分だけの京都を見つけに行きたくなります。要所にわかりやすい地図、巻末にお店のリスト付き。
    辰巳琢郎/著
    935円/PHP研究所
  • 『手仕事のはなし』

    『手仕事のはなし』
    古都というと、昔ながらの手仕事が思い浮かびます。本書は江戸の風鈴、出雲のそろばん、美濃の和紙帳、倉敷で生まれた羊毛織りのイス敷き「ノッティング」などを職人さんへのインタビューと美しい写真で紹介。山奥の工房からのリポートもあるけれど、こんな逸品が生まれ続ける場所はどこも、ものづくりニッポンの「古い都」だ、と思えてきます。旅先で見かけたら欲しくなる名品ぞろいです。
    阿部了/写真 阿部直美/文
    1,650円/河出書房新社
間室道子さん 代官山 蔦屋書店

代官山 蔦屋書店に勤める文学担当のコンシェルジュ。雑誌「婦人画報」の連載を持つなど、さまざまなメディアでオススメの本を紹介するカリスマ書店員。文庫解説も手掛け、書評家としても活躍中。

Movie

  • 『ローマでアモーレ』

    『ローマでアモーレ』
    観光客が入り乱れ、国籍も様々。それ故出会いの数も無限大の憧れの都市、永遠の都ローマを舞台に繰り広げられる人間模様です。情熱的な人がたくさんいて陽気なコメディなのに本質はちょっぴりビター。何歳になっても名声を捨てられない人間の悲しい性、他者から評価されることや才能に対する教訓が、陽気なコメディをベースにしつつも描かれていて実に奥深い……! アレン映画といえばジャズミュージックですが、本作ではオペラ。著名なオペラ歌手も出演して歌声も聞けます。ちょっとお得な気分かも?
    Blu-ray2,750円/DVD1,980円 発売中 発売元・販売元:KADOKAWA
  • 『海街diary』

    『海街diary』
    古民家で暮らす4人姉妹を中心に繰り広げられる、鎌倉を舞台にした人間ドラマです。古き良き家屋や小道の並ぶ古都的側面、また海が近いことで若者も集まるエネルギーのある街としての魅力。鎌倉、なんと良い場所! キャストの美しさが注目されがちな作品ですが、人間の心の機微もよく捉えられています。人は自分の足りないものを外側から満たそうとしがちですが、自分の内側にこそ大事なものがあるのかも? そんなメッセージに、寄せては返す波のように静かに心が打たれます。
    Blu-ray5,280円/DVD4,180円 発売中 発売元:フジテレビジョン 販売元:ポニーキャニオン
  • 『花戦さ』

    『花戦さ』
    戦国時代末期、織田信長を夢中にさせ、豊臣秀吉や千利休をもうならせた池坊専好を主人公に、世界初のいけばなを題材にした作品です。姿勢はピンっ、手先はしなやかな柳のよう。そんな野村萬斎さんの所作の一つひとつの美しさ、女性も参考になる佇まいです。画面いっぱいに表現される見目麗しいダイナミックなアートのような生花も圧巻! 映画館でも、感嘆の声が漏れていました。舞台となった京都のへそと呼ばれる六角堂に隣接している池坊会館では、いけばな資料館も健在しているそう。ロケ地巡りの際は作品世界により没頭したい。
    DVD5,170円 発売中 発売元:東映ビデオ 販売元:東映
    各配信サービスにて配信中 ※2020年10月時点
東 紗友美さん 映画ソムリエ

映画ソムリエとして、テレビ・ラジオ番組での映画解説や、映画コラムの執筆、映画イベントのMCなど幅広く活躍。映画ロケ地巡りも好き。日経電子版で「映画ソムリエ 東紗友美の学び舎映画館」を連載中。

※価格はすべて税込みです